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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
347/462

第347話

「これは……」


 白一色で塗り潰された研究施設。

 その一角へと足を踏み入れたヤマトは、見覚えのある部屋の壁に、不自然な穴が空いていることに気がついた。

 奥には、アナスタシアの私室へ繋がる廊下が見える。


「……あー、入るぞ?」

『とっとと来い。空いてんだろ?』


 天井隅に取りつけられたスピーカーから、不機嫌そうなアナスタシアの声が響いた。

 間違いなく、彼女の不興を買った原因はあの穴だ。考えられる線としては、彼女にとって招かれざる客が無理矢理に壁をぶち抜いた、というところだろうか。

 魔王城の一角に位置しながらも、ここは魔王軍の管轄下にはない。それはひとえに、研究施設全域がアナスタシア自身の手によって作られた事実による。ここは文字通りの意味で、アナスタシアの城に等しいのだ。


(報復は間違いないな)


 そんな場所を不当に破壊する所業を、アナスタシアが許容するはずもない。

 心の内で犯人に対する憐憫の情を抱きながら、ヤマトは壁の穴を潜り抜けた。


 歩くことしばし。

 ヤマトの視界に、見慣れた扉が入り込んだ。


「来たぞ」


 言いながら、手をかざして扉が開くのを待つ。

 横へスライドしていく扉に眼を向けず、その奥にいるアナスタシアの気配を探った。


(相当に苛立っているな)


 怒気が滲み出ている――というより、溢れ出ている。今の彼女を前にしては、どんな歴戦の猛者であろうと気圧されずにはいられまい。


 ――妙な無茶振りをされなければいいのだが。


 思わずそんな懸念を抱いてしまうほどに、彼女のまとう雰囲気は剣呑過ぎた。


「……おう。よく来た」

「あぁ。先の戦闘について、解析が完了したという話だったな」

「あん?」


 なるべく怒気については触れないまま、話を済ませてしまいたい。

 そんなヤマトの遠慮が伝わってしまったのか。一瞬だけ柳眉を逆立てたアナスタシアだったが、やがて大きな溜め息を漏らすと、ブンブンと首を振った。数度自分の頬を叩き、怒りに濁っていた瞳を閉ざす。


「あー……」


 呻き声を漏らしつつ、数秒の瞑想。

 やがて目蓋を開いたアナスタシアの瞳には、見慣れた理性の色が宿っていた。

 怒気が霧散したわけではないだろうが、ひとまずそれを腹の内へ鎮めることはできたらしい。

 感心する心地のままに口を開いた。


「切り替えが速いな」

「感情に振り回されてるようじゃ研究者だなんて名乗れねえ。その意味じゃ、俺は失格だっただろうがな」

「そういうものか」


 自嘲するようなアナスタシアの言葉。

 それに応じつつ、ヤマトはここへ来た本題を再び切り出す。


「それで、解析の結果は?」

「まあ慌てんな。すぐに出してやるからよ」


 アナスタシアが数回だけキーボードを弾くと、モニターに映像が映し出された。

 いつの間に設置したものなのか。魔王城の屋外部からヤマトたちを見下ろすような視点だ。


「まずは、そうだな。お前が戦ってた下級兵共、それを含めた帝国軍の話からするか」

「あいつらか」


 隊長に率いられていた、男女の帝国兵ペア。

 ヤマトが一対二で抑え込むことができたものの、それも薄氷の勝利と言わざるを得ない。何か一つでも歯車が違っていれば、地を伏しているのはヤマトの方だったかもしれない。

 対策を講じなければならない。

 そう判断したヤマトとは裏腹に、モニターをちらりと一瞥したアナスタシアは、そのまま陰鬱な溜め息を漏らした。


「簡単に言えば“厄介”の一言だな。あいつらを抑え込むのは難しいぜ」

「……そうか」

「元から分かっていたことだが、技術の差がデカすぎる。俺たちが多少の工夫をしたところで、その差はビクともしねえ」


 言いながら、アナスタシアは映像の一点――帝国兵が持っていた拳銃を拡大表示する。


「これは?」


 魔導技術や帝国製品に疎いヤマトには、アナスタシアが何を問題視しているのか分からない。

 いたって普通の魔導銃だ。いざとなれば片手でも扱える小型化は驚愕すべきものだが、それがどうしたというのか。

 首を傾げるヤマトへ、言い聞かせるようにアナスタシアは口を開いた。


「帝国製魔導銃、それの拳銃タイプだ。見た通り小型化軽量化に成功しており、人や場所を選ばず携帯できるのが利点だな」

「……まあ、そうだな」

「その携帯性を得るために、威力や取り回しの面はある程度犠牲になっている。それは知っているな?」


 曖昧に頷く。

 彼女の言葉は理解できるが、それは特別珍しいものではない。現にノアが持っている魔導銃とて、長旅に耐えられるよう小型化された代物だ。

 理解の及んでいないヤマトだが、アナスタシアは構わず言葉を続ける。


「その上で注目したいのが、奴らの銃撃の威力だ」

「ほう?」

「これを見ろ」


 モニターの絵図が横へ滑り、今度は銃痕を映し出す。

 魔王城の表出部。岩造りの城壁が、確かに幾つも穿たれて――否。


「貫かれているのか」

「あぁ。岩壁の風化具合、発砲位置からの距離、使用された弾丸。それらを加味しても、普通とは言えねぇのは確かだ」


 仮にも城壁として利用されていただけあり、弾丸に貫かれた壁は相応の硬さを持っていた。

 それを容易く貫くとなれば、楽観視はできない。


「ここの兵たちが使っている鎧兜じゃ、これを防げない可能性が高い。専用の大楯を用意しない限り、止めるのは難しいだろうな」

「……もう伝えたのか?」

「ヘルガにはな」


 ならば一安心、だろうか?

 一抹の不安は残るものの、今から頭を悩ませても仕方ない。深呼吸を数度繰り返し、辛うじて平静を取り戻す。


「ただの小銃だというのにこの威力。なら、戦場に持ち出された銃は更なる威力を持つはず、か?」

「だろうな。チャチな防具じゃ防げないのは明白。下手すりゃ天井やら床やらも簡単に抜いてくる可能性がある」

「……抵抗できると思うか?」

「難しいな」


 断言される。

 だが、ヤマトとてアナスタシアの言葉に対する反論は思いつかない。それほどまでに、今聞いた情報は深刻だ。

 思わず口をへの字に曲げたヤマトへ、更にアナスタシアは追い討ちの言葉をかけた。


「んで次の問題は、奴らの装備――防具だな」

「……あぁ、そういうことか」


 モニターに、帝国兵の着ていた服が映し出された。

 それを見た瞬間、ヤマトの脳裏にある光景が思い起こされた。戦いの中で奪った銃をヤマトはがむしゃらに発砲し、そして幾つかは命中していた。

 だが、彼らは倒れなかった。


「奴らの服は、弾丸を受け止めた」

「相応の衝撃は通っていたみたいだが、致命傷にはなってない。簡単には言えねえが、鉄の鎧を着ているよりも防御性能が高い可能性があるな」

「……動きやすさを考えれば、鎧を脱いだ方がマシかもしれんな」

「かもな。だが、防具なしでの白兵戦をこっちの兵は知らねえ」


 その言葉にも、頷くしかできなかった。

 必殺を信条とするがゆえに、鉄の塊では斬撃を防げない刀。それを扱うがゆえに、ヤマトは鎧を着ずに戦う術を会得したし、それこそが普通のものと受け入れられた。だが、その他大勢にとっては違う。

 剣戟の幾つかを鉄甲で受け止め、より強力な一撃を見舞う。そんな戦い方が染みついている兵たちが、器用に戦術を変えることができるのか。

 「難しい」と言わざるを得ない。

 渋面を浮かべたアナスタシアは、だが更に言葉を重ねる。


「本人の技量についても楽観視はできねえ。二人がかりでお前と渡り合える兵は、少なくともここにはいねえだろうしな」

「……そうか?」

「そうだよ」


 それは、少し買いかぶりが過ぎるように思えるが。

 反論しようとして、それどころではないと思い直した。つまらないことに拘泥している場合ではない。


「ならば、軍のぶつかり合いは絶望的か」

「だな。それでも戦うなら、この城を使い潰すつもりで籠城戦を仕掛けるしかない」

「籠城戦か……」


 それは、一般的には悪手に等しい。

 どれだけ守りを固めて待ってみせたところで、それは敗北を先延ばしにしているだけだ。もし救援の望みがあるならば話は別だが、今の魔王軍は孤立無援。どれだけ時間を稼いでも、好機が訪れるとは考え辛い。

 さりとて、代案が浮かぶわけではないのだが。

 むっつりと黙り込むしかできないヤマトに、アナスタシアは苦笑いをする。


「ま、これについては俺たちが考えたって仕方のないことだ。ヘルガに任せりゃいいんだよ」

「……そんなものか」

「あぁ。んで、お前的には次の方が本題だろ」


 本題と言われて、顔を上げる。

 そんなヤマトの反応を見て、アナスタシアはニヤッと口端を釣り上げた。


「隊長についての解析結果だ。短時間とはいえヘルガと渡り合っていた野郎、気になってんだろ?」

「無論だ」


 即座に首肯する。

 かつて氷の塔で手合わせした記憶からすれば、ヘルガは相当の使い手だ。技術を多少磨いた程度では太刀打ちすることもできない、別格の強さ。それと渡り合えるというだけでも、帝国兵隊長の実力は驚嘆に値する。

 僅かに熱を潜ませたヤマトの視線に、アナスタシアは勿体ぶらずに口を開く。


「結論から言えば、あれは改造の結果だな。野郎自身の実力はそこそこ止まりだが、身体改造が野郎の力を伸ばしている」

「強化歩兵というやつか」

「あぁ。思考速度、反応速度、身体能力。それら全てを飛躍的に上昇させるっていうんだから、大したもんだ」


 珍しい言葉。

 その思いのまま意外そうに眼を丸めれば、アナスタシアは遺憾そうにヤマトを睨みつけてきた。


「何だよ」

「……いや。帝国を認めるような口振りだったからな」

「んだそりゃ」


 負けん気が強く自分至上主義のアナスタシアからは、あまり考えられない言葉だ。

 そんな気持ちを滲ませたヤマトの視線を跳ね除け、アナスタシアは憮然とした面持ちのまま椅子に背を沈めた。


「オリジナルは俺が提案したもんだったが、あそこまで仕上げてるとはな。それに、言っちゃなんだが使い捨ての偵察にアレを施してるとなれば、本国の精鋭には更にヤバいものがあるはずだ」

「ヤバい?」

「寿命が失せてるとかな」


 それは、確かに「ヤバい」と言う他ない。

 長年人が夢見てきながらも、その副産物として僅かに寿命を延ばすに留まっていた研究。それを、帝国が一足先に実現させていたというのだから。


「ま、そりゃ空想だ。だが次の戦いで持ち出される強化歩兵には、野郎以上の奴がいてもおかしくない」

「……具体的には?」

「さあ? だが、ヘルガが圧倒されるくらいは想定するべきだな」


 それはつまり、魔王軍において個で拮抗できる者がいないということ。

 自分であれば数合打ち合う自信はあるが、かといって勝利を収められるとまでは自惚れていない。


「厄介だな」

「数で攻めれば何とかなる、かもな?」


 他人事のような口振り。

 それに苦笑いしたヤマトに対して、アナスタシアは気楽そのものといった口調で更に続けた。


「何にせよ、今回は負け戦だ。どう対策を積んだところで、こっちに勝ち目は万に一つもない」

「おい……」

「だから、俺たちが動かなくちゃならねえ」


 アナスタシアのまとう空気が一変する。


「帝国軍を真正面から破れないとなれば、搦め手で攻めるしかねえ。言いたいことは分かるな?」

「……帝国本土に干渉するのだろう?」

「あぁ。んで、そのタイミングも既に決定済みだ」

「ほう」


 それは初耳だ。

 視線を向ければ、アナスタシアは口元の弧を更に深くする。


「いつだ?」

「今度、奴らが来た時。戦いのどさくさに紛れて、ここを出る」

「それは――」


 危険だ。

 散々に帝国軍の脅威を伝えられたヤマトの耳には、それは無謀なものに聞こえる。

 だが、同時に。


(それしか、ないのか)


 そう悟ってもしまった。


「今すぐにここを出ても、外を囲んでる帝国兵に発見されるのが関の山だ。戦を前にして万全の奴らを抜くのは、それこそ無理難題」

「ゆえに、混乱に乗じる」

「あぁ。奴らも脱走兵は想定済みだろうが、他に力を割かなきゃならない以上、ある程度の勝機は望める」


 道理だ。

 理性はその危険性をしきりに訴えてくるが、戦士としての本能は賛同の声を上げる。

 ならば、ヤマトとしても応じる声は一つしかない。


「――分かった。ならば、俺も覚悟を決めよう」


「おう。それでこそだぜ」


 満足そうに頷くアナスタシア。

 彼女の言葉を聞きつつ、腰元の刀を撫でる。戦いを前にしてうんともすんとも言わないその相棒の冷たさが、不思議とヤマトの脳裏にこびりついた。

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