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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
海洋諸国アルス編
40/462

第40話

 太陽が地平線の下へ姿を隠してからしばらく。空はすっかりと暗く染まっており、星々が小さく煌めいている。

 熱さの和らいだ潮風に溜め息を漏らしながら、ヒカルは辺りの面々を見渡した。


「それじゃあ、予定通りに。そっちは任せるよ」

「おうよ。バッチリ決めてこい」


 男たちのはやし立てる声に応えて、ララは小さく笑みを浮かべる。


「ヒカルも、巻き込んじゃってごめんね」

「構わない。魔王軍との関与が疑われるのならば、教会としても放って置けない」


 既に太陽教会のアルス支部へは連絡している。アルスで一番の権力者であるグランツの懐を探るような真似にいい顔はされなかったものの、聖鎧を手に入れられていないこともあり、ひとまずの許可は得られた。

 教会を後ろ盾にできるのならば、ヒカルもグランツに対して強きな態度を取れる。


「それより、ララの方は大丈夫か? もっとも危険な任だが……」

「任せてよ。これでも『海鳥』の後継者って期待されてたんだから、どうってことないよ」


 そう言ってララが浮かべた笑みには、確かに緊張の色は伺えない。

 周りの『海鳥』の男たちも、ララを信じて疑っていない様子だ。ならば、これ以上ヒカルが心配するのも野暮というものだろう。


「分かった。ならばもう何も言うまい。いざというときは駆けつける」

「うん。まあないと思うけどね」


 「それじゃあ!」と緊張感のない声を上げてから、ララは闇の中に消えていく。自信があるのは確からしく、ヒカルの目ではもうどこにいるのかも分からない。


「それじゃあ勇者さんよ。しっかり頼むぜ?」

「あぁ、任せてもらおう」


 相変わらず荒々しい雰囲気を漂わせつつも、男が親しげに声をかけてくる。

 未だに若干の苦手意識は拭えないものの、根っからの悪人ではないことをヒカルは直感している。海鳥亭で荒っぽくヒカルたちの前に現れたのも、ララを心配するあまりの行動ではあったのだろう。

 男たちと顔を見合わせて頷いてから、ヒカルは後ろで沈黙したままであった入れ墨の巨漢――ゴズヌの方を見やる。


「ゴズヌと言ったな。お前も頼む」

「おう。まあ気楽にやろうや」


 ヒカルと男たちの声に、ゴズヌは沈黙したまま頷く。

 無愛想なままではあるが、その顔には隠しきれないほどに緊張の色が浮かんでいる。図体こそ屈強なものの、性根の方はずいぶんと臆病であるらしい。

 無言のままでヒカルは男たちと目を見合わせるが、何も口には出さないでおく。ララの役目と比べれば、こちらはあってないようなものだ。多少緊張しているくらいで、どうにかなるようなものでもない。


「さて……」


 あまり人の心配ばかりもしていられない。

 深呼吸をして早鐘を打つ鼓動を鎮めながら、ヒカルは目の前にそびえ立つ、グランツの屋敷を見上げた。

 グランツがアルスで一番の権力者である、という評も納得できるほどの威容を備えた屋敷だ。それだけで城館のような広さを誇っており、遠目で見るだけでも数多くの衛兵が見回っているのが分かる。高い塀で周囲を取り囲まれた中は、無数の照明用魔導具で明るく照らし出され、夜中にも関わらずずいぶんと見通しはいい。

 衛兵の目と、それを助ける無数の魔導具。それによって、グランツの屋敷は鼠一匹も入り込めず、さながら鉄壁の城塞のようになっているという。――平時ならば。


「確かに、ずいぶんと騒がしいようだな」

「あぁ。衛兵の奴らも、いつもより少ねぇ」


 夜中であるにも関わらず、正門は広く開け放たれ、絶えず荷車が出て行く。中に何が収められているのかは分からないが、一つ一つの荷車に衛兵がついて行くようで、屋敷を警備している衛兵の数も少ない。加えて、気もそぞろで警備に集中できていない者も多数。

 これだけ警備が緩くなっているからこそ、ゴズヌも脱出することができたのだろう。


「行こう」


 ヒカルの声に、男たちも黙したまま首肯する。

 大挙をなして、ヒカルたちは屋敷に向かって歩を進める。先頭を歩くのはゴズヌ。その周りを『海鳥』の面々が取り囲んでいる。ヒカルは彼らの後ろに隠れて、正面からでは見えない位置に陣取る。

 ヒカルたちが屋敷に近づくに連れて、衛兵たちも気がついたらしい。眠気で重い目蓋を押し開けて、開放された正門の前を塞ぐように続々と集結し始める。


「――止まれぇいッッッ!!」


 衛兵の叫び声が、辺りに響く。

 ゴズヌだけがピクリと身体を震わせるものの、『海鳥』の面々は構わず歩を進めていく。


「貴様ら、ここへ何用だ! グランツ様の屋敷と知っての狼藉か!」

「おうよ! テメェらの頭にちょいと聞きたいことがあってな! グランツを出せ!」


 雷のような男の声が夜空に轟く。

 人が寝静まる直前の時間。喧騒が始まる予感に、辺りの民家から顔を覗かせる者たちがちらほらと現れだした。


「貴様らのような狼藉者と会われるほど、グランツ様はお暇ではない! さっさと立ち去れ!」

「お断りだ! グランツが出てくるまで俺たちは引かねえぞ!」


 衛兵たちとの間の空気が、にわかに緊張感を増していく。

 正しく一触即発の空気の中へ、ゴズヌがゆっくりと足を踏み出した。


「……貴様は確か、南海の異民だな。なぜそこにいる」


 ギロリと突き刺すような衛兵たちの視線を受けて、ゴズヌはたじろぐ。だが、その背中を男たちがそっと押したのを受けて、前を見据えたまま口を開いた。


「俺、この前の仕事で妙な奴ら見た。これ以上、グランツの下で働けない」

「妙な奴ら? いったい何のことを言っている」

「魔獣を操る奴らだ」


 そんなゴズヌの言葉に、衛兵たちの多くは要領を得ないという表情を浮かべる。だが、その中の数人が表情を強張らせたのを、ヒカルは見逃さなかった。


「魔獣を操る? 何のデタラメだ」

「事実だ。その魔獣を使って、他の船を襲っているところも見た」

「俺たちはこいつからそれを聞いてよぉ、こりゃどういうこったって聞きに来たってわけよ」


 『海鳥』の男たちの剣呑な表情に、衛兵たちは一瞬たじろぐ。

 ゴズヌの証言が事実だとすれば、それは間違いなくグランツは咎められるべき罪を犯していることになる。現に、男たちの声を聞いた近隣住民が、にわかにざわつき始めていた。


「で、デタラメだ! グランツ様がそのような真似をするものか!」

「だからよぉ、それを確かめてやろうって言ってんじゃねぇか。さっさと道を開けな」


 その言葉に、衛兵は顔を苦悩に歪める。

 グランツに真偽を確かめたいという良心と、それでも『海鳥』の面々を通してはならないという忠心の板挟みだ。

 そんな彼に悩む暇を与えないように、男たちはジリジリと距離を詰め始める。衛兵たちは一様に、それに釣られてジリジリと後退っていく。


(このまま騒ぎが大きくなれば、問題はないか……?)


 ここまでは、想定通り。

 だが、この程度で騒ぎが止まってしまっては困る。更なる大騒動を呼び起こさなければ。

 ヒカルがそんなことを考えた折、衛兵たちの動揺がぴたっと収まるのを感じる。


「――何を騒いでいる」


 その場の全員の視線が、一点へ集中していた。

 屋敷の中から姿を現したのは、ヒカルも見たことがある青年だ。燃えるような赤い髪に、細身の体躯。仮面を被ったが如く無表情な青年は、腰に二振りの曲刀を下げている。

 グランツの護衛をしていた青年。昨日、ヤマトたちと共に海流信仰の神殿を訪れた際に、グランツと共に現れた。ずっとグランツの後ろに控えていたというのに、あまりの隠形技術ゆえに、ヒカルはついに別れ際まで彼の存在に気がつくことができなかった。


「若……」


 『海鳥』の男たちが、痛ましげに表情を歪めて青年を見つめていた。

 若。順当に考えるならば、『海鳥』の次期後継者ということか。だが、そんな男がなぜグランツの護衛をやっているのか。

 彼らに対して、衛兵たちはその青年に対して、恭しく礼をする。


「申し訳ありません、ロイ様。すぐに追い返します」

「構わない。それより、何を騒いでいた」


 近くまで歩み寄ってきた赤毛の青年――ロイの気配を、密かにヒカルは探る。

 ヤマトと相対したときにも感じた、強者が放つ特有の雰囲気をロイも放っているようだ。普通に立っているように見えて、その立ち居振る舞いには隙がない。それが分かる程度に、ヒカルも経験を積めたということか。

 ロイの視線を受けて、『海鳥』の男たちがたじろぐ。

 よくない雰囲気だ。


「貴様らか。ここに何用だ」

「若……。グランツの野郎が、魔獣を使役する奴らと手を組んで船を襲ったって話を聞いたんでな。確かめに来たってわけだ」

「何を適当なことを」


 男の言葉をロイは一笑にふす。

 それに対して一歩前へ出たのはゴズヌだ。


「本当だ! 俺は確かに見た!」

「なぜ、お前の言うことが真実であると? 虚言を吐いている可能性の方が高いだろう」

「せ、説明できる! 見た場所と時間! あと、全員黒い服着て、右腕に蛇の入れ墨書いてた!」


 ゴズヌの懸命の啖呵に、『海鳥』の男たちも我を取り戻したらしい。ロイを相手に気圧される調子もなく、同様に口を開く。


「若! あんたなら気づいているんじゃないのか!? グランツが怪しい連中と手を組んでるかもしれない!」

「……それは」


 一瞬だけ、ロイの表情に動揺が浮かぶ。

 だが、それもすぐに取り直すと、キッと鋭い目で男たちを睥睨する。


「貴様らには関係のないことだろう。必要ならば、俺が直接グランツ様に尋ねる。それで話は終いだ」


 ロイの指示に従って、衛兵たちが一斉に前へ出る。


「気が済んだならばさっさと引き返せ。見ての通り、今は忙しい。貴様らの相手をする暇も惜しいということだ」

「く……っ!」


 確かに、ロイの言っていることは道理だ。

 だが、それに従ってしまうのはまずい。これでもまだ、騒ぎが足りていないのだ。事前に決めた作戦が遂行できないだけでなく、場合によってはララが危険にさらされる。


(潮時か)


 意を決する。

 深呼吸をしてから、ヒカルは『海鳥』の男たちをかき分けて前へ歩みを進めた。


「あなたは……」

「見覚えはあるはずだ。なかなか興味深い話が耳に入ったからな、詳しく聞かせてもらおうか」


 ロイの表情が歪む。

 アルスに住む海賊にすぎない『海鳥』の面々であれば、強硬手段で追い返すこともできただろう。だが、太陽教会の旗印ともなった勇者ヒカルが相手では、あまりに相手が悪い。ロイ一人で対応しようとすれば、太陽教会が漬け込む隙になりうる。穏便に済ませたいのであれば、グランツを呼ぶ他ない。


「……ならば、あなたはお通りください。グランツ様もすぐに――」

「いや。それでは彼らは納得しないだろう。ここでお願いしようか」


 初めからヒカルが前に立たなかったのも、ここに理由がある。

 ヒカル一人だけが屋敷に通されてしまっては、計画達成に支障が出る。『海鳥』の面々が騒ぎを起こしたところでヒカルが登場する。これで、


(ララは忍び込める隙ができる……!)


 元々、ゴズヌの証言だけでグランツを糾弾できると考えられるほど、ヒカルたちの頭はおめでたくはない。

 それが可能になるだけの証拠となる文書を、どうにかして手に入れる必要がある。勇者として頷きがたい方法ではあったが、今回はララが潜入して盗み出すという手段を取ることにした。そのために、ヒカルたちは騒ぎを起こして警備の目を引きつける。

 あとは、グランツ本人が出てくるのを待つだけ。それで執務室がもぬけの殻となれば、目的は達成できたも同然だ。

 そして、そのときはすぐに訪れる。


「これは勇者様。ようこそいらっしゃいました」


 屋敷の戸を開けて、グランツが姿を現す。その顔には若干の疲れの色が伺えるものの、相変わらずの理知的な光を目に宿している。

 油断ならない相手ではある。だが、彼が姿を現した瞬間に、ヒカルたちはその役目を終えたと言ってもいいだろう。あとは、適当に話を伸ばしておけばいい。

 今頃は執務室を物色しているはずのララの身を案じながら、ヒカルはゆっくりと口を開いた。

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