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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
364/462

第364話

 皇都。

 大陸西方を支配する帝国の首都であり、国内で最も発達した都市。高度な技術をもって設計されたその街は、とある学者によれば、大陸の歴史よりも百年先を行く姿をしているという。

 そんな街に、今まさに降り立った者が三人。


「ここが皇都か。大層な街だなぁおい」

「流石は、帝国の首都というところか」


 降り注ぐ陽光に金の髪を煌めかせながら、アナスタシアが高揚した声を上げる。

 それに賛同の意を示しながら、ヤマトも周囲をぐるりと見渡した。


(数年前にも一度来たはずだが……)


 皇都を囲う城壁、その正門を潜り抜けたすぐ先のところ。

 皇都内外を出入りする際に最もよく使用される場所だ。ヤマトの記憶が確かであれば、数年前に皇都を訪れた際にも、ここは潜り抜けたはずなのだが――。

 神経質なほど平らに舗装された道路。その両脇に続く歩道。それらを睥睨するように無数に立ち並ぶ、やたらキラキラと輝いている建物。


(こんな場所だったか?)


 見覚えのない景色を前にして、思わず小首を傾げる。

 そんなヤマトの姿が、面白かったのだろうか。


「ふふっ」

「む?」


 二人の後方に控えていたノアが、小さな笑みを零した。

 釣られて視線を転じれば、ノアは詫びるように手刀を切りながら口を開く。


「ずいぶん様変わりしてるって思っていたんでしょ?」

「……そうだが」

「ね。実際、僕も同じこと思ってたし」


 聞いて、眼を丸くする。

 そんなヤマトへ言い聞かせるように、ノアは周囲の建物を見渡しながら説明を続けた。


「ここは帝国の、しかも首都だからね。何か新しい技術が発見されたら真っ先に使われるんだよ」

「だが、ここまで変わるものなのか?」

「技術の開発スピードはずば抜けた国だから。他の場所と比べられるものじゃないよ」

「そういうものか……」


 釈然としない返答をしながら、靴先で道路を軽く小突く。

 この舗装についてもそうだ。記憶の中では、皇都の道路は岩を真っ平らに揃えて並べたような、もっと硬質な素材だったはず。それが今や、踏みしめる衝撃が地の下へ吸収されるような、奇妙な柔らかさが感じられる。

 どちらがいいと論ずるつもりはないが、ヤマトとしては、正直なかなか落ち着かない足触りだ。

 そんなヤマトの戸惑いを感じ取ったわけではないだろうが。

 田舎者っぽさを丸出しにして周囲を見渡していたアナスタシアが、したり顔で振り返った。


「皇族直属の研究機関があるからな。新技術を実地投入するまでの手続きが、他の国よりもかなり楽なんだ」

「手続き?」

「あぁ。普通なら技術が完成したところで、その利便性をプレゼンして、承認してもらって、予算組んで、工事するって手順が必要だ。だが帝国に関していえば、そこら辺をかなりスキップできるのさ」

「……ほう」


 何となく打っておいた相槌。

 それに気をよくしたらしいアナスタシアは、そのまま饒舌に語り続ける。


「ここは何を置いても皇帝が第一だ。どんなものであれ、皇帝さえ頷いてしまえば話が通るんだよ」

「皇帝か」

「専制君主制の極地みてぇな国だからな。他の国じゃ貴族に騒がれるだろうが、帝国ならその心配はないってわけよ」

「……貴族がいないのか?」

「名門みたいのはあるが、皇室がずば抜けている。皇帝に意見できる野郎は限られているのさ」


 言いながら、アナスタシアはほっそりとした指を立てる。


「行政の宰相、司法の最高裁判所、軍部の総大将。大まかにはそいつらだ」

「よく知っているな」

「昔は付き合いがあったからな」


 その言葉に、かつてアナスタシアが帝国へ技術を流していた経緯を思い出す。

 帝国が大陸に覇を唱える以前のこと。まだ何の取り柄もなかったこの国に、アナスタシアは秘密裏に新技術を伝播していたという。いわば、アナスタシアは帝国が成り上がるまでの最大の功労者というわけだ。

 それを思えば、彼女が帝国の内部事情に精通していることも、決して不思議ではないのかもしれない。

 曖昧に頷いたところで、隣のノアがじっとりと湿度の高い視線を投げていることに気がつく。

 その矛先は、得意気に語っていたアナスタシアに向いている。


「どうした?」

「……いや。ただそれ、結構な機密情報だったはずなんだけど」

「ふむ?」


 「そうなのか?」と問うようにアナスタシアを見やれば、軽く肩をすくめる姿が眼に入った。


「一般的には、皇帝の言うことは絶対だよ。宰相や最高裁判所だって、諫言が認められているってだけで、真っ向から反対することは認められていない」

「あくまで皇帝が絶対ということか」

「そう。例外はさっきアナスタシアが言っていた軍部の大将か、皇帝と同じ皇室の人間だけ」


 その説明に納得の首肯をする。

 皇帝の命によって始まった、帝国の北地侵攻。その動きを止めるべく、反戦派らしい第一皇女を唆し内乱を起こさせるために、ヤマトたちはこの皇都へやってきたのだ。

 そうした経緯を思えば、皇室の者が皇帝に反対できることは不思議ではない。

 ゆえに、引っかかる点は一つ。


「軍が皇帝に対抗できるのか?」

「うーん……。軍っていうよりは、そこの大将をしている人がって話だけどね」

「ほう」


 相槌を打ちながらも、はっきりとしないノアの返答に首を傾げる。

 そんなヤマトの疑念に、隣で話を聞いていたアナスタシアが先んじて口を開いた。


「帝国の英雄ラインハルト。そいつだけは、皇帝に歯向かえるだけの実力と人気があるってことだ」

「ラインハルト……?」


 呟いて、首を傾げる。

 大陸に名高い帝国の英雄。そんな大層な人物がいるならば、ふらふらと放浪してばかりいるヤマトでも知っていておかしくないはずだが。

 聞き覚えは、ない。

 疑念をそのまま視線に乗せてぶつければ、アナスタシアも同意の首肯を返した。


「お伽噺さ。大昔に活躍した伝説の英雄だ」

「大昔?」

「ラインハルトが表舞台に出てくるのは、初代皇帝に従う騎士としてだ。古今無双の武勇をもって皇帝の覇業を支えたってな」

「実在しないのか」

「そいつにあやかって、ラインハルトっていう称号を継承しているんじゃないかねぇ?」

「……そういうものか」


 個人名を継承するなど、あるのだろうか。

 そんな疑問が改めて出てきたものの、わざわざ蒸し返すほどのことでもない。

 アナスタシアの説明に曖昧に頷いたヤマトは、軽い咳払いで話を一段落させる。


「そろそろ宿を探そう。あまりゆっくりしていると、陽も暮れる」

「もう夕方か」


 皇都入りした高揚で、疲れを一時だけ忘れていたのか。

 ふと我に返った様子のアナスタシアは、次いでくわりと欠伸を漏らす。

 釣られてヤマトとノアは微かな笑みを浮かべたが、疲れが溜まっているのは、なにもアナスタシアに限った話ではない。


「今は身体を休めるべきだろう。込み入った話は、明日からでも遅くない」

「……そうだな」


 羞恥ゆえか、アナスタシアの頬に若干赤みが差しているところは、見なかったことにする。

 ノアの方にも異論がないことを確かめてから、ヤマトは痛みと重みが伸し掛かる足を引きずり、皇都の大通りを歩き始めた。

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