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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
350/462

第350話

 一瞬の出来事だった。

 平穏な日々を斬り裂くように殺到した銃弾は、魔王軍の兵士を尽く貫き、瞬く間に城内は鮮血で染め上げられた。

 そして、それを為した犯人がここへ訪れる。


「ふぅ――」


 整息する。

 乱れていた拍動を鎮め、身体を巡る血の流れを自覚する。正眼に構えた刀の重みに今一度思いを馳せ、その刃の先に必殺の念を乗せた。

 勝負は一瞬。後は、出会い頭に入魂の一太刀を見舞い、それにて決着を図るのみ。


(――捉えた)


 壁越しに、何者かが迫る気配を捉えた。

 瞬間、ヤマトは刀を大上段に構え、踏み込みと共に斬り下ろす。


「シィッ!!」

『―――――』


 城壁が木っ端微塵に砕け、崩れ落ちる瓦礫の奥から“何か”が入り込んでくる。

 その正体を確かめるよりも早く振り下ろされた刃は、もうもうと立ち込める土煙を裂き、“何か”の頭頂を捉え――

 鋭い金属音、綺羅びやかに火花が散る。


(止められた!?)


 一瞬だけ眼を見張る。

 満を持して放った渾身の一撃だ。並大抵の使い手では目視することも叶わず、また見えたとして、受け止められるゆえもない。

 そんな必殺の一刀だったために、防がれたという現実に思考が硬直した。


「下がって!」

「―――っ」


 判断するよりも早く、身体が声に従って飛び退る。

 直後、ヤマトの隙を埋めるように銃弾が空を貫き、土煙を穿った。硬質な音と火花が散る。


「……仕留め損なった。ヤマト、一旦体勢を立て直そう」

「あぁ」


 言われるまでもない。

 ノアの提案より先に飛び退っていたヤマトは、廊下に散乱した瓦礫の裏に身を隠し、慎重に相手を探った。

 徐々に収まっていく土煙の中から、“何か“の姿が顕わになる。

 身の丈二メートルほど。全身を鋼鉄の鎧兜で覆い隠した姿で沈黙を保ち、無機質な白い光が眼窩から放つ以外に、目立った動きを見せない。左腕には何も握られていないが、反対の右腕には、六つの銃を束ねたような大型銃を備えている。

 一瞬混乱するものの、ヤマトはすぐにその正体を看破した。


「鋼鉄の鎧――いや、人形か」

「機兵だね。新型量産機みたい」


 機兵。

 帝国軍が所有する鋼鉄の騎士人形であり、物言わぬ鋼の塊ながら、独りでに動き戦うことが可能な兵士だ。

 大陸を見渡す限り、帝国軍でしか実働していない戦力。だがヤマトにとっては、アナスタシアが機兵作りを得手としているゆえに、馴染み深い相手でもある。

 だが、引っ掛かる点が一つ。


「新型とは」

「少なくとも、僕が本国にいた時には見たことがない。ここ数年で設計されただろうってこと」

「……他の情報は?」

「さあ。銃を持ってるから、射撃はこなせるんじゃない?」


 ずいぶんと大雑把な説明だが、それも無理ない。

 警戒心を顕わにしたまま機兵を注視していたヤマトたちの前で、機兵はゆっくりと右腕を掲げ、そこに備えられた長銃の銃口をヤマトたちへと向ける。


「あれは何だ?」

「―――っ! ヤマト伏せて!!」


 悠長に問い返す愚は犯さない。

 咄嗟に身を伏せたヤマトの耳に、一発の射撃音が届く。即座に、盾にしていた瓦礫が木っ端微塵に砕け散り――幾つもの弾丸が空を貫く。


「これは……!?」

「接近戦用に設計された散弾銃! 絶対に正面に立たないで!!」

「無茶を言う!」


 悲鳴混じりに叫び返しながら、使い物にならなくなった瓦礫の山から抜け出した。

 ただ一射で砕かれるとはいえ、遮蔽物の有無は相当に大きい。祈るような心地のまま瓦礫の裏へ滑り込み、足元を掠める弾丸に肝を冷やす。


「打開策は!?」

「ちょっと待って――」


 長刀片手に必死に逃げ惑うヤマトと異なり、身軽なノアはスルスルと距離を離していく。

 やがて瓦礫の間に身を伏せると、手にしていた魔導銃を構え、銃口を機兵へと向ける。口を開いた。


「撃ったら詰めて!」

「承知した!」


 言葉は必要最低限で充分。

 即座に銃声が響き、金属同士が擦れ合う嫌な音が撒き散らされた。その不快感と弾丸への恐怖に顔をしかめながら、ヤマトは一気に飛び出る。


『―――――』


 手痛い銃撃での歓迎は、ない。

 眼窩から白い光を明滅させた機兵は、何かに跳ね上げられたように、右腕の散弾銃を空へと向けていた。


 ――好機。


「行くぞ!!」


 尻込みする己を鼓舞し、後ろに控えるノアへ聞かせ、眼前の機兵の注意を惹く叫び声。

 五メートルほどあった間合いを一息に詰めて、刀を腰溜めに構えた。機兵が、空を泳がせていた散弾銃を引き寄せ、その銃口をヤマトへ向けようとするところを目視する。

 即座に判断した。

 刀を振り切るよりも、散弾が放たれる方が速い。――ならば。


「ノア、合わせろ!!」

「了解!」


 頼もしい返事を背に受けながら、ヤマトは更に加速する。

 刀を腰溜めに構えたまま、腰を一気に沈め、闘志を思い切り機兵へ叩きつける。それらがどれほど効果的だったかは分からないが、機兵の注意は確かに、眼前のヤマトへと吸いついている。


 ――ここだ。


「ふ――っ!!」


 沈めた腰を――更に落とす。

 地を這うどころか、地を滑るような体勢。到底刀を振り抜くことのできない姿勢だが、これで構わない。

 迎撃する心算らしい機兵の、二本脚の間。ほんの三十センチにも満たない空隙目掛け、刀で押し開け、爪先を無理矢理蹴り入れ、身体をねじ込む。


『―――――』


 ヤマトを追って銃口を下げ続けた機兵だが、己の股下を潜り抜けていく者を追うことはできなかったらしい。

 視界から失せたヤマトに、戸惑うように身体を硬直させる。想定外の事態を前にして、さしもの機兵も演算し切れなかったのか。

 すぐに振り返り散弾銃を構え直そうとする機兵だが、その肩を狙い澄ました弾丸が貫く。

 確かめるまでもない。ノアだ。


「ヤマト、斬って!!」


 その言葉へは、実際の斬撃をもって答えるのみ。

 振り返りざまに刀を腰溜めに構え、上体を捻る勢いを乗せて振り抜く。


「シ――ッ!」

『―――――』


 機兵から漏れた無機質な機械音が、やたらと耳にこびりつく。

 それを無心のまま振り払い、ヤマトは刀を振り抜いた。

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