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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
355/462

第355話

(2020/01/20 更新再開に伴い、本話を大幅に修正しました。

        以前の355話を読んでいた方も、改めて確認してください。)



     ◇◇◇◇◇




「まったく、侵入者が来たから時間を稼いでこいって。前から思ってたけど人使いが荒いよね、あの人」

「そうかもしれんな」


 コツコツと靴音を響かせながら、ノアが不満の言葉を漏らした。

 それに肯定とも否定ともつかない返事をして、小さな苦笑いを浮かべる。


「だが、仕方のないことだ。放置するわけにはいかないだろう?」

「そうだけどさぁ」


 理解はできても納得はできないという表情。

 なおも何か言い募りたそうに口を動かすノアだったが、その矢先を遮るように再び声を上げる。


「アナスタシアも単なるものぐさで言ったわけではない。俺たちが向かう必要があると判断したはずだ。ならば、それに従うのが筋だ」

「必要ねぇ」

「ここの周囲には機兵を潜ませていると聞いたことがある。だが侵入者は、その警戒網を突破してきた」

「それだけの実力はあるって見込んだわけか」

「恐らくは」


 アナスタシアが設計した機兵の実力は、ヤマトは自分の身をもって体感している。

 彼らが数十数百とひしめく防衛線を突破する自信は、少なくともヤマトにはなかった。ゆえに、それを実際に成し遂げてみせた侵入者には警戒と興味がある。

 そんなヤマトの心情を理解してくれたのか。未だ納得し切れない様子はみせながらも、ノアは小さく頷いた。


「何にせよ、もう引き受けちゃった以上はやるしかない。できればさっくりと片づけたいところだけど」

「難しいな」

「……だろうね」


 ぐだぐだと話しながら進む内、前方に白光が漏れ出る大穴が見えてくる。

 実験室に不自然に空けられた大穴だ。


「構えろ」

「うん」


 ヤマトが腰元の刀に手を伸ばすのと同時に、ノアも魔導銃に手をかけた。

 文句は垂れていたが、こちらの戦意は十分。

 そのことを改めて確かめた後に、穴の向こう側にいるだろう侵入者の気配を探る。


(数は一。よく磨き上げられたいい気をしている)


 姿を見ずとも伝わってくる、洗練された闘気。

 その瑞々しさに思わず感嘆の息を漏らした。これほど丹念に鍛えられたと直感できる気迫の持ち主はそう多くない。――だが。


(この程度なのか?)


 小首を傾げてしまう。

 確かにいい気迫をしているし、一武芸者として確かな高みに至っていることは疑いようがない。

 だが、この程度では足りない。

 アナスタシアが敷いていたはずの防御網を突破するには、ヤマトが理解し比肩し得る程度の力量では不足なのだ。もっと別次元の、他と隔絶した力がなければ成し遂げられない。


(どこかに別働隊が伏せている? だが、それらしい気配は感じ取れないな)


「ヤマト?」

「……いや、何でもない」


 疑問が悶々と立ち込めるところを踏み留まり、首を横に振る。

 答えの出ない問いにいつまでも拘泥する必要はない。今はまず、眼の前にいる敵をどう斬るべきかを考えるべきだろう。

 深呼吸を一つ。

 茹だりそうになった頭を冷やし、穴の奥を見つめた。


「一人だけらしいな」

「だね。もっと数がいても不思議じゃないと思ったけど」


 確認の意を込めてノアに尋ねれば、即座に首肯が返ってくる。

 やはり伏兵の可能性は低いか。


(ならば、躊躇うことはない)


 数が少ないことへの不気味さは感じるが、反面、道理の分かりやすさは増している。

 煩雑な思考諸々全てを削ぎ落とし、視線を大穴の先へと向けた。

 眩いほど白い光の中に、人影が浮かび上がる。


(黒装束。ずいぶんと大きな衣だな)


 まず眼を惹いたのは、闇夜をそのまま衣にしたかのような装束だ。

 光の一切を吸収する黒布は、全身をすっぽりと覆い隠し、素性一切を知らせまいとするように光を遮断している。僅かに伺い知れることは、体格から男であるらしいという程度。どのような得物を使うのか、どのような戦法を得手とするのか等は読み取れない。

 気になる点があるとすれば。


(クロの関係者なのか?)


 細かなところは定かではないが、クロと似たような黒衣に身を包んでいる。

 彼と無関係であると信じる方が難しい外見だ。

 クロ自身は魔王軍隠密部隊の所属と自称していたが、彼もその筋の者なのだろうか。


(……いや。それならばここへ侵入する意味が分からない。やはり帝国の者なのか)


 ならば自然、クロもまた帝国の者という推測が成り立ってしまうのだが。

 しばし黙考したところで、ふっと息を吐いた。


「直接仕掛ける他ないか」


 あれこれ煩悶したところで、何かが解決するわけでもない。

 ならばまず一太刀浴びせてから、物事を考えた方が捗るだろう。

 そんな思考停止にも似た言い訳を脳裏に浮かべて、一歩踏み出そうとしたところで。




「――いつまでそこにいるつもりだ?」




 黒衣の男が、口を開いた。


「―――っ」

「気づいていたのか」


 後ろのノアが微かに息を呑む。

 その音を耳にしながら、ヤマトは平静を保つことに努める。

 そんな二人の動揺を悟ってか。黒衣の男は微動だにしないまま、遠くからでも伝わる獰猛な視線を叩きつける。


「さっさと出てこい。それとも、そこから無理矢理出してほしいのか」


「……気の短い奴だ」


 ざわつく心を鎮めるように悪態を吐いてから、ノアに視線を向けた。


「ノアはそこで待っていてくれ。まずは俺が出る」

「……まあ、そうだね。馬鹿正直に顔を見せる必要もないか」

「いきなり仕掛けられるかもしれない。気をつけろよ」

「分かってる。ヤマトもね」


 最低限の忠言だけ口にして、壁際に潜ませていた身体を起こす。

 身体の調子は悪くない。即座に戦闘になったとしても、思う通りには動いてくれそうだ。


「今行く」


 穴を潜り抜けたところで、眩い光に眼を細める。

 一瞬の立ち眩み。

 その後に、部屋の中央で佇む黒衣の男を確かめた。


「……お前が侵入者――」


 問い掛けるべく、口を開いた瞬間のことだった。

 佇んでいた男の影が、僅かにブレる。

 状況の認識が一瞬遅れる。何をするべきかという思考に生まれた空白を自覚しながら、本能がかき鳴らす警鐘の音を遠くに認めて。

 咄嗟に、刀を振り上げた。


「―――ッ!?」

「ほう。反応はいいな」


 刀の刃先で、男が放った拳が受け止められていた。

 自分で狙ってやったことと思えない。ほとんど偶然の産物だ。同じことを再び求められたとして、自分にそれができるとは到底思えなかった。

 冷や汗が滝のように流れ出す。

 そんなヤマトの内心を知ってか知らずか。フードの奥で小さく笑い声を上げた男は、刃の上に乗せていた拳を退け、そのまま間合いを離す。


「報告の通りだ。外のガラクタとは、一味違うらしい」

「報告だと?」

「なに。大した話ではない」


 眉根を寄せたヤマトを尻目に、間合いを取った男は次いで両拳を構える。

 肩幅ほどで足を開いたスタンダードな拳法の構え。リズムを刻むように軽やかなステップを踏む姿に力みはなく、それだけで彼の力量の一端が伺い知れる。

 胸中の警戒レベルを数段階引き上げながら、ヤマトも刀を正眼に構え直す。


「……今ここで何かを尋ねたところで、無駄か」

「そういうことだ。情報を得たいならば、まずは俺を倒してみせろ」

「よく回る口だ」


 毒づきながら、未だに穴の縁で身を伏せているノアへ視線を送る。


(あの様子だと、無力化したところで口を割るとは思えない。さっさと始末するべきだ)


 隙があれば即座に撃ち抜け。

 そんな意図を込めた視線に、ちゃんと気づいてくれたらしい。僅かに場の空気が変化し、極力薄められたノアの視線が虚空を彷徨う。


「……ふむ」


 二人のやり取りに気づいたのか。

 一つ息を吐いた黒衣の男は、獰猛な輝きを宿した眼を愉悦の形に歪めた。


「いいぞその調子だ。そうでなければ面白くない」

「吐かせ」

「だが、そうだな。これでは俺が不様を晒すことになりそうだ」


 にわかに風向きが変わるような発言。

 それにヤマトらが首を傾げる間もなく、男は構えていた右拳を前へ突き出す。


「せっかくだ。こちらも本気を見せるとしよう」

「……ずいぶんと余裕そうだな」

「焦る必要がないということだ」


 言いながら、腰を浅く沈める。

 魔導術の類か。はたまた別の怪しげな術式でも持ち出すのか。

 警戒心を顕わに眼を細めたヤマトの前で、突き出された男の右腕から――紫電が迸る。


「それは……電気といったか」

「さてな」


 電気。

 ノアの話によれば、帝国が新たに開発した力ということだったが。


(帝国の者なのか。だが、だとすればクロの方も――)


 堂々巡りしそうになった思考を、無理矢理にせき止める。

 先の男の言葉を借りるわけではないが、今はそれに気を散らしている余裕はない。頭を悩ませることならば、窮地を乗り越えた先で幾らでもできる。

 今はただ、眼の前の男を斬ることに専心するのみ。


「ふぅ――」


 整息。

 先程のように不意を討たれないよう気を払いながら、意識を集中させていく。

 数秒ほどで、気力の巡りが万全に整った。


「いざ」


 正眼に構えた刀の刃先を僅かに揺らし、その先に黒衣の男を改めて見据える。

 敵手と、そして己自身へ言い聞かせるように、宣誓。


「――参る」


 張り詰めた緊張の糸が、弾け飛んだ。

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