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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
387/462

第387話

「――見つけた」


 ヒカルたちと分かれてから、早十数分。

 未だ混乱の覚めやらぬ皇城を駆け抜けたヤマトたちは、断続している衝撃の震源地に到着していた。

 身体を屈め眼を鋭くさせたノアが、声をひそめる。

 釣られてヤマトもそっと腰を屈めてから、彼の視線の先を追った。


「クロ……」

「一人みたいだね。周りに倒れているのは、ここの兵士かな」


 散乱した瓦礫に囲まれて、クロは一人で悠々と佇んでいる。特に何をしているわけでもない。ただ無為に時を浪費しているような、何かを待ち構えているような。そんな雰囲気のまま静止していた。

 その周辺には、ぐったりと力尽きた警備兵が十数名ほど。


(争った、のか? 血痕の類は見当たらないが――)


 既に幾度となく対峙したことのあるヤマトは、文字通り身に沁みて理解できていること。

 帝国兵は、精鋭から末端までほとんど例外なく、武に精通した強兵揃いだ。ヤマトならば一対一で遅れを取らないとしても、複数名に囲まれて無事でいられるとは思えない。死物狂いの大立ち回りを演じて微かな勝機を見出だせるかどうか、というところだろう。

 そんな精強な帝国兵を十数名、クロは制圧している。

 それも、生命を奪わない程度の手加減をした上でのことだ。


(やはり尋常ではない)


 にわかに高まる緊張感のままに、生唾をごくりと嚥下する。

 旺盛な好奇心を刺激されたらしいアナスタシアを、沈黙のまま手で制止。既に覚悟を固めたらしいノアと目配せを交わし、小さく頷き合う。


「仕掛けるぞ」

「援護する」


 方針は即座に決定した。

 クロがここで何をしているのか。何かを待ち構えるような素振りは不気味ではあるが、それゆえに、ただ茫洋と眺めているわけにはいかない。

 先手必勝。何事かを仕出かすよりも早く、斬り伏せる。


「ふぅ――」


 音もなく、ぬらりと刀の刃が素肌を覗かせる。

 見ているだけで背が凍りつくような艶めかしさ。ただでさえ人を魅了する怪しい光は、目前に迫る戦いの気配に昂ぶっているのか、普段よりも更に色気を増していた。

 そのまま魂を吸い寄せられてしまいそうな白刃の煌めきから、ゆっくり視線を外す。


(行くぞ)


 踏み込みの合図はない。

 蒼穹から吹き込んだ一陣の風に乗り、ほんの瞬きほどの間にクロへ肉薄した。


「おや? これはこれは」

「―――ッ」


 何事かを呟きかけた様子だが、それに構う理由はない。

 無言の内に覇気を滲ませ、刀を振り抜いた。

 刹那の内に獰猛さを曝け出した刃が、空を喰らい光を断ち、クロの喉元へと迫る。


 ――入った!


 そう確信しかねないほどの、会心の一撃。

 だがそれを目前にしたクロは、己の状況とは真逆に、ニヤッと余裕の笑みを覗かせた。素人感丸出しな足取りを装い、いかにも偶然だと言わんばかりの動きで、やや大袈裟に身体を仰け反らせる。

 横一文字の斬撃が、鼻っ面の薄皮一枚とフードの先端だけを裂き、通り抜ける。


「ちっ」

「ずいぶんと手荒い挨拶ですね?」


 踏み込みが浅かった。

 目測が甘かったか、無意識の警戒が滲んだか、クロが予測を上回る動きをしたのか。――あるいは、その全てか。

 すぐに失態の原因を探ろうとする理性は置き去りにして、返す刃をもう一度振り抜いた。

 当てるつもりのない牽制であったことを悟られていたか、クロにほとんど動きはない。むしろ拙速に走ったヤマトを嘲笑うような笑みを、フードの切れ込みから覗かせる。


「退いてっ!」

「―――!」

「相変わらず容赦のない方々で、むしろ安心しますよ」


 茹だり沸騰しそうになった頭に、冷水のような声が浴びせられた。

 反射的に身を翻せば、その隙間を埋めるように銃弾が殺到する。ノアの援護射撃だ。

 だが対するクロは、黒衣の内から取り出したナイフをこれ見よがしに揺らし、一閃。的確に急所を捉えていた弾丸を、一刀のもとで斬り捨てる。


(相変わらず、気味の悪いくらい腕が立つ!)


 こと技量の面を取り出してみるならば、クロのそれはヤマトを凌駕している。単純な身体能力や魔導の素養、そうした理由では説明し難いほどの差が、両者の間を大きく隔てている。

 その事実を認識し歯噛みしたくなるが――、


(今は攻めの一手のみ!)


 本気でクロを退かせるのであれば、手を休める暇などない。

 ノアが放った援護射撃のおかげで、ひとまず呼吸は整った。それだけで十分だ。


「むんッ!」

「少しくらい話をしようって気が、ないんですかねぇ……」

「これまでそうやって、散々煽ってきたんだろ? なら無理じゃねぇか」

「おやアナスタシアさん。こちらに来ていたんですねぇ、お久しぶりです」

「けっ、白々しい」


 妙な雑音が通り抜けていくが、それに意識を割く余力はない。

 踏み込みと同時に振り上げた刀を、振り下ろす。咄嗟のバックステップを選択したクロを追い、一歩――いや更にもう一歩深く間合いを詰め、返す刃で今度は斬り上げる。


「ひぇぇっ! いつにも増して殺意高いですね!」

「―――」

「無視ですか? あんまり反応されないと、ちょっと悲しいものがあるんですが」


 のらりくらりと身体をくねらせ避け続けるクロへ、執拗に間合いを詰め続ける。

 刀を縦横無尽に繰るに留まらず、手足も駆使した格闘術へ。道場であれば一手で破門されそうな禁じ手を重ね、着実に退路を断つ――が。


(追い切れない!)


 いやこのまま攻め続ければ、いずれはクロを仕留めることは可能だろう。その手応えをヤマトは掴むことはできていたし、クロの方も飄々とした態度の裏に本気の色を滲ませていた。

 だが、直に息が切れる。

 クロが余計な手を練れないよう間断入れず攻め続けていたが、その猛勢の代償というべきか、ヤマトの体力はあっという間に目減りしていた。


(腕が、重い――)


 まだ気力で押し切れる程度とはいえ、疲労は確実に蓄積している。

 退くべきか。だが、どうやって。

 そんな一瞬の逡巡を鋭敏に察してか。クロは口元の孤を更に深く曲げると、まるで誇示するように手元のナイフを握り締めた。刃先は寸分違わず、ヤマトの心臓を捉えている。


「―――」

「まったく。油断も隙もあったものじゃありませんね」

「それは僕の台詞なんだけど……」


 前線で身体を張っていたヤマトにも告げない、沈黙の狙撃。

 微かにも殺意を覗かせなかったその一射は、クロがちらと攻めの意思を覗かせた絶好の機会にて放たれ――寸前で避けられていた。


(いや。あれは攻めの意思というよりも――)


 胸中に芽生えた確信を、ひとまず隅に追いやる。

 大きく飛び退り、呼吸を整えた。


「お二人と――というよりヤマトさんと戦うのは、これで何度目でしょうね。もういい加減、貴方に斬られそうで恐いんですが」

「言ってろ」

「こればかりは本気なんですけど」


 珍しく深い疲労を滲ませた溜め息を吐く。

 それが真実か虚飾かの判別は難しい。数瞬ほど考えたところで、詮無きこととして脳内から棄却した。


(だが、機は逃した)


 ちらりとノアと目配せを交わす。

 先の交錯。あれは恐らく、この場における最善の不意討ちだった。今のヤマトとノアでは、あれ以上の好機を掴み取ることは困難だろう。そして、そこにおける攻勢も潰えた。

 これ以上闇雲に攻めかかったところで、先程以上の戦果は望めないだろう。


(ならば今は情報を探るべきだな)


 油断なく刀を正眼に構え、殺気を全面に押し出しながらも、心の内ではいったん戦闘態勢を解く。

 そんなヤマトの影に隠れるようにしながら、アナスタシアが姿を見せた。


「死んでねえか。結構いい線行ってると思ったんだがな」

「いや本当に。一手でも間違えていたら、そこで斬られてお陀仏でしたね」

「間違えないからこそのお前だろ」


 気安いやり取り。

 だがその裏には、決して友好的とは言えないほどの、険しい緊張感が隠されていた。

 ヘラヘラとした態度で自分からは口を開こうとしないクロ。彼に先んじて、アナスタシアは一歩前へ進み出る。


「クロ。お前はここで何を計画してる?」

「さあて、何だと思います? ……というか、もう粗方予想できているんじゃないですか?」

「どうだかな」


 アナスタシアがクロとの会話を担当し、ヤマトとノアは彼の行動を監視する。

 事前に決めていた通りの役割分担で、ひとまず事は進んでいく。


「初代魔王の左脚。そいつの解放が一つだろ」

「ご名答! 今ようやく封を解いたところでしてね。これから回収しに行くんですよ」

「その割には、ボーッとしていたみたいだったがな?」

「人目を忍ぶ必要がありますから」


 事もなげにクロは言い切ってみせる。

 だが、真実はアナスタシアが指摘した通りだろう。恐らく彼の言葉は、嘘だ。


(“赤”が襲撃してきたとはいえ、混乱はやがて収まる。無為に費やしていい時間はないはずだ)


 ここで手持ち無沙汰そうに佇んでいたこと。

 ヤマトに対して攻勢に転じず、ひたすら守勢に回っていたこと。

 そして、今こうしてアナスタシアとの会話に興じていること。

 それら全てが相まって、一つの結論が導き出された。


「時間を稼いでいる。既に事を起こしたのか、それとも別の目的があるのか……?」

「相変わらず他人の話を聞かない人ですねぇ」

「いやもう回収したなら、もっと分かりやすい形で異変が起こるはず。ならばそれだけじゃない、別の目的があるって方が妥当か」


 呆れたように肩をすくめるクロだが、アナスタシアはそんな彼の様子に一切気を留めない。

 むしろ目前の彼を丸ごと無視するような形で、思考の海へと没入していた。


「あんだけ分かりやすい魔力波を放出したんだ、隠れてやり過ごす気がないのは明白。なら警備の眼を惹きつける陽動……? いや、それじゃあ手加減してる理由がない。むしろ派手に殺し回った方がいい」

「あのー……」

「なぜ殺さない。殺せば不都合がある、帝国を敵にしたくないのか? だがトカゲを呼んだ時点で――あぁいや、証拠はなかったか。不信は免れないにしても、敵対はまだ避けられる。殺せば、確実な理由が生まれる」

「聞いてます? もしもーし」

「だが、それだけじゃない。この件で帝国はひとまず、混乱の平定に回らなきゃならなくなった。都と城がここまでやられたんだ、しばらく身動きは取れねえ。――帝国の撤退および弱体化。それが目的の一つだな」


 自分の世界に入り込んでいたアナスタシアが、最後の一言だけ、顔を上げてクロに言い放つ。

 散々彼女の言動に振り回されていたクロが、この時ばかりは確かに、盛大に顔を引き攣らせている。そのように、ヤマトの眼には映った。


「参りましたねぇ。このまま放っておいたら、あっという間に全部暴露されてしまいそうですよ」

「言ってろ。……だがそうか。これはむしろ、俺たちの目的にも合致していたってわけか」


 「俺たち」。

 その言葉にヒカルらが含まれていないことを、一瞬だけ遅れてからヤマトも理解する。

 北地を侵攻している帝国軍を撤退させる。その一事において、確かにクロの目的はヤマトたちと合致していた。


 ――だが、誤解してはいけない。


「それで、ここで待っていた理由は何だ? トカゲの眼を惹いた時点で、ある程度の目的は達している。これ以上長居する必要はないだろ」

「えぇまあ」

「素直に答える気はないってことか。まあそれならそれでいい――」


 沈黙。

 再び思案に暮れながら、アナスタシアはゆっくりと視線を巡らせる。辺りに散乱している瓦礫の山。その下に、元は何があったのかを空想するような眼差しだ。

 フードの奥でクロがじっとりと脂汗を滲ませるような錯覚を覚える。

 どうやらクロにとっても、アナスタシアは決して手懐けられるような存在ではないらしい。

 そのことに僅かな安堵を抱きながら、ヤマトは場を静観することに努める。


 先に口を開いたのは、クロだった。


「そろそろ時間みたいですね」

「何だと?」


 落ち着きかけていた戦意を、即座に滾らせる。

 妙な素振りをしようとしていないか。そう眼を見張らせ始めたヤマトを前に、クロは苦笑を浮かべた。


「そうピリピリしないでくださいよ。別に、何かしようってわけじゃないんですから」

「どうだか――」




「――ヤマト! ノア! 大丈夫!?」




 アナスタシアとクロによって支配されていた空間を、鋭く斬り裂くような声。

 その源へ視線を向ければ、そこにはヒカルがいる。見慣れた全身武装姿。手には光り輝く聖剣が握られ、他諸々の初代勇者の武具も備わっている。

 頬が緩みそうになるところを懸命に堪えた。


「ヒカル……」

「おや。来ましたか」


 ポツリと零されたクロの言葉。

 それに微かな違和感を抱きながらも、ヤマトはひとまず、ヒカルが瓦礫の山を飛び越えてくるところを待った。

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