第350話
一瞬の出来事だった。
平穏な日々を斬り裂くように殺到した銃弾は、魔王軍の兵士を尽く貫き、瞬く間に城内は鮮血で染め上げられた。
そして、それを為した犯人がここへ訪れる。
「ふぅ――」
整息する。
乱れていた拍動を鎮め、身体を巡る血の流れを自覚する。正眼に構えた刀の重みに今一度思いを馳せ、その刃の先に必殺の念を乗せた。
勝負は一瞬。後は、出会い頭に入魂の一太刀を見舞い、それにて決着を図るのみ。
(――捉えた)
壁越しに、何者かが迫る気配を捉えた。
瞬間、ヤマトは刀を大上段に構え、踏み込みと共に斬り下ろす。
「シィッ!!」
『―――――』
城壁が木っ端微塵に砕け、崩れ落ちる瓦礫の奥から“何か”が入り込んでくる。
その正体を確かめるよりも早く振り下ろされた刃は、もうもうと立ち込める土煙を裂き、“何か”の頭頂を捉え――
鋭い金属音、綺羅びやかに火花が散る。
(止められた!?)
一瞬だけ眼を見張る。
満を持して放った渾身の一撃だ。並大抵の使い手では目視することも叶わず、また見えたとして、受け止められるゆえもない。
そんな必殺の一刀だったために、防がれたという現実に思考が硬直した。
「下がって!」
「―――っ」
判断するよりも早く、身体が声に従って飛び退る。
直後、ヤマトの隙を埋めるように銃弾が空を貫き、土煙を穿った。硬質な音と火花が散る。
「……仕留め損なった。ヤマト、一旦体勢を立て直そう」
「あぁ」
言われるまでもない。
ノアの提案より先に飛び退っていたヤマトは、廊下に散乱した瓦礫の裏に身を隠し、慎重に相手を探った。
徐々に収まっていく土煙の中から、“何か“の姿が顕わになる。
身の丈二メートルほど。全身を鋼鉄の鎧兜で覆い隠した姿で沈黙を保ち、無機質な白い光が眼窩から放つ以外に、目立った動きを見せない。左腕には何も握られていないが、反対の右腕には、六つの銃を束ねたような大型銃を備えている。
一瞬混乱するものの、ヤマトはすぐにその正体を看破した。
「鋼鉄の鎧――いや、人形か」
「機兵だね。新型量産機みたい」
機兵。
帝国軍が所有する鋼鉄の騎士人形であり、物言わぬ鋼の塊ながら、独りでに動き戦うことが可能な兵士だ。
大陸を見渡す限り、帝国軍でしか実働していない戦力。だがヤマトにとっては、アナスタシアが機兵作りを得手としているゆえに、馴染み深い相手でもある。
だが、引っ掛かる点が一つ。
「新型とは」
「少なくとも、僕が本国にいた時には見たことがない。ここ数年で設計されただろうってこと」
「……他の情報は?」
「さあ。銃を持ってるから、射撃はこなせるんじゃない?」
ずいぶんと大雑把な説明だが、それも無理ない。
警戒心を顕わにしたまま機兵を注視していたヤマトたちの前で、機兵はゆっくりと右腕を掲げ、そこに備えられた長銃の銃口をヤマトたちへと向ける。
「あれは何だ?」
「―――っ! ヤマト伏せて!!」
悠長に問い返す愚は犯さない。
咄嗟に身を伏せたヤマトの耳に、一発の射撃音が届く。即座に、盾にしていた瓦礫が木っ端微塵に砕け散り――幾つもの弾丸が空を貫く。
「これは……!?」
「接近戦用に設計された散弾銃! 絶対に正面に立たないで!!」
「無茶を言う!」
悲鳴混じりに叫び返しながら、使い物にならなくなった瓦礫の山から抜け出した。
ただ一射で砕かれるとはいえ、遮蔽物の有無は相当に大きい。祈るような心地のまま瓦礫の裏へ滑り込み、足元を掠める弾丸に肝を冷やす。
「打開策は!?」
「ちょっと待って――」
長刀片手に必死に逃げ惑うヤマトと異なり、身軽なノアはスルスルと距離を離していく。
やがて瓦礫の間に身を伏せると、手にしていた魔導銃を構え、銃口を機兵へと向ける。口を開いた。
「撃ったら詰めて!」
「承知した!」
言葉は必要最低限で充分。
即座に銃声が響き、金属同士が擦れ合う嫌な音が撒き散らされた。その不快感と弾丸への恐怖に顔をしかめながら、ヤマトは一気に飛び出る。
『―――――』
手痛い銃撃での歓迎は、ない。
眼窩から白い光を明滅させた機兵は、何かに跳ね上げられたように、右腕の散弾銃を空へと向けていた。
――好機。
「行くぞ!!」
尻込みする己を鼓舞し、後ろに控えるノアへ聞かせ、眼前の機兵の注意を惹く叫び声。
五メートルほどあった間合いを一息に詰めて、刀を腰溜めに構えた。機兵が、空を泳がせていた散弾銃を引き寄せ、その銃口をヤマトへ向けようとするところを目視する。
即座に判断した。
刀を振り切るよりも、散弾が放たれる方が速い。――ならば。
「ノア、合わせろ!!」
「了解!」
頼もしい返事を背に受けながら、ヤマトは更に加速する。
刀を腰溜めに構えたまま、腰を一気に沈め、闘志を思い切り機兵へ叩きつける。それらがどれほど効果的だったかは分からないが、機兵の注意は確かに、眼前のヤマトへと吸いついている。
――ここだ。
「ふ――っ!!」
沈めた腰を――更に落とす。
地を這うどころか、地を滑るような体勢。到底刀を振り抜くことのできない姿勢だが、これで構わない。
迎撃する心算らしい機兵の、二本脚の間。ほんの三十センチにも満たない空隙目掛け、刀で押し開け、爪先を無理矢理蹴り入れ、身体をねじ込む。
『―――――』
ヤマトを追って銃口を下げ続けた機兵だが、己の股下を潜り抜けていく者を追うことはできなかったらしい。
視界から失せたヤマトに、戸惑うように身体を硬直させる。想定外の事態を前にして、さしもの機兵も演算し切れなかったのか。
すぐに振り返り散弾銃を構え直そうとする機兵だが、その肩を狙い澄ました弾丸が貫く。
確かめるまでもない。ノアだ。
「ヤマト、斬って!!」
その言葉へは、実際の斬撃をもって答えるのみ。
振り返りざまに刀を腰溜めに構え、上体を捻る勢いを乗せて振り抜く。
「シ――ッ!」
『―――――』
機兵から漏れた無機質な機械音が、やたらと耳にこびりつく。
それを無心のまま振り払い、ヤマトは刀を振り抜いた。