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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
346/462

第346話

 回想してみれば、違和感は最初の頃からずっとつきまとっていた。

 ただ陰気で顔色の悪い少女。彼女が口を開く時、その視線はヤマトとノアの他に――何もいないはずの虚空を、幾度も過ぎっていた。何かを伺うように視線を過ぎらせるたび、緊張に顔を強張らせ、また安堵に頬を緩める。

 ある種の錯覚かとも考えていたが、それは違う。


(これは、幽世の気配か)


 極東――霊験あらたかな故郷で、幾度か感じたことがある。

 鬼や妖、死者の霊魂が住まう異世界。生者は踏み入れず、ただ机上でのみ語ることの許された世界だ。

 触れているだけで怖気が込み上げ、肝が冷え、肌が粟立つ。ねっとりとした空気が辺りを渦巻き、ヤマトたちの首筋をゆるりと撫でていく。

 思わず黙り込んでしまったヤマトに、ナハトが無邪気な表情で首を傾げた。


「あの、どうかしましたか?」

「む、あぁいや……何でもない」


 適当に誤魔化す。

 ナハトを警戒している、のとは少し違う。

 だが、もし率直にこの怖気を明かしてしまった場合、何か“起きてはならないこと”を招くような。そんな予感が駆け巡ったのだ。


(今のところは悪意は感じない。だが、これもどうなることか)


 穏やかな表情のまま会話を交わすノアとナハトを尻目に、ヤマトは脂汗を浮かべる。

 脳裏を過ぎったのは、先日の光景だ。

 我を失ったナハトを取り巻く、霊魂の大群。結局その力が発露されることはなかったものの、もし解き放たれていた場合、想像を絶する惨禍が撒き散らされていただろう。百鬼夜行か、それに準ずる何かか。いずれにせよ、ヤマト一人で解決できる代物でないことは確か。


(厄介なものだな)


 漏れそうになる溜め息がナハトに悟られない内に、茶と共に腹の奥へ飲み干す。

 厄介の種は、問題はナハトの持つ力にあるのであって、ナハト本人には何の罪もないことだろう。悪気のないナハトの思いに応えたくはあるが、それによりナハトを取り巻く霊魂が何を思うかが分からない。


(見守る他ないか)


 密かに緊張感を抱いたまま、事の推移を見守るヤマト。

 そんな彼を尻目に、ノアとナハトはなんてことのない世間話を続けていた。


「へぇ。その歳で騎士団長なんてやってるんだ。大変じゃない?」

「大変……、そうかもしれません。けど、皆手伝ってくれるから」

「それは良かった。慕われているんだね」

「そう、かな?」


 照れ隠しの微笑みを浮かべた横顔は、見ているだけで心が洗われるほど可憐なものだ。

 その背後から滲み出る不穏な死臭さえなければ、ヤマトとしても、気兼ねなく交友を深めることができるのだが。

 どう口を開いたものかと逡巡するヤマト。

 その耳に、福音にも似た通知音が響いた。


「………? これは?」

「あぁ、通信機の奴かな」


 言いながら、ノアが目線で「早く出ろ」と伝えてくる。

 一時でもナハトから視線を外せたことに対する安堵は、努めて気づかなかったことにした。

 それに黙礼を返しつつ、ヤマトは席を立ち、ベッドに転がしていた通信機を手に取った。


「今出た――」

『遅えぞ』


 ぶすっと不機嫌そうな童女の声が通信機から響く。

 その声音に、ヤマトは思わず苦笑いを漏らした。


「数秒と経っていなかっただろう?」

『うるせ、口答えすんじゃねぇ』

「……ずいぶんと荒れているな」


 童女の声――アナスタシアの口振りに、普段の数倍増しになった怒気が滲んでいることを悟った。

 これは下手な会話も控えた方がいい。そう判断したヤマトは、端的に問い返す。


「用件は?」

『前に来た帝国の連中。奴らの解析が済んだ。お前には聞かせた方がいいだろう?』

「あぁ――」


 強化歩兵になるための改造処置と、彼らが宿す「電気」なる力。

 それらのことは一通りノアから聞いていたが、確かにアナスタシアの意見も耳に入れた方がいいだろう。またその情報を加味した上で、帝国侵入作戦についても議論した方がいい。

 思考は数瞬。

 すぐに結論を下した。


「分かった。すぐに行こう」

『おう。扉は開いているから、すぐに来い』


 ブツッと音を立てて、通信が途絶した。

 いつになく荒っぽいアナスタシアの態度に小首を傾げながらも、ヤマトは同室のノアたちへ顔を向ける。


「聞こえていたかもしれんが、用事ができた。俺は席を外すが、ナハトはどうする」

「……えっと、その……」


 何かを言いたそうにするナハト。

 そんな彼女の態度に何を思ったのか、ノアはニンマリと笑みを浮かべる。


「お茶ならまだあるし、よければ飲んでかない? 何か用事があるなら、別にいいんだけど」

「えと、じゃあ、いただきます」

「了解っ。そんなわけだからさヤマト、僕たちはもうしばらく残っているよ」

「……そうか。分かった」


 頷く。

 警戒心の強そうなナハトだが、人付き合いそのものを疎ましく思っているわけではないらしい。ならば、俄然口の上手いノアに相手を任せてしまった方が彼女にとってもいいだろう。

 ならば早速とばかりに刀を掴んだヤマトは、暖気の残る部屋を抜け、まだ寒気が吹き抜ける廊下へと歩み出た。

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