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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
351/462

第351話

「片づいたか」


 胴を真一文字に両断され、物言わぬ鋼の残骸となった機兵。

 その屍を見下ろし、ヤマトは疲労の滲ませた溜め息を零した。


「ヤマト! 怪我はない?」

「あぁ、何とかな」


 心配そうな表情をしたノアが駆け寄ってくる。

 それに軽く応じてみせてから、ヤマトは先の戦いを思い返した。


(凄まじい敵手だった)


 手にしていた散弾銃の威力も然ることながら、機兵自身の判断精度の高さも際立っていた。

 アナスタシアの研究施設で散々相手にしてきた機兵にはなかった特徴だ。明らかにヤマトの行動に対する反応が向上しており、確実に勝利へと至れるよう手を積み重ねていく。それは、いうなれば歴戦の戦士が身につける戦術眼のようなもの。

 なぜ機兵がそれを得ているのかは判然としないものの、油断ならないことに違いはない。


(問題は、今のが雑兵に過ぎないらしいということか)


 そう判断した理由は、機兵に印らしいものが何も刻まれていなかったことにある。

 将が特別な鎧兜を身につけるのと同じだ。特別な役を担わされた機体ならば、相応の格を示すための印や塗装が施されていておかしくない。だが、ヤマトの前で横たわっている残骸には、そうしたものは一切見られなかった。

 つまり、これと同等の機兵を帝国は幾体も有しているということ。


(良くない流れだな)


 思わず顔をしかめた。

 開戦間際に降り注いだ銃弾の雨嵐。その暴威を前に兵らの意気は挫かれ、儚い希望に支えられていた心は容赦なく手折られた。その続けざまに、この機兵の登場だ。

 たとえ兵たちが万全の状態であっても、彼らには抗し難い。それが意気消沈している今となれば、どうだろうか。

 結末を思い描くのは、難しいことではない。


「ヤマト、早く行こう」

「む。……あぁ、そうだな」


 ノアの言葉に、小さく頷く。

 絶えず悲鳴が響き、鮮血の匂いが立ち込める廊下。そこに後ろ髪を引かれる思いはあるものの、ここでいつまでも足を止めているわけにはいかない。今はひとまず、アナスタシアがいるはずの研究施設へと急ぐべきだ。

 溜め息と共に首を横に振り、鬱屈とした気分を振り落とした。

 ボロボロに崩れ落ちた城壁を一瞥して、ふと思い立ったことを口にする。


「アナスタシアの方は無事だと思うか?」

「さあ。だけど大丈夫じゃない? あの人、真っ先に自分の周りを安全に固める性格だろうし、銃弾浴びたくらいで壊れる場所に住んでいないでしょ」

「……それもそうか」


 言われて、思い返す。

 白一色に塗り潰されたアナスタシアの研究施設。その壁は、ヤマトが渾身の力で斬ることで傷つけることはできたものの、機兵の銃弾程度では傷一つついていなかった。帝国兵らが用いた銃弾がどれほどのものか、その詳細は知らないものの、アナスタシアが用立てた品より極端に上質であるということはあるまい。

 それに、アナスタシア自身も慎重で狡猾な性格をしている。万が一のリスクを犯す真似を嫌う彼女ならば、無闇に危険の前へ出たりはしないだろう。


(ならば、大丈夫か?)


 そう己に言い聞かせてみるものの、今一つ暗雲は晴れない。

 嫌な予感が湧き起こり、胸の内がざわざわと騒ぎ出す。居ても立っても居られない気持ちのままに、腰元の刀に手をかけた。


「……急ごう。時間をかければ、また妙な輩に絡まれるかもしれない」

「そうだね」


 機兵然り、帝国兵然り、恐慌した魔王兵然り。

 帝国軍の奇襲により、城内は今酷い混乱状態にある。駆けるヤマトたちを意に介する者もそうおらず、ヤマトにとっては気軽に動きやすい状態と言えるだろう。だが、今よりも更に混乱が大きくなってしまったならば、逆に身動きが取れなくなってしまいかねない。

 動くのならば、今が一番都合がいい。

 そう判断したヤマトとノアが、研究施設の方へ眼を向けたところで。




 異形の鬼が、廊下を駆け抜けていった。




「む?」

「え?」


 二人して眼を見合わせ、戸惑いの声を漏らした。

 互いに、自分が見たものが現実だと信じられない。相棒がそれを幻と言うことを期待するように眼を向け、そしてそれが叶えられないことを悟る。


「……なぜ鬼が」

「現地産、のわけないよね」


 ノアの言葉に首肯する。

 鬼が生まれやすい環境には共通点がある。それは、常人では耐えられないほどの瘴気に満ち、黄泉の国との境界線が揺らいでいるということ。

 帝国兵の銃撃を経て、確かにここでは多数の死者が出た――が、それもまだ常識の範疇。痛々しい悲鳴響く凄惨な光景も、現し世を揺らすほどの力は持てていない。

 だというのに、幽世の鬼が顕現した。


(何が原因だ? いったい何が奴らを呼んで――)


 思案しかけて、気がつく。

 つい先日、それを可能とする少女に出会ったばかりではないか。

 思い起こされるのは、先日の帝国兵襲撃。劣勢に立たされたヤマトを救うように現れた、悪霊の群れ。


「ナハトか」

「……ふぅん?」


 確信した様子のヤマトに対して、ノアは今一つ得心し難い様子で息を吐く。

 彼はナハトが悪霊を呼び寄せた光景を実際に目の当たりにはしていない。ゆえに、ナハトが元凶だと伝えられても、それを信じ切ることができないのだろう。

 だが今は、彼を必死に説き伏せる必要はない。


「恐らくだが、奴らは俺たちを襲わない。一気に駆け抜けるぞ」

「……そうだね。あまり時間を使ってもいられないか」


 ヤマトの言葉に、ノアも頷く。

 鬼の正体はどうであれ、その暴威が自分たちに向けられないのならば、意に介する必要はない。今のヤマトたちにとって重要なのは、一刻も早くアナスタシアの元へ急ぐことだけ。

 そのことを改めて胸に刻み込み、ヤマトは荒れ果てた廊下を睨みつけた。

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