表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
348/462

第348話

 一面の銀世界。

 大陸南部では到底見られない光景は、圧巻の一言に尽きる。だがその感動も、実際にこの地の寒風が吹き寄せた瞬間に、遥か彼方へと飛ばされてしまった。


「ひどい寒さだ」

「魔族でなければ生きていけないと言われるのも、これなら納得ですね。私たちにはとても耐えられない」


 鬱屈とした感情を隠そうともせず、腹心の部下が口を開く。

 その言葉にただ苦笑いを返しつつ、帝国将軍カインは、銀世界の遥か先を睥睨する。


「あぁ。だが、だからといって放置していい地ではない」

「……大人しく、この雪に骨を埋めてくれたらよかったのですが」

「それはあまりに楽観的だ」

「承知しています」


 部下を窘めるようなことばかり口にしているが、もし彼がこうした愚痴を零していなかった場合、代わりにカインが荒れていたことだろう。その意味で、カインは彼を本気で掣肘することはできない。彼はいわば、カインの内心の言葉を代弁しているに過ぎないのだから。

 困ったように口を閉ざすカインに代わり、腹心の部下は更に口を開いた。


「先の威力偵察によれば、敵方の戦力も残り少ないそうです。下手に時間を与えず、迅速に攻め滅ぼしてしまえばよかったのでは?」

「……急いては事を仕損じる。丹念に周囲を囲み殲滅し切らなければ、次は逃亡兵との戦いが待っているぞ。そうなれば、終わりは見えなくなる」

「この過酷な地へ単身放り出されて、長く生きられる者がいるとは思えませんけどね」

「私たちは魔族という種について、あまり多くを知らない。ならば、それは慢心だ」

「なるほど。将軍ともなると、そうしたところへも眼を配らなければならないわけですか」


 不遜な物言いだが、これもカインが胸の内に秘めた本音だ。

 表立って口にすることはできないが、軍を指揮しているカインとて、これほど馬鹿らしいことはないと考えている。そもそも逃亡兵を一人も出さずに勝利するなど、軍法の理から逸しているのだ。

 それでも、遂行しないわけにはいかない。

 僅かに揺れたカインの視線を察してか、腹心の部下は溜め息を漏らす。


「やれやれ。監視官共もさっさと愛想を尽かせて帰ってくれませんかね」

「……あまり大きな声で言うなよ。聞こえたら厄介だ」

「ここは戦場です。となれば、不慮の事故は充分起こり得ると思いませんか?」

「おいおい」


 ずいぶんと物々しいことを言う部下だ。

 だが、実際に己も考えていたことだけに、やはりカインは強く掣肘することができない。


「適当に、外の魔獣にかじられたことにすればいいんですよ。腕の一本でも持ち帰れば、それっぽくなるのでは?」

「滅多なことを言うな。彼らも本国のため尽くす同士だ。互いの足を引っ張り合うことほど、不毛なことはないぞ」

「……そうですか」


 溜め息を零しながら、カインも件の人物――帝国本土から派遣された監視官へ眼を向ける。

 規律正しく軍服を身にまとう兵たちの中にあって、その人物はひどく浮いていた。なにせ、夜闇をそのまま衣にしたような黒ローブで全身を覆い隠し、素肌一つ覗かせようとしないのだ。加えて、フードの奥から覗く眼光は狂暴かつ獰猛であり、兵たちも下手に声をかけることができない始末。


(厄介だ)


 事前に監視官と言われていなければ、無法者としてとっとと斬り捨てているところだ。


(もっとも、それが可能かは分からないがな)


 既に前線を離れて長く、腕も現役時代からは錆びついてしまった。

 そんな自覚があるカインだが、彼の眼から見て、黒ローブの監視官は非常に腕が立つ。一対一で勝負を挑み、彼に勝利できる者は一人もいないだろう。数で寄せればと思うが、それも只事では済まない不気味さのあまり、実行は躊躇われる。

 幸いにも、彼は唯々諾々と軍に従ってくれるので、カインたちは放置することに決め込んでいたのだが。


(本当に、厄介だ)


 そう言うことしかできない。

 首を数度横に振り、脳裏にこびりついた不穏な思想を払い除ける。


 ――今考えるべきことは、別にある。


 カインの雰囲気が一変したことを悟ってか。副官も崩れた態度を取り直し、真っ直ぐに背を正した。

 ちらりと眼をやり、口を開く。


「機兵の整備状況は?」

「全て滞りなく。全五百機、いずれも出立可能です」

「上々だ」


 機兵部隊。

 それこそが、帝国が用いる戦力の大部分を占めるものだ。

 鋼鉄の人形が自立運動できるほどに技術が発展した以上、人が戦場に立つ意味はあまりない。先の威力偵察を経て、敵方は勘違いをしているだろうが、強化歩兵はそう戦場に立たないのだ。


 戦の花形は、物言わぬ鋼鉄人形にあり。


 その薫陶を胸に、カインは副官へ指示を飛ばした。


「機兵の通信チャンネルを一番に繋げ。攻撃タイミングを揃える」

「ハッ!」


 指示を受け、足早に立ち去っていく副官。

 彼の背中をちらりと見やった後、カインはそっと溜め息を漏らした。


(早く帰りたいな)


 その本音は、誰しもが胸に秘めつつ、既のところで口から出さないものだ。

 言ってしまえば、その誘惑に抗い難くなる。

 幾ら帝国製魔導具が優れているからといって、この寒地で快適に過ごせるはずはない。加えて、これはエスト高原への出兵に続く遠征。早数ヶ月も故郷を空けてきている兵たちにとって、帰投の命は何よりも欲しいもののはずだ。

 その郷愁を煽るような言葉を、総大将たるカインが呟けるはずもない。

 だが。


(ここで、戦を終わらせる)


 魔王軍の残党を狩り尽くす。

 それをもって、人間対魔王の戦は終焉を迎える。カビ臭い神話の大戦は幕を閉じ、帝国による栄華の時代が始まり、そして――カインたちは帰れる。


(備えは万端。俺たちが敗ける要素は、万に一つもない)


 己に言い聞かせるように、繰り返す。

 心の内で燻っていた火種へ、次々に薪を焚べていく。瞬く間に薪の残量が減っていくが、知ったものか。

 この一戦で全てを決せなければ、どの道、カインたちは辛酸を嘗めることになる。


「ふぅ――」


 大きな深呼吸。

 緊張と恐怖と高揚が入り混じった心を静謐に落ち着け、波立たせぬよう保つ。

 ジッと身体を揺らさないまま黙祷すること、数秒。


(――よし)


 覚悟は、定まった。


『将軍。全機兵、準備完了です』

「上出来だ」


 襟元の通信機から聞こえた副官の言葉に、鷹揚に頷く。

 いよいよ、開戦。


「全機兵、起動せよ」


 静かに、周囲全方位から機兵が動く振動が伝わる。

 ここまで来て、無闇に策を弄する必要もない。ただ帝国の威信をそのままに、真正面から敵を蹂躙するのみ。


「構えろ」


 帝国製魔導銃が千丁。

 各機兵が両腕に備えた長銃タイプの魔導銃が掲げられ、その銃口を前方――魔王城へと向けられた。

 沈黙は、数秒。




「――撃てぇぇえええッッッ!!」




 その号令を皮切りに。

 殺戮をもたらす鉛の獣が、一斉に解き放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ