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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
345/462

第345話

「お邪魔、します」

「……おう」


 扉を開けた先。

 ノックの主を見やり、ヤマトはこくこくと頷くしかできなかった。


(いったい何の用だ――ナハト)


 そこに立っていたのは、第四騎士団長ナハト。

 顔を交えたことは数回会っても、会話を交わしたのは先日の交戦時のみ。そんな、とても付き合いが深いといえない彼女が、一人で部屋を訪れてきた。

 何が用がある。そう考えるのが自然だろう。

 表情から何か察せないかと眼を走らせるものの、ナハトは持ち前の内気さを発揮し、眼を伏せたまま上げようとしない。


「………」

「………」


 何を話せばいいか分からないまま、数秒の沈黙。

 このままずっと続くと思われた気まずい空気。それを最初に破ったのは、部外者とでもいうべきノアだった。


「お客さんだよね? とりあえず入ってもらったら?」

「……そうだな。適当に座ってくれ」

「は、はい」


 扉の前から身体をずらし、招き入れる。

 物珍しげに部屋をキョロキョロと見渡すナハト。彼女の背を押し、ひとまずは部屋に備えられた机の前に彼女を座らせた。


(ここから何を話せば――)


 先程までベッドの上でストレッチをしていたノアだが、今はその姿が見えない。

 助けを求めるように視線を巡らせたところで、ノアが部屋の奥から出てきた。その手には、茶が三つ用意されている。


「はい、お茶」

「あ、ありがとうございます」

「いいよいいよ。元々置いてあったものだし、遠慮なく飲んじゃって」


 言いながら、ノアは自然な動きで席に腰を落とす。

 静養ということで部屋に押し込められていたが、いい加減刺激に飢えていたらしい。その眼には、隠し切れない好奇心の光が宿っていた。

 溜め息を吐きたい気持ちではあるが、ヤマトもそのまま席につく。


「ナハトちゃん、だよね? 前は大活躍だったみたいだね」

「そんなことは――」

「謙遜しなくていいって。表彰されたんだから、もう知らない人はいないよ」

「うぅ……」


 ノアが口にしているのは、先日行われた表彰式のことだ。

 帝国軍の偵察兵を退けた功績者として、ナハトは全軍の前で表彰されていた。ヤマトとヘルガが事前に想定していた通り、ナハト自身はあまり嬉しげな表情をしていなかったものの、彼女を見て士気を上げた兵士は多い。

 素直に褒めるノアの口振りだが、対するナハトは素直に喜べない顔をしていた。


(やはり、彼女の気性には合わなかったらしいな)


 面には出さないまま、ヤマトは内心で頷いた。

 先日の表彰式はヘルガが絵を描いたものだ。兵たちの士気を上げるべく、ナハトの暴走を利用したといっていい。

 当事者であるナハトからすれば、自分が我を失って暴走していたことは明白。表彰を素直に喜べないのも、また道理だろう。

 話を変えるべきか。


「それより、ここへは何の用で来たんだ?」

「あぁ確かに。前の戦いで会ったくらいの縁だったよね」


 ノアも話に乗ってくる。

 話の流れが変わったことを悟って、ナハトの顔色が幾分か持ち直した。


「えっと、その、お礼を言いに……」

「礼?」


 思わず首を傾げる。

 疑念のままに視線を向け続けると、居心地悪そうに身をよじったナハトが、小さく口を開いた。


「あの、助けて、くれたから」

「ふむ」


 思い当たる節ならば、一応ある。

 帝国兵との戦いのことだろう。力を発露できなかったナハトに代わり、ヤマトが帝国兵二人の相手を請け負い戦ったのだ。

 ヤマトからすれば気にするほどのことでもないのだが、ナハトにとっては違ったらしい。


「律儀なものだな」

「あぅ」


 思ったままに呟けば、ナハトは更に縮こまってしまった。

 隣の席に座っていたノアから、ギンッと鋭い視線が飛んでくる。突き刺さる「フォローしろ」という無言の圧力に、ヤマトはじっとりと冷や汗を浮かべた。


「わ、分かった。その言葉は確かに聞き届けた。もう気にすることはない」

「……分かりました。ありがとうございます」


 ふっとナハトの表情が和らいだ。

 瞬間、心なしか周囲の空気までが軽くなるような感覚を覚える。胸の内から湧き出た感情のままに、ほっと安堵の息を漏らした。

 ひとまず話が一段落したことを見てか。沈黙していたノアが口を開いた。


「さっきのヤマトの言葉じゃないけど、お礼に来るなんて律儀だね」

「そ、そんなことは……」

「そうだよ。顔を会わせたら言うだろうけど、わざわざ会いに行こうとは思わないだろうから」

「いえ、本当に、あの」


 賛辞の言葉が照れ臭いのか、ノアが口を開くたびにナハトは縮こまっていく。

 そんな彼女の反応が面白くなってきているのだろう。ノアの方もニヤリと口端を釣り上げながら、次々と褒め称える言葉を紡いでいた。

 ますます空気が軽やかになっていく。

 場の空気に釣られて、ヤマトもふっと笑みを零しそうになったところで。


(―――む?)


 違和感を覚えた。

 ノアとナハトが和やかに会話をしているだけにしては、空気が――雰囲気がコロコロと変わりすぎている。その雰囲気に釣られて、ヤマトたちの感情までもが浮足立っていくような、妙な感覚があった。

 まるで、他の誰かがこの場にいて、彼女らの会話を一緒に楽しんでいるような。

 思わず、周囲を見渡す。


「ヤマト、どうかした?」

「何か、ありましたか……?」

「む? あぁいや、大したことではない」


 怪訝そうに首を傾げたノアとナハトは、適当に誤魔化しておいた。

 やたらと不自然な雰囲気の流れではあるが、悪意の類は感じられない。ならば、あまり気にしても仕方ないことなのだろうか。

 首を傾げるしかできないヤマトの耳に、自然な表情で微笑んだナハトの言葉が滑り込む。


「でも、良かったです。怪我もあまり悪くないみたいで」

「……そうだな。大袈裟に包帯を巻かれてしまったが、傷自体は深くない。数日も待てば、更に良くなるはずだ」


 「嘘ばっかり」というノアの視線が痛くなるが、努めて無視する。

 そんなヤマトの気遣いを知ってか知らずか、ナハトは表情を緩めた。


「無茶はダメだって皆言ってます。今は大丈夫だけど、無茶したら悪くなるって。ね?」

「………」


 何かを確かめるようなナハトの言葉。

 少女の視線がヤマトとノアの両方になく――何もないはずの虚空に、向けられている。

 そのことを悟った瞬間、ヤマトは思わず、開きかけていた口を閉ざしてしまった。

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