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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
373/462

第373話

 皇城。

 大陸随一の繁栄を誇る皇都の、中心に座する宮殿。国の頂点に君臨する皇帝の住居というのみならず、帝国の行政立法を執り行う議場としても利用されているそこは、皇都に住む民ならば誰もが知る重要拠点と言える。

 その重要な役割に負けず劣らずで、皇城の風格も――、


「見事だな」


 その一言に尽きた。

 四方を囲う大きな水堀は、技術が然程発達していない古き時代の名残だろうか。その内にそびえ立つ城は、はめ込まれた無数の窓ガラスにより、まるで水晶で築かれていると錯覚してしまうほど輝いていた。ここが物語の中と倒錯しかねないほどに、幻想的な光景。

 だが近づいてみれば、それだけが皇城の顔でないと誰しもが悟るだろう。丹念に磨き込まれた白壁や城門は確かに美しいが、それだけでなく、外敵一切を拒絶する怜悧さと力強さを兼ね備えている。帝国が戦乱を経て成り上がった国と思い出させる、皇都にあっては些か剣呑なほどに堅固な造りだ。

 親しみをもって見る者を魅了する美麗さと、敵意をもって見る者を阻む頑強さ。その二面を両立し、なおかつ高いレベルでまとめ上げている建築技術は、並大抵の国では模倣することすら困難だろう。

 思わず呟いてしまったヤマトに対して、隣を歩く童女アナスタシアは皮肉げに唇を歪めた。


「ケッ、気取ってるだけだろ」

「口が悪いね。それに素直じゃない」

「るっせ。事実だろ」

「やれやれ」


 皇城に一切心を動かした様子のないアナスタシアに、ノアが深々と溜め息を漏らす。

 相変わらず、仲が悪いようで息は合っている二人だ。

 その不思議な関係性に小首を傾げながらも、ヤマトは空を見上げた。


(荒れそうだな)


 果たしてその想いは、今見上げている空模様に向けたものなのか、それとも未来を指したものだったのか。

 空は分厚い灰色の雲に覆われ、不穏な盛り上がりを見せている。今でこそ湿り気を帯びた風で留まっているが、近い内に雷雨に転じるかもしれない。

 妙に早い雲の流れに、どこか不穏なものを覚えてしまう。

 胸中に立ち込めた暗雲を払うように、首を数度振り。今度は周囲を見渡した。


「……案内人はまだ来ていないようだな」

「ちょっと早く着いちゃったからね」


 皇城前の広場には、他所の国ならば祭りかと思ってしまうほどの喧騒が広がっていた。

 これでも、直に天気が荒れるだろうことを予想した人は帰宅しているため、平時より人数は減っているのだ。数日過ごす中で見慣れていた皇都の光景に、改めて畏敬の念を抱く。


「少し待つしかないね」

「そうだな」


 軽く首肯する。

 約束が確かであれば、ここに案内人――老執事セバスが訪れるはずだ。ヤマトたちは彼の案内に従い、皇城へ密かに入ることになる。

 雑然とした人混みを眺めながら、ヤマトはここ数日のことを軽く回想した。


「……結局、襲撃はなかったな」

「うん? あぁ、罠にハメるならってやつ?」

「あぁ」


 ノアがアナスタシアを説得する際に持ち出した方便。

 皇女フラン一派がヤマトたちを貶めるつもりならば、皇城入りを果たす前に仕掛けてくるだろうという想定だ。万が一失敗した際のリスクを鑑みれば、皇城の外で事を起こす方が賢い。

 そんな想定の下、ここ数日は襲撃を警戒してきたのだが――結果として、日々は平穏そのものだった。


(約定に誠実であってくれた、と見ていいのか)


 それならば、こちらとしても今日の会談に心置きなく臨めるのだが。

 そんなヤマトの思惑とは裏腹に、ノアは小首を傾げる。


「どうだろう。アナスタシアにはああ言ったけど、実際本当にそうしてくるかは分からないから」

「城で捕らえられるかもしれないと?」

「可能性だけなら。皇城内で逃げ場を塞いでから捕まえるとか、会談の結果次第で拘束するとか考えられるよね。リスクは増すけど、その分確実性も増すから」

「厄介な」

「ただまあ――」


 言いながら、ノアは苦笑いを浮かべる。


「大丈夫だと思うよ。下手に騒ぎを起こすと、皇都に混乱が広まるかもしれないし」

「……そんなものか?」

「そんなものだよ。民衆が大人しくしてくれることが、国にとって一番都合がいいんだから」


 王族らしい腹黒さを感じさせる発言に、口が僅かに歪んだ。


「ただでさえ戦争中なんだ。どれだけ余力を残しているからって、無用な騒ぎを起こしたくはないはず。勿論警戒は必要だろうけど、あまり身構える必要はないよ」

「そう思っておこう」


 頷きながら、少し背を正す。

 視界の隅に、人混みの中でやや浮いている執事服の黒さが眼に入ったからだ。


「あ、ちょうど来たみたいだね」

「ようやくか」


 ノアもヤマトと同様に、僅かに背筋を伸ばした。

 彼にとっては実家に等しいとはいえ、帝国の中心に位置する皇城に入るのだ。多少の緊張感は覚えずにいられないのだろう。

 一方のアナスタシアは、口元に不敵な笑みを浮かべて、人混みの中から歩み寄るセバスを睨めつける。


「野郎が?」

「あぁ。第一皇女の側近だった」

「へぇ……」


 呟きながら、アナスタシアは品定めをするように眼を細めた。

 しばしの沈黙。

 数秒したところで、ふっと視線を外した。


「どうだった?」

「何の面白みもねぇ。ただのジジィだ」

「辛辣だな」

「事実を言っただけだ」


 そう言ったきり、本当にセバスに対する興味は失せてしまったらしい。

 アナスタシアは視線を皇城へ向けて、歩み寄ってくるセバスの方は見向きもしなくなってしまった。


「困ったものだね」

「………」


 言葉には出さないものの、ノアの嘆息にヤマトも同意する。

 そうこうしている内に、人混みを潜り抜けたセバスがヤマトたちの元へ到着した。


「申し訳ありません、御待たせ致しました」

「いや大丈夫。それで、予定通り案内してくれるのかな?」

「はい。そちらは問題なく」

「それはよかった」


 表面上は和やかに会話を交わすノアとセバス。

 二人の会話を耳にしながら、ヤマトはアナスタシアの方へと視線を下ろした。


「……信号は弱いが、入れば繋がるな。そうすれば――」

「どうした?」

「あん? いやなに、面白そうなものを見つけてな」

「面白そうなもの……?」


 ちらりと視線を向ける。

 セバスはノアとの会話に意識を傾けている様子で、ヤマトとアナスタシアの話に気づいたようには見えない。他方のノアは、意識の片隅でヤマトらを捉えている様子だったが。

 更に声を潜めて、問い返した。


「それは?」

「あー……、まあ行きゃ分かるさ」


 曖昧に答えを濁される。

 ちらりと揺れたアナスタシアの視線は、こちらを怪訝そうな面持ちで伺うセバスとノアへ向いている。


(セバスに聞かれたくないのか)


 つまりは、何か帝国が秘めているものなのだろうか。

 むくりと関心が鎌首をもたげるが、それが面へ出る寸前で押し留める。


「何か御座いましたか?」

「いや。何でもねぇよ」

「ならば良いのですが……」


 表面上は礼儀正しく。だがその裏から、隠し切れていない警戒心が滲み出ている。

 そんなセバスの視線を誤魔化すように、アナスタシアはひらひらと手を振った。


(やはり警戒しているな)


 セバスにとってみれば、アナスタシアだけは今回が初対面なのだ。

 帝国の頂点に君臨する皇帝。その御身と面会させるのだから、アナスタシアが本当に危険人物ではないのかと勘繰る必要があるのだろう。

 にわかに緊張感の水位が高まる。


「んんっ!」


 それを払拭するように、ノアが軽く咳払いをした。

 セバスの視線からアナスタシアを守るように、僅かに立ち位置を移す。


「セバス、時間の方は大丈夫なの?」

「……そうですね。それでは、御案内致します」


 そんなノアの言葉で、ひとまず追及を取り止めることにしたらしい。

 非礼を詫びるように頭を下げてから、セバスは皇城へ足を向けた。


「――ククッ、一丁前に威嚇してやがったな」


 セバスに続いて歩を進めようとしたヤマトの耳に、アナスタシアの邪悪な笑い声が滑り込む。

 思わず、溜め息を吐きそうになる。


「アナスタシア。怪しまれる真似をするなよ」

「分かってるさ。誰に言ってやがる」

「そういうところがな……」


 重ねて忠言しようとして、諦めと共に首を振る。

 今は、そんなくだらないことに言葉を尽くしている場合ではない。


「行くぞ」

「おうよ」


 セバスとノアの後を追い、歩き始める。

 帝国軍の些か唐突な北地侵攻。その裏にある皇帝の真意を聞き出し、可能ならば説得を試みる。北地で今も戦っているはずの魔族たちの命運を左右する、何物にも代えられない大役だ。

 どうか何事もなく進んでくれますように。そんな願望を嘲笑うように、皇都の空から微かな雷鳴が響いた。

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