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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
375/462

第375話

 皇城の裏口から入り、人目を忍んで歩くこと数分。

 人気のない廊下まで出てきたところで、一行を先導していたセバスが立ち止まった。


「どうぞ、こちらです」

「……分かった。案内ありがとう」


 ノアの謝意に、セバスは黙礼をもって応える。

 そういう約束だったとはいえ、彼の協力なくしては皇城に忍び込むことはできなかっただろう。事前に手回しするだけでなく、当日に起こり得る不測の事態に備える。並大抵の労力で為せることではない。

 ヤマトらを皇城まで導いてくれた、セバスと皇女フランに感謝を――、


「む」

「どうした?」


 思わず漏れ出た声に、アナスタシアが耳聡く反応した。

 先程までは人目を忍んでいたからか。完全な沈黙を保っていた彼女だが、その警戒もここならば必要ないと判断したのだろう。

 だが、その安堵は些か早かったかもしれない。


(部屋の中から気配を感じる。数は……一人だけか?)


 何の警戒もなく扉を開こうとしていたノアを、既のところで制止する。

 扉越しに探っている限りでは、害意に近しいものは感じられない。襲撃者ではないのだろうか。

 何にせよ、これは問い詰めなければならない案件だ。


「……これはどういうことだろうか」

「ふむ。まさか御気付きになられるとは思いませんでした」


 鋭く睨めつければ、返ってきたのは感嘆の溜め息。

 更に先を促すべく視線は逸らさない。

 そんなヤマトの警戒に対して、セバスは几帳面に頭を垂れた。


「申し訳ありません。実は本日の面会に際し、こちらの御方が同席されることになりました」

「………」

「御伝えしなかったのは主の意向となります。くれぐれも御容赦を」


 そう言いながら、セバスはゆっくりと扉を開く。

 その先――無人のはずだった応接室には、白金色の髪を流すたおやかな女性が一人。

 ヤマトの反応に先んじて、ノアが一歩前へ出た。


「姉さん!? どうしてここに……!?」

「あら、家族の数年振りの再会なのよ? 私が同席してもいいではないですか」

「だけど、姉さんは……もう」


 言い返そうとして、結局ノアは口を閉ざす。

 反論の理屈が思い浮かばなかった、わけではあるまい。きっと眼の前にいる女性――皇女フランの眼差しが、何物にも屈しない強さを秘めていると、直感で悟ったがゆえの諦念だ。

 肩を落とすノアを愛おしげに見つめてから、フランは視線を逸らす。


「ヤマトさんに、貴方はアナスタシアさんでしたか。お話は弟から伺っています」

「はっ。そりゃどうも」

「弟がお世話になっているとか。ありがとうございます」

「礼を言われるようなことはしちゃいねぇよ。ただ利害が一致していただけだ」


 折り目正しい感謝の言葉を前に、アナスタシアはつっけんどんに言い返す。

 その無作法さに、後ろのセバスが眉をひそめていることが伝わってきた。

 何かフォローをするべきだろうか。

 僅かな間だけ逡巡するものの、フランが一切気にしていないらしいことに気づき、取り止める。

 そうしたヤマトの葛藤を他所に、アナスタシアはフランに対して無遠慮に口を開いた。


「んで姫さんよ。聞いた話によれば、お前さんは謹慎中なんじゃなかったのか?」

「えぇ、そうよ」

「どうしてこっちに出張っているんだ? 止められるだろ普通」

「それはもう散々に。セバスにも他の侍女たちにも、ずいぶん諌められてしまったわ」


 「そこまでして、どうして」。

 そんな疑問を浮かべたアナスタシアの視線に、皇女フランは緩やかな笑みをもって応える。


「簡単なことよ。そうするだけの価値があると思ったから、ここに来ただけ。別にそれ以上の深い考えがあるわけじゃないわ」

「……価値ねぇ」

「今回の件で、お父様がどういった決断を下したのか。皇室の娘として、それは知らなければならないでしょう?」

「まあ、それはそうなんだがな」


(………?)


 ふとした違和感を覚える。

 いたって常識的な会話だったはずだが――、


(妙に引きがいいな)


 視線をアナスタシアの方へ向けた。

 朗々と語られたフランの動機は、聞いたところ嘘は混じっていない。彼女の中で、皇女としての責務を果たさんとする責任感があるのは間違いない。――だが、それが全てではないだろう。

 そんなヤマトでも気づいたことを、アナスタシアが指摘していない。

 その不自然さに小首を傾げながらも、深く考えることなく、ヤマトは思考を次の題へと移した。


(皇帝の命を破ってまで、ここに来る価値か)


 小難しい理屈の推察はアナスタシアたちに任せるとして。

 ヤマトの直感に任せるならば、それはきっと――ノアにある。


(数年振りに父と相対する弟。親子の会話が滞らないように、顔を覗かせたというところか?)


 何の根拠もない当てずっぽうな推論だが、意外といい線をいっているような気がする。

 ヤマトが脇から見ている限り、皇女フランのノアに対する情は少々行きすぎている。単なる姉弟の情と言い切ってしまうには強すぎるそれは、むしろ病的なほど――、




「―――っ!?」




 殺気。

 野次馬根性丸出しの思考に、冷水を浴びせられたような怖気が走った。

 だがそれは、ほんの一瞬にも満たない刹那の内のこと。気がついた時には怖気など跡形もなく失せており、先程感じたばかりのものが、実は幻覚だったのではないかと疑いたくなってくる。

 つい視線を巡らせて、皇女フランと眼が合う。


「あら。どうかなさいましたか?」

「……いや。何でもない」


 言短く応えて、口を噤んだ。

 やはり幻覚だったのだろうか。それにしては怖気は冷たすぎて、今なおその余韻を心臓に残している。

 だが、それらしい気配を放った者は、見当もつかない。


(何だったんだ今のは)


 考えられるとすれば、フランかセバスか。

 だがフランは、見た限り武術を修めた様子はない。その指先はマメ一つない綺麗なもので、刀剣を握ったことなどないだろう繊細な形をしていた。

 ならば、セバスが放ったのだろうか。

 そう、露骨に視線を向けすぎたのがよくなかったのだろうか。


「ふむ? どうかなされましたか」

「……何でもない」

「そうですか。御気分が優れないようでしたら、別室へ案内致しますが」

「いや結構だ」


 なおも訝しげに首を傾げるセバスだったが、ひとまず追求は取り止めてくれたらしい。先程までと同じく、応接室の壁近くに佇み、部屋全体へ気を巡らせ始める。


(セバスではない、な)


 老執事の立ち居振る舞いからは、殺気を放った直後のような剣呑さが一切感じられなかった。

 巧妙に隠しているという可能性もないではないが、そこまで疑いだしてはきりがない。


(幻だったのか……?)


 皇城で皇帝と面会する。

 そんな重役を目前にして、少々気を張り詰めすぎたのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせて、若干の納得を得る。

 そうしたところで。


「おや。いらっしゃったようです」


 セバスが声を上げた。

 釣られて室外の様子を探れば、確かに応接室へ歩み寄ってくる人の気配がある。


「おっ、いよいよだな」

「ノアはこちらに。ヤマトさんにアナスタシアさんも」

「ちょっ、姉さん。そんな掴まなくっても大丈夫だって……」


 フランに手を引かれ、彼女の元までノアが連れられていく。

 その背中を何気なく見送ったヤマトの耳に、アナスタシアの小声が滑り込んできた。


「おいヤマト、ちょっといいか」

「む?」


 振り返ったところで、耳元までアナスタシアが口を寄せてくる。

 フランやノア、セバスたちには絶対に聞こえないほどの声量で囁きかけてきた。


「気をつけろよ。あの女、まともじゃねぇ」

「ふむ」


 それはまあ、妙に偏執的に弟を愛している辺りは、どう見てもまともではないのだが。

 きっとアナスタシアが言いたいことはそういうことではあるまい。


「一目見て分かったが、奴は俺の同類だ。人としてあるべきモノが一つ、どっかに吹っ飛んじまってる」

「………」

「外見こそ理性的に見えるが、実際はそう取り繕っているだけだ。一枚皮を剥げば、正反対の本性が出てくると思っていい。絶対に気を許すんじゃねぇぞ」


 それは、アナスタシアなりの警告だった。

 ヤマトの眼には常識的な女性に見える皇女フランも、アナスタシアの眼にはそう映るらしい。その真偽がいかほどかまでは知らないが、ただの妄想と捨て置くわけにはいかないだろう。


(とはいえ、そう警戒する必要もない気がするが――)


 無言のまま一考し、小さく頷く。


「警戒はしておこう」


 そう応えてから、アナスタシアへ視線を向ける。


「あん? どうしたよ」

「……大したことではないのだがな」


 ふと気になったことが一つ。


「自覚はあったのだな」

「は?」

「自分がまともでないという」

「………」


 返答の代わりに、アナスタシアの指先で頭が小突かれた。

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