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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
海洋諸国アルス編
37/462

第37話

 観光地として整備された砂浜を抜け、辺りに大きな岩が散乱するようになった場所に、クロは佇んでいた。

 遠目から見る限りでは、何かをしている様子はない。ただ黙って海を眺めているようだ。


「俺が前に出る」

「分かった、援護は任せて」


 上着のポケットに手を入れながらノアが頷く。

 それを確認して、刀を手にしたヤマトはクロの立つ方へと歩み寄った。


「クロと言ったな。ここで何をしている」

「あぁ、やっと来てくれましたか。待ちくたびれましたよ」


 その声を聞いた瞬間に、ヤマトの脳裏にグランダークで出会ったクロの姿が浮かび上がる。

 第五騎士団団長のバルサと共にグラド王国へ襲撃をしかけた張本人。魔王軍隠密部隊『影』の一員と名乗っていた。ヒカルの援護に行こうとしたヤマトを足止めするかと思えば、中途半端なところで切り上げ。バルサを援護するのかと思えば、逆にバルサへ紅い宝石のようなものを埋め込み、暴走を誘発させた。

 その内面は一切伺い知ることができず、ただひたすらに不気味な男。


「質問に答えろ。何をしている」

「分かっているのでしょう? あなた方を待っていました」


 言いながら、クロが足を持ち上げる。

 脳裏に蘇るのは、グランダークでクロと対峙したときの光景。足踏み一つで結界を貼ってみせたクロの手腕。


「――シッ!」


 咄嗟に刀を抜き払い、疾駆する。

 クロに肉薄した勢いのまま、一気に刀を振り抜いた。


「あらら。これは危ない」

「ヤマト!」


 ノアの声が聞こえるのと同時に、後ろへ飛び退る。直後、幾つものナイフがクロへ殺到していく。

 その全てをナイフ一つで弾いてから、クロは降参するように両手を頭上に上げた。


「ちょっと待ってくださいよ。この通り、まずは話し合いませ――」

「問答無用ッ!」


 語ることなどない。

 それを示すように、ヤマトは再び駆け出す。刀は身体の下に伏せ、刃先を真っ直ぐにクロへ向ける。クロからすれば、刀身が点にしか見えず、間合いを図ることが困難な構え。


「まったく物騒ですねぇ」


 刺突と斬撃を同時に備える、神速の一撃。

 それを前にしてもクロは余裕の様子を崩さず、気味悪いほどに滑らかな動きで間合いを離していく。ノアが放つ牽制の投擲は、片目すら向けずにナイフ一つで捌き切る。


(相変わらずやりづらい)


 機は逸した。

 ジリジリと間合いは詰めつつも、一瞬の静寂が辺りを包む。闘志をみなぎらせながら、ヤマトはかつてクロと戦ったときのことを思い返す。


「人の話は聞いた方がいいと思いますよ?」

「大人しく話だけをするような男ではないだろう」

「買いかぶりすぎですってば」


 刀を正眼に構え直して、整息する。


「ヤマト、気がついてる?」

「あぁ」


 ノアの言葉に、苦々しい表情で首肯する。

 いつの間にしかけたのか、辺りが再び結界で覆われている。こうならないように攻め続けたというのに、なんたる様か。


「おや、ようやく刃を収めてくれますか」

「……やってくれたな」

「お褒めいただき光栄です」


 波打つ音が聞こえないばかりではなく、天上の陽光までもが遮られている。外側と内側とを完全に遮断するタイプの結界だ。視界が保たれているのは、結界全体がほのかな光を放っているから。

 その性能が上がるほど、強度自体は下がっていることが予想できる。結界に触れることができれば、すぐに破壊することも可能だろう。


「では話を始めるとしましょうか。まずここに来た目的ですけどね」

「ノア!」


 叫びながら、ヤマトはクロに再び肉薄する。

 強度がさほど高くないのであれば、ノアでも充分破壊できるはずだ。何をするにしても、まずはそれから。


「本当にせっかちな方々ですねぇ。せっかくですし、このまま話しましょうか」


 対して、クロが取る手段は先程までと変わらない。すなわち、体捌きでヤマトとは徹底して間合いを離し、ナイフでノアを牽制する。滑るように後退しながら、ノアが結界に向けて放ったナイフにナイフを投げ、衝突させる。


「ここに来たのは、端的に言えば宣戦布告なのですよ」

「宣戦布告?」


 ヤマトが前進するよりも速く、クロが後退していく。果たして本当に正常な生き物なのかと疑いたくなる現象だが、愚痴っても仕方がない。

 結界の端へ追い込むように左右のステップを交えながら、ヤマトは前進する。


「えぇ。明日の夜明けと同時に、我々はこのアルスに攻撃をしかけます」

「―――」

「ここの海を守護しているという竜種、あれに少し協力していただきましてね。陽が昇るのと同時に、アルスを沈めていただこうかと」

「沈める、だと」


 一瞬刃筋が鈍る。

 それを見逃さずにクロはステップで間合いを離してから、言葉を続ける。


「何かの比喩ではありませんよ? 文字通り、アルスを海に沈めます」

「……不可能だ」


 そんなことが可能なのは、神話の世界だけ。至高の竜種たる青竜でもなければ、到底引き起こせることではない。

 そうしたヤマトの思考を汲み取ってか、クロはふむと一度頷いてみせる。


「確かに、いくら竜種と言えども、大陸を海に沈めることは不可能でしょう。ですが、このアルスという地は少々特別でしてね?」


 ノアが結界に向けて足を踏み出したのを牽制するように、クロはナイフを放る。

 その隙をついてヤマトが再び駆け出すと、それとほとんど同じ速度で後退りながら、クロは言葉を続けた。


「あなた方も神殿で見たと思いますが。アルスの地下は、ああした竜の巣が無数に存在するんです」


 竜の巣。

 言ってしまえば、大地をくり抜くように掘られた洞窟だ。その全てが海と繋がっている。


「何が言いたい」

「言ってしまえば、アルスは浮島と同じなのですよ。大陸と繋がってこそいても、その大地は穴だらけで海の上に浮かんでいるに等しい」


 「ほら、沈みそうな気がしてきたでしょう?」というクロの言葉に、ヤマトは歯噛みする。


「交渉したところ、この辺りの巣を一つに繋げる作業を請け負っていただけましてね。既に大半は完了して、あとは明日の合図を待つだけなのですよ」


 無茶苦茶だ。大陸の一端を海に沈めるなど、およそ人ができることではない。

 そんな理性の判断とは裏腹に、クロが口にしていることは、現実に起こりそうという信憑性を伴っているようにヤマトには聞こえた。


「そうして粉々になったアルスならば、あのくらいに育った竜種ならば容易く破壊してくれるでしょう? クククッ、どんな光景が広がるのか、楽しみですねぇ」

「ならば止める。それだけだ」

「それはご立派なことです。ただ、果たして時間があるかどうか……」


 クロの言うことが理解できず、眉間にシワを寄せる。

 そんなヤマトに対して、クロはできの悪い生徒に教え諭すように、ゆっくりと声を発した。


「この結界はですね。隠蔽効果の他にも、時間の流れに干渉するように作ってまして」

「………」

「中では時間の進みが速くなっているんですよ。具体的には、一日が一年になるくらいに」


 時間を操作する結界。それ自体は、決して珍しいものではない。どこの国でも保管庫にはそうした結界が設置されているものだ。だが、それを個人で張れるものとなると、ひどく数が限られる。

 それに、一刻を争う今回においては、その結界は非常にまずい。ここに入ってどれだけの時間が経っただろうか。

 ジリジリとした焦りが胸中にくすぶったところで、ふっと辺りの結界が消え失せた。


「あら? これはいったい……」


 戸惑うように辺りを見渡したクロを尻目に、ヤマトは頭上を見上げる。太陽の姿がない。空は既に暗く染まっているが、まだ夜明けの気配はない。――急げば間に合うか。ノアと一瞬だけ視線を交錯させる。


「あなたですか。これは予想以上でしたよ」

「あいにく、魔導の扱いには僕も自信があるんだ」


 本心から感心の溜め息を漏らすクロに、ノアは得意気に言ってみせる。

 物理的な方法での結界破壊を陽動に、魔力操作によって結界を解除してみせたらしい。ヤマトには到底会得できそうにない技術だ。


「詰めは派手にやったからね。もう結界はしばらく張れないよ」

「えぇ確かに。魔力が薄くなってます」


 これで第一の障害は失せた。

 クロの視界からノアを隠すように前へ出ながら、ヤマトは刀を改めて構えた。


「前回の続きだ。今度こそ決着をつける」


 グランダークでは結局有耶無耶にされてしまったが、二度も逃す趣味はない。影へ溶け込むようにして、既に背後からノアの気配が失せていることを確信してから、深く息をつく。手元の刀に意識を寄せて、刃を立てる。

 気炎を上げるヤマトに対して、クロは手元のナイフを懐にしまい込むと、ゆっくり両手を頭上に掲げた。


「降参、今度こそ降参ですよ」

「……何のつもりだ」


 まだまだ戦えるはずだ。先程の体捌きを見る限りでは、クロはヤマトとノアの二人を相手にしても立ち回れる程度の力量を持っている。ここではどちらかと言えば、ノアの逃走をヤマトが援護すべく、クロを足止めする場面だ。

 だと言うのに、クロは降参だと言う。これではノアに「行け」と言っているようなものだ。

 そんなことを思い浮かべたヤマトの懐疑の視線に、クロはヒラヒラと手を振る。


「グランダークでお会いしたときに語ったのと同じですよ。私たちの目的は既に果たされた」

「目的……」


 記憶をさかのぼる。

 クロと対峙したときに、確かにヤマトは魔王軍の目的なるものを聞かされていた。それは確か、


「教会、いや神殿と聖地の破壊か」

「えぇ。現状では辛うじて形を保てているようですが、それも直に崩れる。勇者の加護は削げそうなので、私がこれ以上手を出す必要もないんですよね」

「……そうか」


 勇者の加護を強力なものと認識しているがゆえに、魔王軍の目的は、その加護を減じさせることを第一としている。勇者本人に損害を与えようというつもりは、それ以外にはないということらしい。実際に、クロからは闘志が抜け落ちてしまっている。

 そのことを感じ取ったヤマトは、構えこそ保ちつつも、意識を会話の方へ寄せる。そして、頭の中に浮かんだ疑問をクロにぶつける。


「なぜ、俺たちの前に姿を見せた」

「と言うと?」

「お前が現れなければ、俺たちは襲撃に気づくことはなかった」

「いえ。気づいたはずですよ」


 真意を問うヤマトの視線に対して、クロは軽い口調で応える。


「密告者がいますからね」

「何を言っている」

「彼女の後を追えば分かると思いますよ」


 ノアが消えていった方向をクロは指差す。ノアが立ち去ったことは、既に気づきながらも見逃していたらしい。


「……質問の答えにはなっていない。なぜ俺たちの前に姿を現した」


 より正確に言うならば、なぜヤマトたちを足止めしようとしたのか。

 そんな疑問に対して、どう答えるか迷った様子のクロであったが、やがて言葉を選ぶように口にする。


「他言無用でお願いしますよ? 実は私、魔王様とは別に目的を持っていまして」

「………」

「そのためには、勇者にはある程度の試練を乗り越えてもらう必要があるのですよ」


 そう語るクロの様子は。

 これまでの飄々とした調子から一転して、どこか堪えがたい感情を必死に押し込めているように、ヤマトの目からは見えた。

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