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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
382/462

第382話

「父上、待ってください!」


 元の絢爛な作りが嘘のように、瓦礫が様々に積み重なってしまった皇城内。

 ガランと天井の空いてしまった廊下を歩き去ろうとしていた皇帝の背を、ノアは呼び止めた。

 その声に、億劫そうに皇帝は振り返る。

 眼に微塵の興味も浮かんでいないことを察してか、ノアが微かにたじろぐ。


「ノアか。何の用だ」

「先程の話について、より詳細なことを教えてください」

「先の話だと?」

「……帝国とクロが、繋がっていたという話です」

「ほう」


 それは、この騒ぎの正体である“赤”が襲撃してきた理由でもある。

 クロ。

 大陸各地にてたびたび現れては、目的が定かではない騒乱を引き起こし、ついには太陽教会の聖地と竜の里を壊滅させてみせた男だ。

 彼は自らのことを魔王軍隠密部隊の所属であると語っていたが、それも果たしてどこまで正確なことか。少なくとも魔王軍には、クロの行動原理の仔細までを知る者はいなかった。

 この帝国では、どうだろうか。


「父上、クロが危険な男だということについては、もはや語る必要はないでしょう。帝国は――父上は何を思って、彼と手を結んだのですか」

「ふむ。確かに奴は、危険な男である」

「なら――!」

「だが」


 僅かに肯定の意を示したものの、皇帝は即座に瞳に冷徹な光を帯びさせた。

 あまりに剣呑な雰囲気に、言葉を重ねようとしていたノアが喉を詰まらせる。


「ノア。なぜ我がその仔細を、お前に語らねばならない?」

「な――っ!?」

「お前は既に放逐された身。本来ならば、この城に足を踏み入れることすら相応しくない身である。ましてや、帝国の長たる我に直接問答するだけの資格が、お前にあると思うか?」

「それは……」

「身のほどを弁えよ」


 思わず背に怖気が走るほど、冷たい言葉だ。

 親としての情など欠片も感じさせず、ただ王としての理のみで物事を語る。それは君主としてはあまりに正しく、そしてあまりに冷酷な姿だ。

 何も言い募ることができずに、ノアが黙り込んでしまう。


(――だが、それは悪手だ)


 そんなノアに代わって、今度はヤマトが顔を上げた。

 具体的な手法などは一切頭に浮かんでこないが、今が絶好の機会であることに間違いはない。目的も動機も分からず、ただ闇雲に、クロの行動に振り回されてきた――そんな現状を打破するきっかけが、今ここにあるのだ。

 逃す手は、絶対にありえない。


(無理矢理な難癖でも構わない。まずは、あの男をここに引き止めることが先決。何か上手い方便は――)


 そんな、どこか自棄にも近い心境が眼に表れていたのだろうか。

 そのまま立ち去ろうとした皇帝が、微かに眼を見開き、ヤマトの顔を見つめてきた。


「何か」

「……いやなに、見慣れぬ風貌の者だとな。許せ」


 さっさと話を打ち切ってしまおうとする皇帝。

 それを逃すまいと、視線に気を込めて皇帝の眼を絡め取る。


「――クロが」

「む」

「クロが危険であることを、どの程度理解している」


 ほとんど引き止めにもなっていない言葉だ。

 思わず自分の口を抓り上げたくなる心地に襲われる――が、存外に皇帝の方からすれば、面白みのある言葉であったらしい。

 ほんの僅かに興味を惹かれた様子で、皇帝は身体の重心を傾けた。


「というと?」

「奴は教会の聖地を襲い、竜の里を壊滅させた。だが奴の仕込みは、それだけではなかった」

「ふむ」

「初代魔王の遺骸。かつて初代勇者の手により五つに隔てられ、大陸各地に封印された遺骸を、奴は順に回収している」


 皇帝がその事実を知らないならば、彼の興味を惹くことができよう。

 また逆に知っているのであれば、ヤマトたちはここまで事態を掴んでいるのだと、知らしめ興味を惹くことができる。

 そんな算段から放たれた言葉。

 それを聞いた皇帝は、今度こそ完全にその場に立ち止まる気になったようだ。


「ほう。初代魔王の遺骸か……」


 果たして皇帝はそのことを、知っていたのか否か。

 こと腹芸については百戦錬磨である彼から、そのことを読み取ることは難しいだろう。その鑑識にては早々に敗北を認めたヤマトは、そのまま矢継ぎ早に言葉を付け足していく。


「聖地にあった心臓、極東で右腕、竜の里にて左腕。クロは五つに隔てられた遺骸の内、少なくとも既に三つは接触している」

「勤勉なことだな」

「極東にはまだ右腕が安置されているはずだが、その封は緩んでいる。奴らが本気になれば、回収することは苦でもないはず」


 それは、彼らが竜の里を壊滅させてみせた事実からも明らかだった。

 首領たるクロと、彼を同士と仰ぐ青鬼と赤鬼の二人組。そして理性なき魔物であったはずの、黒竜。

 合わせて三人と一体を合わせた武力は、大陸中のどこを見ても比肩できないほどに、圧倒的だ。彼らが本腰を上げてしまったならば、それを容易く妨害できるとは思えない。


「そして問題は、奴らは何を目的にして、その遺骸を回収しているのかということだ」

「目的か」

「……ただ初代魔王の力を利用する、だけではない。俺はそう考えている」

「ふむ。どうであろうな」


 言葉を投げかけ、ジッと視線を向けてみるが――掴めない。

 長い年月を経て刻まれた顔のシワは、その表情の機微を欠片も悟らせない。そも、ヤマト程度の眼で悟れるほどの感情の揺れを、皇帝が漏らすはずもない。


(外れたか……?)


 ゴクリと生唾を飲み込む。

 ヤマトの知る限りの情報を開示し、皇帝の反応を窺おうとしたのだが、結果は芳しくない。これでは、ヤマトらの持っていた情報をただ開示しただけになってしまう。

 失策だったか。

 思わずそう後悔しかけたところで。


「――クククッ、いやはや。存外に面白い話が聞けたものよ」


 唐突な笑い声。

 見れば、これまで頑なに険しい表情を保っていた皇帝が、初めて破顔していた。

 その衝撃に、隣のノアと眼を見合わせる。


「だが、そうか。奴はそう動いていたのか。これは契約を考え直さねばならんやもな――」

「父上?」

「あぁそうだな。情報の礼だ。あまり長くは付き合えんが、お前たちの問いに答えてやろう」


 少々――いや相当な無理攻めだと観念していたのだが、意外と通ってしまったらしい。

 そのことに驚きを隠せないながらも、すぐに頭を回転させ始める。


「どうした? 何か聞きたいことがあったのだろう。遠慮なく言ってみせよ」

「……父上。ならば僭越ながら、僕の方から」


 無言で皇帝が首肯する。

 それに、どこかホッとした様子を覗かせながら、ノアは口を開いた。


「父上とクロとの間に交わされていた契約。その内容をお聞かせください」

「簡単なことよ。奴は我が国に利をもたらし、我が国も奴に利をもたらす。相互利益を満たすべく互いに動くというものだ。それ以上の深入りはしておらんし、するつもりもなかった」

「……クロから帝国にもたらされていた利、とはいったい何ですか」

「奴の魔導に関する知識は得難い。それを、我が国の研究機関に流させていた。その具体的な内容は機密事項だ」


 きっと皇帝は、およそ無駄というものを嫌う性質であるのだろう。

 一度話すと決めた瞬間に、彼の口は饒舌に回り始める。その勢いに、ヤマトたちが逆に驚かされてしまう始末だ。

 ひとまず手に入った情報に、ノアの口は閉ざされる。


「他には?」

「……クロは今、どこにいる」


 ノアに代わって、再びヤマトが口を開く。

 その響きに、皇帝はピクリと眉を動かした。


「さてな。適当に城内を歩き回っているだろうよ」

「そうか」

「――だが、そうだな」


 言いながら、皇帝は周囲をグルリと見渡した。

 “赤”が放った先制の一撃により、皇城は半壊している。元来の頑強さゆえに全壊こそしていないものの、崩れた天井と壁、そこかしこに散った瓦礫は、今が非常事態であることをありありと示している。そのあまりに甚大な被害を前にして、こうして立ち話をしているヤマトたちの耳にすら、浮足立っている人々のざわめきが伝わっていた。

 それをあまりに平然とした眼で見つめてから、ふと思いついたように、ポツリと呟いた。


「奴にもし事を起こす気概があるならば、今は好機であろうな」

「―――!」

「兵の大半は先の一撃で倒れ、残った者も混乱の鎮圧にかかりきりだ。“赤”こそラインハルトが抑えているが、それ以外に眼を向ける余力は、我が国にはない」

「それでは、父上!」

「さて。奴の狙いは、何であろうな」


 試すような眼差しで、皇帝はヤマトの顔色を窺う。


「実を言えば、この城にも初代魔王の遺骸は封じられている。普段は地下深くに、幾重もの封を施しているのだがな」

「ならクロは――」

「可能性はあるな」


 ヤマトたちの懸念を認めながら、皇帝は更に言葉を重ねようとする。

 それに先んじて、節くれだった指を二本立てた。


「他にも二つ、奴が狙いそうなものがある」

「二つ?」

「あぁ。お前たちも、既に察しているかもしれんがな」


 そう前置きしてから、続けて言葉を放つ。


「勇者と魔王だ。奴らは先の戦で軍が確保し、この城にて保護している」

「……勇者の暗殺、もしくは魔王の解放?」

「さてな。だが、いかにも奴が食いつきそうなネタであろう?」


 初代魔王の遺骸、今代勇者、今代魔王。

 クロが狙いそうな標的は三つ。なれど、この場にいるのはヤマトとノアの二人だけ。

 手分けをしてみたところで、その全てを網羅することは叶わない。

 「お前たちはどれを選び、どれを切り捨てる?」。悪意混じりでそう問いかけるような視線――だが、ヤマトは迷う暇すらなく、即座に答えを選びだした。


「愚問だ。俺たちのやることは決まっている」

「ほう」


 あまりにも揺れのない瞳。

 その眼光の強さに、皇帝は感嘆の溜め息を漏らした。


「そうか。ならば、あえて答えを訊くことはするまい」

「………」

「問答は終いだ。ここから出るもよし、残るもよし。後は好きにせよ」


 その言葉を最後に、皇帝はクルリと踵を返した。

 ふと彼の視線の先を追えば、足早に駆け寄ってこようとする兵士たちの姿が見える。


「行け。我と共に彼らに捕まるのは、本意ではないだろう?」

「……そうさせてもらおう」

「父上……」


 それきり、皇帝の背は一切の言葉を拒絶するような冷たさを帯びた。

 その背にどこか名残惜しそうな視線を向けていたノアだが、やがてその心残りを振り払うように、首を数度横に振る。


「もういいのか」

「いいよ。――それじゃあヤマト、僕たちも動くとしようか」


 完全に皇帝から視線を外し、踵を返す。

 そんなノアの様子に少々思うところはあったものの、結局それを口から出すことはせず、ヤマトは首肯だけを返した。

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