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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
405/462

第405話

 突如として発生した、謎の爆発と魔力の昂ぶり。

 その正体を確かめようとしていたヤマトたちの前に、彼らは立ちはだかった。


(赤鬼と青鬼。クロの仲間か)


 油断なく刀を構えながら、二人の様子を窺う。

 青鬼のほうは、ヤマトもこれまで幾度となく戦ってきた相手だ。魔導術と剣術の両方を高いレベルで使いこなす強者であり、刀術一辺倒なヤマトでは、正直分が悪い相手でもある。

 一方の赤鬼のほうは、今このときが初顔合わせになる。以前ヒカルたちと互角に戦ったという話は聞いているが、それ以上のことは知らない。

 改めて、赤鬼の佇まいに注視した。


(刀……。かなり腕に覚えがあるようだな)


 構えている得物は、ヤマトもさんざん使ってきた刀。

 それを伊達や酔狂で使っているわけでないことは、赤鬼の構えを見れば一目瞭然だった。並大抵の修練を積んだくらいでは、あれほどに隙なく構えることはできない。

 不用意なことをすれば、そのまま斬り捨てられる。

 そう直感してしまうほどの緊張感に、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「……アナスタシア」

「任せろ」


 ただ一言だけをもって、意思疎通を完了させる。

 アナスタシアの察しのよさに感謝しながら、ヤマトは残る一人――ヒカルの説得にあたった。


「ヒカル。ここは任せてくれないか」

「それって――」


 怒るような、悲しむような。

 複雑な感情が混ざった表情になるヒカルに、やや申しわけない気持ちになりながらも、ヤマトは言葉を続けた。


「今は一刻を争う。遅れをとるつもりはないが、ここで時間を食われるのは間違いない」

「………」

「幸い、あいつらはお前には執着していないらしい。やつらの思い通りになるのは癪だが、好都合でもあるからな」

「そう、だね」


 釈然としていない面持ちながらも、ヒカルは頷いてくれた。

 彼女の力も借りて、この場を突破する。そうした作戦もとれたかもしれないが、敵二人に対して総勢六人――アナスタシアを除いて五人で戦おうというのは、少なからず無駄がある。ならばひとまず、ヒカルには先に行ってほしいところだった。

 それに、ヒカルが向かう先には“あれ”が――暴走しかけた魔王がいるかもしれない。ならば、その道の専門家であるヒカルには、すぐにでも現場に赴いてほしい。

 そうした冷静な打算を、悟ってのことだろう。


「大丈夫よ。あなたが先に行っても、こっちは向こうの倍はいるんだもの。すぐに片づけて、追いつくわ」

「リーシャ……」


 リーシャが援護射撃をしてくれる。

 その言葉があったからこその判断だろう。

 まだどこか迷う素振りをみせながらも、ヒカルは小さく頷いた。


「分かった、先に行くよ――待っているからね」

「ああ」


 決意を新たに、凛々しい顔つきになったヒカルがそっと手を掲げる。

 まばゆい光が周囲を照らす。その中から現れたのは、初代勇者の武具――聖剣を手に、聖鎧で身を固めたヒカルの姿だ。

 ふわりと聖剣で虚空を薙ぐ。ヒカルをとりまく空間が、ぐにゃりと歪んだ。


「俺も行くぜ。こっちに残っても、できることはなさそうだからな」

「分かった」


 有無を言わさない調子のアナスタシアに、ヒカルも即座に首肯する。

 赤鬼らが口をはさむ暇も与えない。

 粘体が垂れるように歪んだ空間は、もともと中にいたヒカルと飛び込んだアナスタシアの二人の姿を飲み込み――綺麗さっぱりに消えてしまった。


(どうにか、行ってくれたか)


 ほっと溜め息をつく。

 いやむしろ――「行かせてくれたか」と感謝するべきなのかもしれない。

 警戒は緩めず、むしろ強めるくらいの勢いで、ヤマトは眼前の敵二人を睨みつけた。


「ほう……」

「転移。なかなか見事な手際ですね」


 その場から失せたヒカルとアナスタシア。

 何もせず二人を見送った赤鬼は感心するような溜め息をつき、青鬼は冷静にぐるりと見渡す。


「北方二キロメートル先というところでしょうか。追おうと思えば追えますけど?」

「いらん。それはクロとの契約に入っていない」

「……一人、余計な人がついていったように見えましたが」

「俺に童を斬る趣味はない」

「そうですか」


 ひとまず、彼らにヒカルとアナスタシアを追う意思はないらしい。

 だがそれが保証されているのも、ヤマトたちが彼らをこの場に引きとめている間だけのことだ。


(先手をとる)


 瞬きほどの間に、リーシャたちと目配せをし合った。

 そうしたヤマトたちの闘志を目のあたりにしてか。赤鬼は仮面からくつくつとくぐもった笑い声をあげた。


「いいぞ、存分にあがけ。そうでなければ、退屈のあまりやつらも斬ってしまうやもしれん」

「ふざけたことを……!」

「貴様らには簡単な話だろう? ただ、この俺を止めればいいだけのこと。せいぜい奮戦せよ」


 口では荒っぽいことを言いながらも、内面はただ静かに。凪いだ海の水面のごとく、わずかほどにも波を立たせない。

 だがそれは、赤鬼のほうも同じことだろう。

 彼もさんざんに挑発的なことを言いながらも、その眼は恐ろしくなるほどに冷ややかで、一分の隙も見逃すまいと注意を凝らしている。


(これでは迂闊にしかけられないな)


 時間がないと焦る心の裏で、不用意に踏み込むなという叫び声が木霊する。


「―――」

「―――」


 互いに沈黙のまま、数秒。

 ヤマトが刀の柄にそえた手に力をこめた瞬間、脇にいたレレイがぐっと膝に力を溜めた。

 赤鬼の視線が鋭くなる。


「それで目くらましの――」

「走れっ!!」


 静寂を裂いたのはノアの叫び声だ。

 早撃ち。

 腰のホルダーから魔導銃を抜く勢いのまま、構える素振りすらみせずに引き金を引く。その間、半秒ほどもなかっただろう。発砲音すら置き去りにして、鉛玉が赤鬼のもとへと放たれる。

 完全に意表を突いた一撃。

 だが対する赤鬼のほうは、ただ不敵な笑みをもって応えた。


「――笑止」


 抜き撃つ素振りすら、認めることができなかった。

 ヤマトらがそうと気がついたときには、既に刀は振り抜かれている。鉛玉はその芯を一文字に割かれ、二つの破片となって空に散った。


「さあ来い。後はただ死合うのみ」

「―――っ!」


 喉元に刀を突きつけられている。

 そう錯覚するほどに鋭い殺意を前にして、ヤマトたちは顔を引きつらせながらも、すぐに次の動きへと移る。


「ノア、合わせて!!」

「やるしかないね!」


 リーシャの聖剣術とノアが放つ鉛玉が、空を貫いた。

 弾幕。

 二人がそれぞれに操る飛び道具を前にして、赤鬼はただぐっと腰を沈める。


「矢弾を撃ち、俺を近寄らせない。狙いはいいが――」


 かすかに聞こえた鞘走りの音。

 虚空を銀閃が薙ぎ、殺到する弾幕のすべてを斬り落とした。


「俺を止めようというならば数が足りない、この倍はなくてはな……。青! 支援しろ!」

「はいはい」


 赤鬼が踏み込み、駆け出す。

 その背を追って放たれた疑似聖剣を前に、リーシャは顔をしかめさせた。


「術のほうは私とノアで抑える。迎撃はお願い!」

「おう!」

「任された」


 言うやいなや、ヤマトに先んじてレレイが踏み込む。

 リーシャたちが完璧に対処すると信じきっているのだろう。遠くから殺到している疑似聖剣から眼を逸らし、ただ一点――向かい来る赤鬼だけを捉える。


「いざ」

「来るか。ならば止めてみせろ」


 踏み出しかけていた足を、すんでのところで止めた。

 一流の武道家同士の打ち合いとあれば、下手に手を出すのはかえって危険だ。今のヤマトがやるべきことは、万が一にそなえることだけ。

 じっと見つめる先で、レレイと赤鬼の間合いはすぐに縮まっていく。


「ふ――っ!」

「ほう」


 最初に動いたのはレレイだった。

 前方へ跳ねるように踏み込み、赤鬼の想定をはずして間合いを詰める。その勢いのままに拳を顔面へ突き込んだ。

 対する赤鬼は、少しばかり意表を突かれた様子ながらも、難なく拳を回避する。


「いい動きだ。粗はあるが、天賦の才も感じられる。もう数年ほど鍛えていれば――」

「まだまだ!」


 赤鬼に反撃する暇すら与えず、レレイは果敢に攻め込んでいく。

 初手の拳を皮切りに、肘から爪先まで、五体のいたるところを駆使した連撃。その一撃一撃に必殺級の威力がこめられているために、赤鬼はただ回避に専念するほかない。結果、じりじりと彼を後退させることに成功していた。

 一見すれば、赤鬼が手を出せないほどにレレイが圧倒しているようだったが――、


(焦っている? 想定よりも少し早いが――)


 鞘から、わずかに刀を引き抜く。

 ヤマトが身構えたのと同時に、やや大振りな回し蹴りが放たれ――余力を残した赤鬼に、紙一重のところで避けられた。


「くっ!?」

「功を焦った――いや、恐れたか。いずれにせよ、心の乱れは隙になる。出直せ」


 渾身の一撃を避けられたことで、レレイの体勢が崩れた。対する赤鬼のほうは、ゆったりと刀を構え、いつでも振り抜ける体勢へと入っている。

 慌てて立て直そうとしているが、間に合うまい。

 そうと判断した次の瞬間に、ヤマトは踏み込んだ。


「次はお前か」

「シッ!」


 居合い斬り。

 真一文字に胴を断つ斬撃を前にして、赤鬼はただ半歩退くことで対処する。

 傷一つ与えていない。だが、レレイが退くだけの隙は稼げた。

 体勢と呼吸を整えるレレイを背に隠し、ヤマトは刀を正眼に構えた。


「レレイ、交代だ」

「……分かった」


 己の不甲斐なさを悔やむような、沈痛な声。

 それに何か言葉をかけたくなるが、今はそうしているだけの時間はない。

 怖気がするほどの殺気をつとめて無視し、ヤマトは赤鬼と相対する。


「くくっ、お前とはいちど刃を交えてみたかったぞ」

「なに?」


 ふとすれば聞き逃してしまうほどの、小さな呟き。だがそれを咎める間もなく、赤鬼も刀を正眼に構えた。

 獰猛な獣に睨まれているかのような威圧感が、ヤマトの身体をとりまく。


「冒険者。お前は俺を、どこまで楽しませてくれる」

「………っ」

「たやすく壊れてくれるなよ」


 息をのんだヤマトを目がけて。

 一直線に、赤鬼は間合いを詰めてきた。

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