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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
386/462

第386話

「じゃあヤマトとアナスタシア――さんは、手を組んでいるってこと?」

「もっと言うなら契約関係だな。互いの目的のため、互いを利用し合う関係ってやつだ。貸し借りが混み合ってるから、もうちょい複雑ではあるが」

「ふーん……」


 リリの身体を介したアナスタシアの口から、これまでのこと――ヤマトがヒカル一行から別れた後、アナスタシアとどう関わってきたかという話が語られた。

 その始終を聞き終えたヒカルは、ひとまず納得の頷きを返す。

 そんな反応をどう捉えたのか。アナスタシアは面倒臭そうに溜め息を漏らしてから、改めて言葉を選び始めた。


「あー、だから俺の裏切りとかは考えなくていい。言った通り、ヤマトと俺は契約関係にあるからな。わざわざここで反故にする理由もないんだよ」

「そういうことを気にしてるわけじゃなくてね」

「あん? じゃあ何だよ」

「いや、ここで言うわけにも……」

「煮え切らない奴だな」


 怪訝そうに、かつ呆れたようにアナスタシアは首を傾げる。

 だがそんな疑念を抱いていたのは、彼女一人だけだったらしい。リーシャやレレイにノアまでもが、ヒカルと同種の視線を一点に――ヤマトへ向けていた。

 視線は一様に「なぜ手を組んだ?」という疑問を滲ませている。より深層まで読み取るならば、そこには「大丈夫なのか」「無茶なことをさせられていないか」といった懸念の色も滲み出ていた。


(そんな眼を向けられてもな)


 思わず、頭に手をやった。

 純然たる協力関係と言えないことは事実だが、さりとてヤマトは、アナスタシアとの関係をそう悪いものとは考えていないのだ。どうにも裏を感じずにはいられないアナスタシアだが、それでも切り離し難いと思えるほどに情もできている。

 だが、まだ付き合いの短いヒカルたちにそれを求めるのも無理な話だろう。


「――それよりだ」


 場に渦巻く、不信の影。

 それが表へ出てくるよりも先に、話をさっさと進めることにした。


「先程までの話の続きを、進めるべきじゃないか?」

「さっきの――あぁ、クロの計画を止めるとして、その具体的な算段だね」

「そうだ」


 小気味よく話を返してくれたノアに、首肯する。

 至高の竜種たる“赤”の襲撃と、それに応じた英雄ラインハルトの戦い、連鎖的に広がっていく皇城内の混乱。皆が浮足立つこの状況は、元を辿れば、クロが“赤”の怒りを買い、そのまま皇城へ導いたことに起因している。端的に言えば、クロこそが元凶。

 そのクロが、騒動の裏で何事かを企てている。――そう見当違いな推論でも、ないはずだ。

 ひとまず、最も情報を握っていそうな少女へと眼を向けた。


「アナスタシア。何か情報を掴んでいないか?」

「クロの動きねぇ。野郎が帝国と繋がってる話は聞いてたが、それ以上はなぁ」

「……そうか」


 知っていたのか、という驚き半分。

 アナスタシアを囲む視線が更にジットリと湿度を増したように思えるが、それからは眼を逸らした。


「居場所を探ることも難しいか?」

「難しいってか無理だな。ここに潜ませてた駒は、こいつ以外には全部潰されている。探知を仕掛けようにも、あいつがそう簡単に引っかかるとは思えねぇな」


 アナスタシアは自分を――リリを指差しながら答える。

 帝国入りしたすぐ後に、彼女はほとんどの手駒が潰されていたことを嘆いていた。その数少ない残りが、勇者の知己ということで放置されていたリリだったということだろう。

 落胆半分納得半分で頷いたヤマトは、次いでノアたちへと視線を返した。


「なら、改めて振り出しに戻るな。これからどうする」

「うーん……。クロの居場所に見当がつきそうなら、そこに直行すればいいだけなんだけど」

「探ろうとして探れるものではないからな」


 念の為とヒカルたちに視線で問うてみるが、やはり返ってきた答えは否定。

 彼女たちの感知能力をもってしても、クロの居場所を探るようなことはできないらしい。


(とりあえず城の深部まで進むか? だが帝国軍と鉢合わせると面倒だからな……)


 ひとまず自由を取り戻したとはいえ、ヒカルは元々この皇城で軟禁されていたのだ。下手に目立つ真似をして、警備の兵に追い回されるような事態は避けたい。


「ここには魔王も囚われているんだろう? そちらはどうだ」

「確かに手がかりではあるけど、危険だね。ヒカルは勇者で、相手は魔王だ。出会ってすぐに戦闘になるかもしれない」

「……そうだね。できれば、聖剣くらいは持っておきたいかな」


 見て分かる通り、今のヒカルは丸腰だ。

 先程の赤鬼青鬼ペアとの戦いでは、ヒカルはそのハンデをまるで感じさせないだけの奮闘を演じてみせた。だが聖剣があってこそ、勇者ヒカルは本領発揮である。その事実は疑いようはない。


「なら、聖剣の回収を先にするべきね」

「手遅れになったりしないかな」

「急いでも、満足に戦えないんじゃ意味はないわ。クロの計画を阻止するためにも、必要な下準備だと思う」


 若干の不安を覗かせたヒカルを、リーシャは柔らかい声音で安心させる。

 これまでの経験から、クロが一筋縄ではいかない相手であることは百も承知。彼の計画を止めようとするならば、準備は可能な限り万全にしておきたい。

 そんな理屈を、ヒカル自身も飲み込むことができたのだろう。まだ若干の躊躇いを見せながらも、確かに頷いた。

 そこへ、アナスタシアが水を差す。


「待てよ。探しに行くって言ったって、場所は分かるのか? どこに仕舞ったのか聞いたわけあるまいし」

「……薄っすらとだけど、聖剣からは特殊な力が出ているから。それを辿れば、探すことは難しくないと思う」

「力? 何だそりゃ」

「まあ、待っててよ。―――」


 胡散臭いという心情そのままに、アナスタシアは眼を細めた。

 だが彼女に一から十まで全てを説明する気は、ヒカルの方にはなかったらしい。アナスタシアを半ば無視するような形で、軽く目蓋を閉ざす。

 そんなヒカルに呆れたような顔を浮かべたのは、アナスタシアだ。


「胡散臭ぇなあ。剣の魔力を探知してるってことか? だがそんな簡単に探知できるほど、帝国がヌルい管理はしているとは思えねえけどな」

「それはまあ、そうかもしれんが」


 元々の険悪気味な雰囲気ゆえか。

 丸っきりアナスタシアの言葉を無視する気満々な一同に代わり、ヤマトは彼女の言葉に応じた。


「試す価値がないことも、ないだろう? あればそれでいい」

「まあな。それならそれで、俺たちはもっと建設的な話をするべきなんだよ。本当は」

「つまり?」

「聖剣なんて言えば聞こえはいいが、ありゃ一種の魔剣みたいなモノだ。置いてるだけで周囲に影響を及ぼす。ただ観賞用の剣を保管するようなのとは、訳が違うんだ。保管するってなら、それ相応の箱を用意してやらなきゃいけねえんだ」

「……魔力を遮断するような箱、ということか」

「その箱を用意した上で、箱を置く場所も慎重に選ばなきゃならん。あまり多くの人目には晒されず、また厳重に見張れるような場所が望ましいな」


 言われて、そのような場所を考えてみるが――、


「思い浮かばないな。それに適合する場所があるのか?」

「一番ありえそうなのは、国一番の戦士に預けちまうところだ。そいつから力づくで奪うのは不可能に近く、搦め手を講じてもすぐ皇帝が気づくような、な」

「……英雄ラインハルトか」


 無言でヤマトたちの会話を聞いていたノアが、その着想を前に顔をしかめた。

 そんな彼に構わず、アナスタシアは言葉を続ける。


「そうだったら厄介だが、それはないだろうな。野郎は今“赤”と戦っている。もし聖剣の保護も任されていたんなら、奴なら聖剣を下げながら戦うくらいはやるはずだ」


 言われて思い返す。

 “赤”の襲撃を前に、真っ先に飛び出していったラインハルト。彼が持っていた得物は実直な鋼鉄の剣であり、ヒカルが振るっていたような、華美な装飾の目立つ聖剣ではなかった。そしてそれ以外に、刀剣を帯びているようなところもなかったはずだ。

 ひとまず、最悪の可能性はなくなってくれた。

 そのことに安堵しながらも、やはり聖剣の居場所が不透明になった現実を憂慮する。


「他に、どんな可能性がある」

「皇帝が信頼できる場所――案外、皇帝自身が持っているかもな」

「それは……」

「実際に帯剣してるってだけの話じゃねえ。皇帝直属の施設かどっかに、保管しているって可能性もある」


 お茶を濁すような言い方に、思わず溜め息が漏れた。


「結局、はっきりとは分からないということか」

「まあな。だが虱潰しに皇城全部歩き回るよりは、目処が立った気もするだろ?」

「……そうだな」


 ひとまず、人が多く出入りするような表層部に聖剣が置かれていることはないだろう。

 それを推測した分だけ、実利があったと言うべきか言わざるべきか。




「――あった」




 先行き不安な暗雲。

 それに視界を覆われ立ち尽くすような有り様だったヤマトらの耳に、ヒカルが呟く声が滑り込んできた。


「見つけたの?」

「うん。薄っすらとだけど、それらしい力を感じた」


 隠し切れない不安を顔に滲ませるリーシャに対して、ヒカルは堂々たる面持ちで断言する。

 それに一番納得のいっていない表情をしたのは、やはりアナスタシアだ。


「なんだそりゃ。どういう理屈だよ」

「どういうって……。そのままだけど」

「要は聖剣に残った魔力を探知したってことだろ? だが帝国が、そんな雑な管理をするとは思えねえ。何かの罠なんじゃねえか?」

「それは、そうかもしれないけど」


 オドオドと押し負けるような言葉とは裏腹に、ヒカルの眼は自身の感覚を信じ切っているらしい。

 そのことを、真っ直ぐな眼光から悟ったのだろう。見るからに不承不承な表情で、アナスタシアは溜め息を漏らした。


「話にならねえ。行き当たりばったりじゃねえか」

「貴方ねえ。さっきから聞いていれば――」


 あまりといえばあまりにもな発言。

 それに柳眉を逆立てたリーシャが、荒振る感情のままに口を開いた――瞬間のことだった。


「―――っ!?」


 背筋がゾッと凍りつくような感覚。

 咄嗟に周囲を見渡し、“それ”を感じたのがヤマトだけでないことを悟った。


「今のは……?」

「魔力の波か、爆発? だけど、術の形にもなってなかった。あれじゃあただ魔力を浪費するようなものだけど――」

「術が崩れたような、そんな感覚に似ているわね」


 魔力云々を感知できないヤマトを置いて、ノアとリーシャが手早く情報を整理する。

 なんとなく嫌な予感がする、程度にしか認識できなかったが。

 どうやら彼女らの表情を窺う限り、ヤマトの感じた予感以上によからぬことが進みつつあるらしい。


「クククッ、面白くなってきたじゃねぇか……!」

「そんなことを言っているから、妙な眼で見られるんだぞ」

「あん? んなの、知ったことかよ」

「………」


 無邪気だった少女の顔で、アナスタシアは極悪な笑みを浮かべた。アナスタシアこそが一連の騒動の主犯であると言われれば、思わず信じてしまいそうになるほどの悪辣な笑顔だ。

 それに少し物申したい気分ながら、グッと堪える。


「それで、原因は分かったか」

「……分からない。けど、放っておいていいことでもなさそうだね」


 そのノアの言葉で、ヤマトの内に一つの方針が固まった。


「なら、二手に分かれるか」

「それは――」

「妥当なところじゃねえの?」


 咄嗟に反論しかけたヒカルの声を遮り、アナスタシアは賛同した。

 周囲からの剣呑な視線を少しも意に介することなく、胸を張って言葉を続ける。


「クロの野郎を止めるのが大事なのは分かるが、それはそれとして聖剣回収もしなくちゃいけねえ。なら、二手に分かれるのが効率的だろ?」

「だけど、それだと――」

「片方が危険だってか? だが今更だ、その程度の危険で尻込みする奴はいねえだろ」


 言い方こそ挑発的だが、その言葉は真実だ。

 そのことを裏づけるように、アナスタシアに目配せされたヤマトは頷く。無論ヤマトだけでなく、リーシャやレレイたちも同じ決意を固めている。


「……分かった。なら二手に分かれよう」

「よしきた」


 そうと決まれば、手早く作戦をまとめた方がいい。

 そう判断したアナスタシアは、軽く手を打ち鳴らして皆の注意を惹き寄せる。


「今の原因調査は俺とヤマト、それとノアでいいか。ここに来る時の面子だし、連携もしやすいだろ。聖剣探しはそっちの三人に任せるぜ」

「妥当なところね」

「俺も構わない」


 リーシャに続いて頷く。

 ヤマトやノアに連携面での不安はないが、アナスタシアについては別だ。先の剣呑な雰囲気からも分かる通り、彼女がヒカルたちと和やかに手を組めるとは考えにくい。ある程度は勝手知ったるヤマトとノアが、アナスタシアに同行した方がいいだろう。

 一通り全員の承諾を確認したところで、ヒカルはふぅっと息を漏らした。


「それじゃあ皆。大変だとは思うけど、ここが踏ん張りどころだ。――頑張っていこう!」


 ヒカルの掛け声に、皆一斉に応じる。

 むらりと胸の内で立ち昇る熱気。

 それが久しく感じていなかった高揚であることを自覚したヤマトは、そうと悟られない程度に、微かに頬を緩めた。

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