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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
365/462

第365話

「――作戦会議を始めるぜ!」


 皇都大通りの一角にある、民営ホテルの一室にて。

 ベッドの上にふんぞり返ったアナスタシアが、高らかに宣言した。


「……作戦会議か」

「おう! 帝国入りした以上、もう無駄な時間は過ごせないからな」

「そうだな」


 同意の言葉を返しながら、ヤマトは眠気で重くなり始めた目蓋を擦った。

 陽はとっくに地の底へ沈み、南の空には星々と丸い月が浮かんでいる。皇都は街灯の穏やかな光で照らされているが、そこには昼間ほどの活気はなく、都民は各々の家で寝静まっている頃合い。

 長旅を経て皇都入りしたヤマトたちからしても、そろそろ身体と精神を休めさせたい刻限なのだが――、


「アナスタシアは元気そうだね」

「―――」


 ベッドの上でこんもりと盛り上がった布団の中から、ノアの恨みがましい声が漏れ出た。

 その響きに、熱弁を振るおうとしていたアナスタシアは表情を固まらせる。

 にわかに張り詰める緊張感に押されて口を閉ざしたヤマトの前で、布団の声は延々と恨み言を吐き出していく。


「そりゃ元気だろうね。ここに着くなり早々にお風呂入って、さっきまでずっと寝ていたんだから。寝すぎてお腹空いたけど、もう元気満タンって感じ?」

「いや、その、だな?」

「その間、僕たちが何やってたか知ってる? 手続きに不備がないか確かめて、冒険者ギルドに連絡して、明日からのために情報収集もして……。それでようやく、これから寝ようってところだったんだよ」

「あぁ、それは……」

「作戦会議? それ、本当に今やらないと駄目なやつ? ここでぐうたら寝てたアナスタシアと違って僕たちは――」

「あ、あーっ! そういえばーっ!」


 流れる水のように、スラスラと淀みなく吐き出される怨嗟の言葉。

 それを目の当たりにして顔を歪ませたアナスタシアは、突然、何かを思い出したかのように声を上げながら立ち上がった。


「俺もちょっとやらなくちゃいけないことがあったんだ! 悪ぃ、会議はなしだ!」

「へぇ、やること? こんな時間から? 夜はずいぶんと働き者なんだね?」

「ぐぬ……」


 ピリピリと痺れるような緊張感に、眠気でぼやけていた意識が、徐々に明晰になっていく。

 このまま布団に潜り込んだところで、すぐには眠れないだろう。


(仕方ないか)


 溜め息を一つ。

 悔しげに声を詰まらせるアナスタシアに、ヤマトは声をかけた。


「アナスタシア。少し話したいことがある」


 それで、ヤマトの意図は伝わったのだろう。

 パッと顔を明るくさせたアナスタシアは、勢いよく首を縦に振った。


「おぉ! そうかそうか! じゃあちょっと部屋の外に行こうか!」

「あぁ。ノア、少し留守にするぞ」

「……どうぞー」


 散々に恨み言を連ねていたノアも、体力の限界だったのだろう。

 一瞬だけ、感情の読みづらい視線をアナスタシアへ投げたところで、ふにゃりと布団の中へ潜り込んでいく。

 その姿を確かめてから、ヤマトはアナスタシアを促した。


「出るぞ。静かにな」

「はいよ」


 無闇に刺激しないよう、そそくさと部屋を後にする。

 部屋から廊下へ出て、扉をパタンと閉めたところで――ふっと息を漏らした。


「いやー助かった助かった! 礼を言っとくぜヤマト」

「……このくらいはな」


 凝り固まった身体を解すように、ぐるぐると肩を回す。

 そんなアナスタシアの姿に苦笑いを漏らしながら、ヤマトも廊下の壁に背を預けた。


「あいつも今は気が立っているようでな。代わりに謝っておく」

「ククッ、なかなかおっかない奴だったな」


 先程まで萎縮していた者とは思えないほど、ふてぶてしい態度だ。

 喉元過ぎれば何とやら。

 そう言ってやりたい衝動を堪えつつ、ヤマトはアナスタシアに向き直った。


「それで? 作戦会議だったか」

「ん?」


 一瞬だけ、キョトンとした表情を浮かべたアナスタシアだったが、すぐに気を取り直す。


「お、おう! そうだったな! じゃあやっとくか!」

「……投げやりだな」

「そんなことはないさ」


 コホンと軽く咳払い。

 気を取り直したアナスタシアは、そのまま朗々と語り始めた。


「今回の俺たちの目的は、大きく言やぁ一つ。それは分かってるな?」

「帝国軍の北地侵攻。それを中止させること」

「そうだ。だが皇帝の権力が特別強いこの国だと、ちょっとやそっとのことじゃ国は動かねぇ。だから、それ相応の事件を起こす必要がある」

「それが内乱か」


 最後の一言だけ、声を潜めた。

 事が事だけに、誰にも聞かれるわけにはいかない。ここが皇都のど真ん中であることを考えれば、それも尚のことだった。

 そんなヤマトの警戒心も知らぬ様子で、アナスタシアは更に言葉を重ねる。


「皇帝が対処せざるを得ないほどの大物と内乱を起こし、北地どころじゃないようにしてやる。俺たちができる最も効果的な手がそれだ」

「言うは易し。簡単なことではないぞ」

「あぁ。それこそが、この計画における最大の難点だな」


 帝国という国家が揺らぐほどの大事。

 たかが一政治家を動員した程度では、それほどの事件にはならない。せいぜい中隊が出張って鎮圧されるところが関の山だろう。

 ゆえに、大物を動かす必要がある。

 邪悪な笑みで口端を歪めたアナスタシアは、とうとうその名を呟いた。


「帝国第一皇女フラン。そいつが俺たちの狙いだ」

「第一皇女……」

「帝国における反戦派の筆頭格。皇位継承権こそないものの、国内での影響力は計り知れない女だ」


 皇女フラン。

 既に覚えておくようにと言い含められていたが、改めて聞かされたことで、その名前が頭の内に染み入ってくる。


「皇女は帝国参戦に際して反対意見を表明したらしいが、その案を却下され、今は離宮に軟禁されている。監視の中、身動きが取れない状態なのさ」

「そこを俺たちが救出し、事を起こさせる」

「そういうこった」


 それが、ヤマトたちが帝国で成し遂げようとしていること。

 皇帝が絶対的な権力を握る以上、その決定を覆すためには、皇帝の親類に協力を求める他ない。その意味で、今は軟禁されているという皇女フランは格好の標的であり、またヤマトたちにとって最後の希望ということができる。

 とはいえ。


(問題は山積みだな)


 アナスタシアに悟られないよう、漏れかけた溜め息を飲み込む。


(まず、件の皇女と連絡を取る手段がない。皇女という立場なのだから、そう容易く会える人物でないことは確かだ)


 当然といえば当然のこと。

 軟禁されているとはいえ、相手は皇族に連なる者の一人。当然、彼女がいる離宮には厳重な警備がされているはずであり、他所者であるヤマトたちが気軽に踏み込める場所ではない。ただ会うだけを論点としても、越えなくてはならない難題は幾つも列挙できるのだ。

 無論、この問題についてはアナスタシアも考慮していることだろう。帝国までの道中では自信あり気な様子だったから、何か手を用意しているはず。それが上手くいったならば、皇女と面会することも叶うかもしれない。


(だが、その皇女に会えたところで、協力を得ることができるのか? 仮にも皇族ならば、内乱など疎んじるだろうが――)


 考えかけて、首を横に振った。

 どれほど頭を悩ませたところで、何か画期的な案が浮かぶわけでもないのだ。むしろ無闇に気分を落ち込ませるだけで、何の利もないとすらいえよう。

 他に代案があるわけでもない。ならば、憂慮するだけ無駄であった。


「実際に行動を起こしてみなければ、何も分からないか」

「案外あっさり話が進むかもしれねぇ。今からグダグダ考える必要はないだろ」

「……そうだな」


 そうしたヤマトの考えを、どこまで見通していたのだろうか。

 あっけらかんと言い放ってみせたアナスタシアに、ヤマトは苦笑と共に頷いてみせた。

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