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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
359/462

第359話

 紫電が奔る。

 極小の稲妻が髪を焼き、焦げた匂いが鼻孔に滑り込んだ。

 その不快感に顔をしかめる間もなく、ヤマトは上体を思い切り捻った。

 直後に、豪腕の一撃が空を切る。


「ちっ」


 眼前の黒衣から舌打ちが漏れ出た。

 凄まじい一撃だ。“駆動兵器”なるもので威力を底上げしているらしい拳を受けていたならば、それだけで再起不能に追い込まれていたことだろう。

 咄嗟に回避した己を賞賛しながらも、黒衣の男へ視線を向ける。

 拳を振り切った直後の姿勢のまま、ぐらりと身体が傾いでいる――が。


(まだ、手を出してはいけない)


 直感が囁く。

 それに従い警戒を続けながら、刀の刃を立てたところで。


「ふんッ!」


 傾ぐ体勢のままに、回し蹴りが上段を薙ぎ払う。

 半歩退いたヤマトの眼前を足刀が貫いた。そちらにも紫電がまとわりついていたのか。極小の稲妻が髪を焼き、焦げた匂いが鼻孔に滑り込んだ。


(もし踏み込んでいたら、避けられなかった)


 どこか他人事のように、そう分析する。

 ほとんど体幹を揺らさないまま一歩間合いを離し、再び黒衣の男を正面に捉えた。

 渾身の一撃を難なく避けられた直後だというのに、男の姿に明確な隙はない。そのことに、僅かながら感嘆の息が漏れ出た。


「ずいぶんと勘のいいことだ」

「………」


 皮肉混じりの男の言葉に、無言をもって応える。

 そんなヤマトの返答は気に食わなかったのか。「ふんっ」と鼻を鳴らした黒衣の男は、崩れかけた体勢を整え、再び両の拳を構えた。

 その姿をジッと見つめながら、ヤマト自身も男の言葉を反芻する。


(勘がいい、か)


 それは、その通りなのかもしれない。

 何の根拠もないオカルトな話だが、今のヤマトは確かに、かつてないほどに思考が明晰に整っていた。普段ならばこんこんと湧き出る雑念が鳴りを潜め、眼前の敵だけを捉えることができている。

 男が「勘がいい」と評したのも、そうした部分から出てきたものだろう。

 そして、その理由もおぼろげながらに掴んでいる。


(コイツのおかげか?)


 手元の刀に視線を落とす。

 極東で下賜された刀。共に過ごした年月こそ短いものの、密度の濃い修羅場を思えば、確かに愛刀の一つといっていい代物だった。

 すっと手に馴染む感覚は、使い手に余計な疑惑を抱かせない。ヤマトが相手に集中できているのも、己の一挙手一投足に気を取られないからと思えば、理解できないこともない。


「……む」


 刀がブルリと震えるような幻覚。

 視線を上げれば、黒衣の男がぐっと腰を落としているところが眼に映った。


(余計なことに気を取られすぎたな)


 やや慢心していた己を戒め、刀を正眼に構える。

 刃の先に男の姿を捉え、冷静に勝利への算段を組み立てた。

 結論。


「こじ開ける他ないか」


 己を鼓舞する意図も込めて、小さく呟いた。

 想定以上に鍛えられた彼のミスを待とうというならば、相応の時間を要することになる。十数分か、数十分か。そこは定かではないが、それは性に合わない。

 ゆえに、ここは攻める一手。


「く……っ」


 滲み出るヤマトの気迫を感じ取ったか、黒衣の男が小さな声を漏らした。

 それに構わず、退き続けていた足を前へ出す。

 刃を立てる。


(まずは一刀)


「舐めるな!」


 主導権を握らせまいとしてか、男は肘鉄を放った。

 腰が入った重い一撃。下手に受け止めようとしたならば、逆に腕をへし折られかねない重量を感じる。

 だから、まずは回避を――、


(違うな)


 閃きの白光が刹那の内に瞬いた。

 咄嗟に浮かんだ妙案。それに身を任せることに一抹の不安を覚えながらも、従うことを決意する。

 回避を棄却し、あくまで攻勢へ。

 迫る肘鉄を前に、無謀と囁く理性の声をねじ伏せて、手を合わせる。


「グ――ッ!」


 焼けるような痛み。

 大型魔獣の突進を受け止めたかのような衝撃に、腕があらぬ方向へと折れそうになる。

 それを既のところで堪えながら、手首を捻り、勢いを脇へと押し退ける。

 その無理の甲斐は、すぐ一秒後には現実となって眼の前に現れ出た。


「なっ!?」


(どうにか、成功してくれたか)


 もはや当人には制御し切れないほどに乱された肘鉄は、その勢いのままに、男の上体をも引きずり込む。

 ヤマトの眼の前には、かえって意図的なのかと疑いたくなるほどに隙を晒した男の姿があった。どんな奇策を講じたところで覆りようのない、絶対的な好機。

 ここを狙わない手はない。


「ふぅ――」


 整息。

 雑念の一切を思考から除去し、眼前の敵だけを見定める。

 刀を上段に構えた。


「――ぬんッ!!」


 必殺の一撃。

 がら空きだった胴に吸い込まれるはずだった白刃は、だがその寸前に、男がねじ込んだ腕に妨げられる。

 衝突する。


(硬いッ!?)


 盾のように構えられた腕の篭手に、刀の刃が喰い込む。

 およそ常識的でない光景に驚愕する寸前に、感触から、その腕が生身のものでないことに気づいた。恐らくは腕全体が、鋼鉄製の義手になっている。

 生半可な得物では、到底これを斬ることは叶うまい。


(――だが、コイツなら)


 一つの確信と共に、刀を握る手に神経を集中させた。

 視界の隅で拳を構える男が眼に入ったが、構わない。

 刀の刃先から、僅かな手応えという形で、鋼の斬り方が伝わってきた。あえて力を抜き、刃を滑らせるようにして、切り口を撫でる。

 鋼鉄の腕に走った斬撃痕が、細く深くなっていく。


「なっ!?」


 男が動揺していることなど、気にするような問題ではない。

 少しの抵抗も許さない刹那の間に、妖しげな光をまとった刀が篭手を真っ二つに斬り裂いた。

 弱々しい稲妻が、腕の断面から迸る。

 返す刃で男の黒フードを裂くと共に、一歩間合いを詰めた。


「何を呆けている」

「―――ッ!」


 安い挑発。

 だが、使い所を選べば効果は絶大だ。

 深い切り込みが入ったフードの奥で、男の眼に激情が宿る。既に構えていた拳に、更に力が込められたところを捉えた。

 初見よりも二割増しの威力だが、軌道とタイミングが読めている以上、僅かな脅威にもならない。

 胸の中央めがけて突き出された拳を、引き寄せた刀の柄で弾き出した。

 更に一歩踏み込む。


「お前は……!?」


 何事かを口走ろうとしている様子だが、気にすることはない。

 今度は刀を中段に。刃先を真っ直ぐ男へ向け、柄を胸元まで引き寄せた。


「行くぞ」


 男が身構えるよりも早く、刀を突き込む。

 一撃目で男の左肩を射抜き、残った腕から脱力させる。続く二撃目で退こうとした右脚の膝を貫いた。三撃目四撃目は脇を狙い視線を逸らし、後の五撃目こそを本命として男の胸元を浅く斬る。

 防御する暇など与えない。

 一息に放たれた五度の突きに、男の顔が苦悶に歪んだところが見えた。


「ぐ……っ!」

「タフな奴だ」


 傷口から噴き出す血の色からは眼を背け、再び突きの構えを取る。

 そんなヤマトの前で、男の眼がすっと据わった。

 嫌な予感。

 それに衝き動かされるままに身体を翻そうとしたところで、男の口が動く。


「放電!」


 紫電が奔る。

 間合いは至近。避けることは叶わない。

 間もなく訪れる衝撃に備え、眼を細め奥歯を噛み締めて、




「――させないッ!」




 銃声が響いた。

 黒衣の男の身体が傾ぐ。爆発的に輝きを増していた紫電の奔流が、瞬く間に収束し、男の身体へと萎んでいった。


 ノアの援護射撃だ。


 そのことを確信するや否や、引き戻しかけていた刀を再び構え直した。

 脳裏に描くは真一文字の斬撃。

 抵抗一切を許さない一撃をもって、戦いに終止符を打とう。


「シ――ッ!!」


 気迫をみなぎらせると共に、刀を振り抜いた。

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