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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
354/462

第354話

 生活感のある家具は一つも置かれていない。殺風景なアナスタシアの部屋。

 微かな摩擦音と共にスライドした扉を潜り、ヤマトとノアはそこへ足を踏み入れた。

 その気配を感じ取ったか。明滅するモニターをジッと見つめていたアナスタシアが、くるりと椅子を回転させて振り返った。


「おう。ようやく来たか」

「待たせたな」

「多少のイレギュラーが生じることくらいは想定済みだ。別に責める気はねえよ」


 苦笑いしながら、アナスタシアは再び椅子を回転させる。

 その視線の先には、先程も見つめていたモニターがある。部屋に備えられた無数のモニターの内、ただその一つだけが、今なお映像を映し出していた。


「それは?」

「監視カメラの映像だ。ちょっと見物でもしようとな」

「……時間はいいのか」

「後処理ってのも面倒でな。そうそう片づかねえんだ」


 そう説明されるが、ヤマトには今一つ理解できない。

 首を傾げたところで、隣にいたノアが代わりに口を開いた。


「ここに保存していた機密情報を、コピーとか削除してるんだと思う。誰かに勝手に見られたら、色々不都合があるだろうし」

「……手間なのか?」

「そりゃね。帝国の技術屋ならデータ復元くらいお手の物だから、ただ削除して終わりってわけにもいかない」

「そうか」


 結局、己には理解し難いということが理解できた。

 それ以上の思考一切を停止させたヤマトを見て、ノアとアナスタシアは共に呆れたような顔をする。


「大陸一般には普及してないが、帝国軍では当たり前に運用されている技術だぜ? 仮にも戦士名乗るなら、扱いに習熟できなくても、せめて理解くらいはしておけよ」

「そうそう。良くも悪くも帝国が大胆な手を打った以上、これから先はかなり一般的な技術になりそうだし」

「その時にまた考えるとしよう」

「「はあ……」」


 小馬鹿にするような溜め息。

 若干――いやかなり癪に障るものはあったが、反論を試みる口は閉ざしておいた。


 話題の転換を図る。


 所在なさげにモニターを眺めるアナスタシア。その視線の先に、ヤマトも眼を向ける。


「それはどこを映しているものだ?」

「今は大広間。他にも色んな場所にカメラを置いているから、好きな場所が見れるぜ」


 言って、アナスタシアは手元のキーボードを弾く。

 白く細長い指がキーを叩くたびに、映像が丸ごと切り替わっていく。

 大広間、廊下、階段、廊下、廊下、また廊下……。

 次々と映像が変わっていく中で、その隅に映り込んだ異物に気がつく。


「帝国兵か」

「あん? あぁ、これは地下一階の北廊下だな」


 そう言われても、正確な場所を脳裏に描くことはヤマトにはできなかったが。

 映し出された廊下の光景は、視点こそ違うものの、確かに見覚えのある場所に思える。

 そして、そこを闊歩する異物が一つ。


「機兵。やっぱり入り込んでいるね」

「もう制圧し切った後って感じだな。周辺警戒体制に移ってやがる」


 アナスタシアの言葉に首肯する。

 映像の中の機兵は、手にある散弾銃を油断なく周囲に向けながらも、その引き金を引こうとはしていない。それに値するだけの敵手が、周囲にはいないということの証左だ。

 着々と魔王城が制圧されつつある。

 その事実に戦々恐々とするものを覚えながら、ニヤニヤと薄ら寒い笑みを浮かべているアナスタシアに視線を落とした。


「手はあるのか?」

「さあね。知らねえけど、ヘルガは何か隠し持ってるんじゃねえの?」

「……薄情なものだ」

「俺がいつ情なんて見せたよ」


 言いながらも、アナスタシアは再びキーボードを弾いた。

 その回数は一度。

 ヤマトたちが訪れる時に見ていた映像へ戻る。


「ただまあ、今回は大丈夫じゃねえの? ほら、これ見ろよ」

「ふむ?」


 モニターを覗き込む。

 まず初めに気づいたのは、映像の隅に書かれた名前だ。「玉座の間」と記されたそこは、なるほど確かに、見覚えのある玉座が安置されていた。

 そして、部屋の中央に一人の人影。


「あれは……」

「ナハト」


 眼を丸くしたノアに、頷いてみせる。

 間違いない。つい先程言葉を交わし、常ならぬ様子のまま、機兵の大軍を抑え込んでみせると豪語してみせた少女だ。

 そのナハトが、あたかも玉座の間の主であるかのように、堂々と部屋に居座っていた。

 ヤマトとノアの当惑を他所に、アナスタシアは朗々と口を開いた。


「大したもんだぜ。今もここが保っているのは、あいつが暴れ回っているところが大きい」

「暴れ回っている?」

「おうよ。――ちょうど来たみたいだな」


 言われて、視線を再びモニターへと移した。

 ナハト一人が君臨していた玉座の間。その大扉を開き、五体の機兵が同時に踏み込んできた。

 その機種はいずれも新型。機械らしく僅かな躊躇いも見せないまま、手にした散弾銃を構え、その引き金を一斉に引く。


「なっ!?」


 声を上げたのは、ヤマト一人。

 とても人が耐えられる殺傷力ではない。逃げ場もないあの状況では、身体を風穴だらけにされるのが関の山。

 思わず眼を釘づけにされた前で、無数の散弾に襲われたナハトは、ゆらりと手を上げると。


『――皆、力を貸して』


 モニターに、凄まじいノイズが奔る。


「これは……!?」

「くくっ、また始まったな」


 何が起きているのか。誰が立っているのか。

 その全てが視認できない状況の中、何者かが暴れ回るような音ばかりが響く。鋼鉄が軋む音に加えて、何者かの高笑いにも似た、不愉快な音が続く。

 そして数秒後には。


『これで、終わり』


 何事もなかったかのように、モニターの映像が正常に戻る。

 そこに立っているのはナハト一人。踏み込んできたはずの機兵たちは、それが幻であったかのように、忽然と姿を消していた。

 少女だけが、玉座の間に君臨している。

 あまりにも異常な光景。それを眼にした衝撃のままに、ヤマトは口を開いた。


「……何が起こった?」

「さあ、俺にも分からん。ただまあ、あいつが暴れてる限りは、奴らも手をこまねくんじゃねえの?」


 若干投げやりなようにも聞こえるアナスタシアの言葉だが、今のヤマトたちには、それに反論する言葉はなかった。

 ナハトが何をしているのか。その疑問に対する答えは一切浮かばないが、ただ一つ、彼女の前から機兵が失せているという現実だけは理解できる。


(“抑えてみせる”か……)


 改めて、ナハトが豪語した言葉を思い返す。

 ヤマトたちに向けた宣言通り、押し寄せる機兵の大軍に対して、彼女は一歩も引かずに対峙し――撃退している。


「大したものだ」


 ありふれた言葉だが、それしか口にすることができない。

 感嘆するように頷くヤマトに続いて、アナスタシアも首を縦に振った。


「まったくだぜ。おかげで、俺も悠長に作業することができた――よしっ、これで完了だ」


 ピコンッ、とどこからともなく機械音が響く。

 思わず首を傾げれば、アナスタシアは言短に説明した。


「データ処理の完了だ。帝国の野郎共が踏み込んできたところで、もうここからは何も吸い出せねえ」

「……後始末が終わったということか?」

「そんなところだ」


 頷き、アナスタシアはくいっと指を指す。


「さっさとずらかるぞ。のんびりしてちゃ、ここから出る方が難しくなる」

「……そうだな」


 隣のノアに視線を移し、互いに頷き合う。

 この研究施設を出れば、次は帝国入りだ。たった三人で敵の総本山とも言うべき地に乗り込み、そして内政干渉を試みる。

 ただ言うことすら、簡単なことではない。ならば行うことの方は、なおのこと難しい。


 ――それでも。


(やるしかない)


 既に決意は固めた。

 胸の内には僅かな逡巡もない。これ以上、足を鈍らせる理由は何一つない。

 頑然とした思いと共に息を吐いたヤマトは、そのまま足を踏み出して――。




 けたたましい警告音が、辺りに響き渡った。

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