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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
385/462

第385話

 こうして、きちんと五人が揃ったのは何時ぶりのことだろうか。

 ヒカル、リーシャ、レレイ、ノア。

 四人が顔を合わせ、それぞれに安堵や感動などを顔に浮かべて再会を喜び合っている。その光景を見て、ヤマト自身もふっと緩んだ笑みを浮かべた。


(一時はもう駄目かと思ったが、またこうして集えるとはな)


 決して必然のことではない。

 ヒカルたちと別れて以来、幾つもの修羅場を越えてきた。ノアと刃を交えるような試合もあるが、その多くが、刹那の交錯で運命が変わってしまうほどの死合であったことに、疑う余地はないだろう。一歩間違えれば、今この場にヤマトが立つことは叶わなかった。

 この数奇な運命に、感謝を捧げなければなるまい。

 そう溜め息を漏らしたところで、ヒカルの背で眠る少女に眼が留まった。


「……ヒカル。その子は」

「あぁ、リリのこと? 北地から逃げる時に間違えて連れて来ちゃって、それからね。魔族だから、どこかに放り出すわけにもいかないし――」

「ふむ」


 何かを誤魔化すような口振りだったが、ヒカルの表情から、それほど深刻なことではないと判断する。

 ただ、それよりも。


(妙な既視感があるな)


 ヒカルに背負われスヤスヤと寝息を立てるリリ。

 その幼い横顔を覗き見て、ヤマトは既視感に囚われた。かつて北地で出会ったから――なんて理由では、無論ない。


(つい最近、似た雰囲気の者と会ったような)


 知り合いの魔族たちの顔を列挙してみるが、そのどれにも当てはまらない。

 一体誰に似ていると感じたのだろう。


「どうしたのヤマト。あまりジッと見てると、犯罪っぽいよ」

「いや、な」


 もう少しで答えが出そうなのだが。

 そんな悶々とした感情を胸の内に秘めながらも、やがて溜め息を吐き、視線を逸らした。


(思い出せないなら、それほど重要ではないのだろう。それよりも――)


 ひとまずそう己を納得させて、周囲を見渡す。

 ボロボロになり積み重なった瓦礫の山。鼻孔に滑り込む焼け焦げた匂いと、遠く響く微かな爆発音。

 まだ混乱は収まりそうにない。


(あまりのんびりとはしていられないな)


 再会の喜びに早々水を差してしまうことに罪悪感を抱きながら、軽い咳払いをした。

 ヒカルたちの視線が向けられる。


「済まない。状況を整理させてくれ」

「……そうね。今はまず、ここを脱することが先決だから」


 素早いリーシャの合いの手。

 それに感謝しつつ、本題を切り出した。


「あの二人――ジークと赤鬼の目的は何か、聞いているか?」

「いや。クロに連れられて来た、というくらいだな。奴ら自身にそれほどの目的があったようには思えない」

「そうね。あまり真に受けても仕方ないけど、兄さんもそう言ってたわ」

「……そうか」


 想定通り、というところか。

 あの二人も何やら目的を秘めているようだが、その行動は一貫して、クロの補佐というところに落ち着いている。ヒカルたちと交戦していたのも、その一部というように考えていいだろう。

 ならば問題にするべきは、残る一人の思惑についてだ。

 ヤマトに先んじて、ノアが口を開く。


「クロの目的は? あいつも、ここに来たんでしょ?」

「来ていたし、話もしたわ。だけど――」

「一応、私に用があったみたい。だけど結局、よく分からないことを喋っただけで行っちゃったんだよね」

「よく分からないことっていうと?」

「えっと……。まだ覚醒していないとか、もうすく正念場だとか、そんな感じのこと」

「ふぅん?」


 ヤマトとノアは揃って顔を見合わせ、首を捻る。

 それはどちらかと言えば、エセ占い師が口走るような戯言にも似ているような気がした。意味深な言葉を並べ立てて、聴衆の不安を煽るだけ煽ろうとするやり口。要は大した意味のない言葉を、それっぽく聞こえるように喋っているということ。


(クロならば、それをやりかねない不気味さもあるが――)


 そんな虚言妄言の可能性を探ってみても、得られるものは少ない。

 クロが言葉の裏に何らかの意図を秘めていたと、ひとまず仮定しておくのがいいだろう。


「覚醒、覚醒か……。一番ありえるのは、ヒカルの勇者としての力がとか、そんな話かな」

「まあ、それくらいしか考えられないよねぇ」

「……今でも十分すぎるくらいだとは思うが」

「それは確かに」


 ヤマトの脳裏に蘇ったのは、エスト高原での決戦時に目の当たりにしたヒカルの一撃だ。

 聖剣の助けを借りていたとしても、相対する大軍を半壊させるだけの一撃を放ったヒカルの力は尋常ではない。過去に活躍した英雄や勇者のどれほどが、今のヒカルに比肩できるだけの力を持っていたことだろう。

 そんなヒカルが、まだ覚醒していない?


(覚醒したなら、どれほどの力に――)


 考えかけて、首を横に振った。


「性質の悪い冗談よ。あまり深く考えても仕方ないわ」

「そうだね。ただそうなると、いよいよクロの狙いは“あれ”かもね」


 ノアの言葉に、一堂の視線が寄せられた。

 ただ一人得心の様子を見せたのは、ヤマトだけだ。


「“あれ”っていうのは?」

「ヒカルも覚えているんじゃない? 教会の聖地に、極東カグラ。加えて北地にある竜の里。それぞれに現れたクロたちが、何を狙っていたのか――」

「初代魔王の遺物、だっけ」

「正確には遺骸。聖地にあった心臓、極東に右腕。ヒカルは知らないだろうけど、北地に左腕。結局何を目指してたのかは分からないけど、クロたちはそれを狙っていた」


 ノアを後押しするように、ヤマトも無言のまま首肯する。

 初代魔王の遺骸。

 かつて世界を崩壊させかけた脅威は、初代勇者の手により五つに分割され、大陸各地に封印されたという。その封を解かれた三箇所では、いずれも尋常ではない災厄が招かれた。ともすれば、街一つ国一つが揺るぎかねないほどの大災厄だった。

 段々と表情が強張っていくヒカルたちに、ノアは続けて言葉を紡ぐ。


「そして、ここからが本題。と――皇帝から聞き出したんだけど、この城にも実は初代魔王の遺骸が封印されているらしい。五つの内の一つ、初代魔王の左脚がね」

「……じゃあクロの狙いは、ここに災厄を引き起こすこと?」

「かもしれない」


 曖昧な言葉でノアはお茶を濁したが、ここにいる全員が理解していた。

 クロの狙いが勇者ヒカルにはなかった。ならば、自然と残ったもの――初代魔王の遺骸にこそ、彼の狙いはあるはずだ。

 その顔に危機感を浮かべたヒカルが、ノアに問い詰めた。


「このこと、ここの皇帝は知ってるの?」

「把握はしているはずだけど、そこまで手が回るかは分からない。“赤”――至高の竜種が攻めてきたってだけでも、本当なら国の一大事だから。少なくとも防衛戦力の大半は、そっちの対処に手を取られていると思う」

「そう――」


 ここまで話が進めば、全員に理解が及ぶ。

 クロの狙いは、皇城に封印されている初代魔王の遺骸を解放すること。その先に何を見ているかは、この際重要ではない。問題なのは、その封印解放の余波により、皇城――ひいては皇都全域に、かつて聖地や極東で起こったような災厄が撒き散らされることだ。

 当然、被害は甚大なものになるだろう。竜種襲撃で浮足立った帝国に、続く災厄を防ぎ切るだけの余力があるとは思いづらい。


(ヒカルは、どうする)


 己の行動は早々に決めて、ヤマトはヒカルへと視線を移した。

 この場に居合わせたヤマトたちにおいて、最も大きい発言権を握っている者はヒカルだ。彼女が是と決めたならば、残る四人もその通りに動くことが求められる。それが、もはや形骸無実と化しているとしても、勇者一行のあるべき姿だ。

 ヤマトだけでない。リーシャやレレイ、ノアでさえも、それと同種の視線をヒカルに向けていた。


「私は――」


 それらを一身に浴びて、ヒカルは微かに眼を泳がせた。

 その顔から滲み出ている感情は、高揚、動揺、恐怖……。それらを取り繕うことも忘れて、ヒカルは悶々とした様子で顔を歪ませる。

 そんな彼女の様子に、ヤマトは一つの事実を悟った。


(迷っているのか)


 きっと以前のヒカルならば。

 勇者の責務を果たすことに必死だったヒカルなら、迷う暇はなかっただろう。ほとんど即断即決で、クロの目的を阻止することを選んだはずだ。その決断に疑念を挟む余地はなかった。

 だが今のヒカルは、迷いを抱いている。


(責務の果たし方に――いや違う。勇者であることに迷いを抱いている?)


 それはきっと、帝国に身を置いたがために生じた迷い。

 勇者以外では戦えないはずだった魔王が、帝国軍に敗北したという事実。それを前にして、己が勇者であることの必要性に疑問を抱いてしまったのだろう。

 それが良いことか悪いことかは、ヤマトには判断し難い。


(だが、そうだな。いつか必要になったら――)


 むくりと立ち昇る決意。

 それが明確な形を作るよりも早く、ヒカルは顔を上げ、瞳に毅然とした光を宿した。


「私は、やるよ。あいつを好き勝手にさせたら、ここでも大変なことになる。だから、私たちが止めないと」

「……そう、そうだね。それでいいと思うよ」


 ヒカルの決意をノアが後押しする。

 それで、一行の気持ちは固まった。


「じゃあ具体的な段取りからだね。まず、クロの居場所からだけど――」




「――あー、ちょっと待て。俺も混ぜろ」




 突然響いた少女の声。

 それにギョッと眼を剥いた一堂は、声の主がヒカルの背――そこで寝ていたはずのリリであることを確かめた。

 つい先程まで寝ていたことを少しも悟らせない明晰な眼で、リリはヒカルたちをぐるりと見渡す。


「降ろしてくれ」

「あ、はい……」

「よっと」


 するりとヒカルの背から降りたリリは、改めて場を仕切り直すように、軽い咳払いを繰り返す。

 そしてその眼の焦点が、ヤマトへと結ばれた。

 どんな表情を浮かべるべきか。

 そんな当惑を顕わにしていたヤマトを前にして、リリはむっと表情をしかめる。


「おいヤマト。お前まさか気づいてないのか?」

「……いや、気づいてはいるんだがな」

「ならいい」

「だが、どうしてここに」

「俺の方はひとまず安全圏まで出られたからな。より効率的にちょっかい出すなら、こうした方がいいと思ったんだよ」

「それは、そうかもしれんが……」


 続く言葉を口にしようとして、その先は濁した。


(仮初の身体だから鈍感になっているのか。それとも、元より人の機敏などに興味がないのか)


 ヒカルにリーシャ、レレイ。

 彼女らからずいぶんと剣呑な視線を向けられていることに、アナスタシアは気づいているのだろうか。――いやきっと、気づいてはいないのだろう。気づいていたとしても、虫の羽音程度にも気に留めていない。

 その図太さに感心はするが、できれば空気は読んでほしかった。

 そんなヤマトの内心の声を無視し、リリは――その身体を借りたアナスタシアは、小さく頷き胸を張る。


「まあお前らには二回目になるが、一応な。俺はアナスタシアだ。この身体は、俺が作ったホムンクルスって奴でな――」


 いい加減に驚き疲れた、アナスタシアの特異な技術の話。

 ほとんどそれを聞かないで警戒心を顕わにしているヒカルたち。

 そして、場を面白がるように眺めているノア。

 彼女らの様々な反応を目の当たりにしたヤマトは、半ば現実逃避気味に空を仰ぎ、胸の内で一つの得心を得ていた。


(先取覚えた既視感の正体は、これだったか)


 気づいたところで、何があるわけでもない。

 スラスラと続くアナスタシアの言葉を聞き流すヤマトは、いよいよ混沌としてきた状況に、頭を抱えたい気持ちを堪えた。

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