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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
352/462

第352話

 にわかに騒がしさを増していく魔王城。

 アナスタシアの研究施設目指して駆け抜けるヤマトとノアだったが、その前に、銃撃を伴って踏み込んできた機兵の大軍が立ちふさがっていた。


「邪魔だ!」


 吐き捨てると共に、刀を振り抜いた。

 刃は鋼鉄の身体を容易く斬り裂き、その傷口から無数の火花を散らせる――が、傷は浅い。

 機兵は刀傷を物ともせず、散弾銃を持ち上げた。銃口の冷たい輝きが、ヤマトの背筋をぞっと凍らせる。


「伏せて!」

「―――っ!」


 耳に届いたノアの声に従い、咄嗟に地に伏せる。

 直後、数発の銃声と共に放たれた弾丸が、散弾銃を構えた機兵の腕を撃ち抜いた。鋼鉄同士がぶつかる硬い音が響き、体勢がぐらりと崩れる。

 ここが好機だ。


「奥義――『斬鉄』!」


 万物を一刀で斬り捨てる、刀術の奥義。

 万全を期して放たれた必殺の一撃は、今度こそ機兵を核もろとも斬り裂いた。

 断末魔のごとき機械音がけたたましく響き、鋼の人形がどうと地に倒れ伏す。


「ふぅ――」


 残心。

 鉄屑の塊がうんともすんとも言わないことを再三確かめてから、ふっと気を緩めた。


「ヤマト、怪我してないね?」

「あぁ。そちらも無事なようだな」


 ノアと互いの無事を確かめ合う。

 散弾銃を備えた新型機兵。ヤマトらが最初に睨んだ通り、その新型は既に量産されたものらしく、無数の機体が城内へ侵入を果たしていた。

 ヤマトたちが倒した機体も、既に二桁は越えているだろう。


(だが、まだ数が減った様子はない)


 乱れた息を整える傍ら、周囲の気配を探る。

 開幕の銃撃を受けて壊滅状態へ陥ったかと思われたが、どうにか魔王軍も体勢を立て直しつつあるらしい。城内各地から戦闘音が響き、壁や床を伝ってグラグラと振動が起きていた。

 それでも、依然として魔王軍の劣勢は変わらない。


(ヘルガは何をしている? 奴の力でも、この状況は覆し難いのか?)


 魔王軍に唯一の希望があるとすれば、それはヘルガが総大将を務めていることだ。

 誰しもが認める力を持つ将軍ヘルガ。彼の指揮下であれば、たとえ帝国軍が相手でも戦い抜ける。――そう兵たちが信じている内は、魔王軍は戦うことができる。

 何をするにせよ、今、魔王軍の陣頭に立つべき者はヘルガだ。皆が英雄と認めるヘルガでなければ、今の魔王軍をまとめあげることはできないし、この苦境を打ち破ることもできない。


(急げよ。戦線は直に崩れる)


 姿の見えないヘルガに、祈らずにはいられない。

 強い無力感に苛まれながら、前を睨めつける――と、ノアが物憂げな表情をしていることに気づいた。


「どうした?」

「いや。苦しい状況だと思ってね」


 周囲に人目がないことを確かめてから、ノアは口を開いた。

 彼の言葉は、つい先程までヤマト自身も考えていたことだ。ゆえに、大して考えることなくヤマトも首肯する。


「あぁ。だが、俺たちに何ができるわけでもない。できるとすれば、それはヘルガだけだ」

「ヘルガか」


 どうにも煮え切らない表情を浮かべる。


「僕には、彼がどうにかできる状況にも見えないけど」

「……そうか」

「何とか持ち直してきているけど、最初の混乱が大きすぎた。彼が何かをしようとしても、それを伝えられる手足がもう機能していない」

「軍が壊滅していると?」

「正確には、指揮系統が乱れている」


 言いながら、ノアはグルリと周囲を見渡した。

 こうして彼らが会話している間にも、城内各地から戦闘音が聞こえてくる。それは兵たちが今なお抵抗を続けている証左であり、諦めるにはまだ早いとヤマトに思わせてくれる希望でもある。

 だが、ノアはそれを聞いて、逆の感情を覚えたらしい。


「城内各地で局所的な抵抗が行われているけど、これは兵法からすれば愚策だ。これじゃ時間は稼げても、劣勢を覆すことはできないよ」

「ならば、どうすればいいと思う」

「兵を一箇所に集めて、一点突破を狙う。元々地力で劣るんだから、そこで賭けに勝つしかない」


 力の強弱関係が明白である以上、その力量差が如実に出てくるような戦い方は下策ということだ。

 強者と弱者が十回戦えば、より多く勝つのが強者であることは確実。だが、戦うのが一回だけであれば、弱者が偶然勝利する可能性もある。

 ノアは、その可能性に賭けるべきだと言っている。


「そうか。指揮系統が乱れたために、兵が集まることができていない」

「そう。この城が無駄に複雑な作りをしていることも、今回は裏目に出ているね。機兵は壁なんかお構いなしに突っ込んでくるのに、こっちの兵は道なりに遠回りをしないといけない」

「……むぅ」


 聞けば聞くほどに、絶望的な戦況だ。

 ノアの話を聞いた後だと、城内各地から響く戦闘音も、着々と近づく敗北へのカウントダウンのように思えてくる。


「正直、僕にはもう負け戦にしか見えないよ。ここの皆には悪いけど、さっさと抜け出すべきだと思っている」

「それは――」

「並大抵の方法じゃ、覆すことはできないよ」

「………」


 淡々と絶望を告げるような言葉。

 聞いただけで気落ちしてくるような文面だが――それとは裏腹に、彼の声音はどこか楽しげですらある。

 思わず、視線を上げた。


「何かあるのか?」

「正確には、これから起こるかもね」


 そう言った、直後のことだった。

 崩れかけた壁の向こう側に、覚えのある気配が現れた。

 つい先程まで少しも気配を感じられなかったことに、密かに驚きを覚えながら、口を開く。


「ナハトか?」

「ヤマトさんですか」


 応えながら、ナハトが姿を現す。

 数日前に出会った時と同様の姿だ。周囲は争乱で沸き立っている一方、彼女はまだ傷一つ負っていないらしかった。

 思わず安堵する。


「無事だったのか。怪我はしていないな?」

「えぇ。そちらも、ひとまずは大丈夫みたいですね」

「あぁ。………?」


 数度言葉を交わしてから、ふと違和感を覚えた。

 見た限り、眼の前にいる少女は確かにナハトだ。誰かが化けているようにも見えないし、ヤマトの本能も、彼女がナハト本人であることを認めている。

 だが、何かが違う。


(雰囲気――気配。何かをまとっている?)


 思わず、眼を細めた。

 そんなヤマトの反応を見たからだろうか。ナハトはふぅっと小さく息を吐いた後――ニヤッと口元に大きな弧を描いた。


 刹那。




「―――っ!?」




 凄まじい怖気がヤマトの背を駆け抜けた。

 いまだかつて経験したことのないほど濃密な死気が周囲を渦巻き、身体の活力が根こそぎ奪われるような感覚を覚える。膝が独りでに震え、歯の根が噛み合わなくなる。


(これは……!?)


 一瞬、頭がパニック状態に陥る。

 咄嗟に腰元の刀を掴み、散り散りに飛んでいきそうな理性の欠片を掴み取った。

 震える喉を動かし、懸命に言葉を紡ぎ出す。


「何を……!?」

「よかった。正気を保っていられるんですね」


 対するナハトは、普段の内気な態度が嘘のように、たおやかに微笑んでみせる。

 彼女が年端のいかない少女であることを忘れさせるほど、蠱惑的な魅力に満ちた笑み。思わず、背にゾッと怖気が走った。

 未知への恐怖が警戒に転じ、次いで闘志へと燃え上がる――前に、ナハトは続けて口を開く。


「大丈夫です。貴方たちにやるべきことがあるのは、分かっている。私はそれを止めるつもりはありません」

「……何を言っている」

「簡単なことですよ」


 言ってから、ナハトはくるりとターンする。

 舞台上で演舞するかのような、優美な足運び。見知った彼女とは正反対な振る舞いに、拒絶反応を示そうとする理性を必死に宥める。

 そんなヤマトの葛藤を知ってか知らずか。ナハトは再び笑みを浮かべると、視線を壁の先――今なお戦いを繰り返す城内へと向けた。


「こちらは私にお任せください。鋼鉄人形の群れ程度ならば、私が抑えてみせましょう」

「……できるのか?」

「心配してくださるのですか?」


 冗談めかすように微笑む。


「問題ありません。それよりも貴方たちは、自分の心配をした方がいいかと」

「何だと?」

「混乱に乗じるのならば、もうあまり時間はないということです」


 それは、もう間もなく戦いの騒乱を鎮めてみせるという宣言。

 ずいぶんと好戦的な言葉ではあるが、頼もしいことに違いはない。


「ヤマト」

「……分かった。こちらは任せる」

「えぇ。どうか、お気をつけて」


 引っ掛かる点は多いが、それに気を払う暇はない。

 パンッと軽く己の頬を叩き、喝を入れ直した。ナハトは味方であると己に言い聞かせて、否応なく震えようとする身体を抑えつける。

 いざ行かんと足を踏み出しかけたところで――ぽんっと、柔らかく手を打ち鳴らす音が聞こえた。


「む?」

「伝え忘れていたことがありました。聞いてくれますか?」


 ちらりと隣のノアに視線を送れば、即座に首肯が返ってきた。


「手短に頼む」

「えぇ。ただ一言だけですから」


 言ってから、ナハトはゆらりと指を指した。

 その方向には、ヤマトたちが今から行こうとしていたアナスタシアの研究施設がある。


「ヤマトさん。あちらで、貴方を待っている娘がいます」

「ふむ?」

「行けばきっと分かるはず。どうか、彼女の手を取ってあげてください」

「……そうか」


 その真意が理解できたとは、到底思えない。

 それでも、ナハトのその言葉は、とても無視していいものにも聞こえなかった。

 数度に分けて嚥下してから、首肯する。


「分かった。気に留めておこう」

「えぇ。貴方がたの無事を祈っています」


 歳不相応な見送りの言葉。

 結局晴れることのなかった違和感を努めて無視しながら、ヤマトとノアはナハトに背を向け、誰もいない廊下を駆け抜けていった。

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