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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
344/462

第344話

 帝国兵の襲撃から、早数日。


 魔王城到着から間もなく帝国兵が襲撃してきたこと。それを、ヘルガを筆頭に数人のみが対処し撃退したこと。その勲功者がナハトであること。

 それら諸々の報せが行き渡った魔王城内は、ヘルガの目論見通り、にわかに活気づいていた。


(現金なものだな)


 部屋の中にいても聞こえてくる、廊下を行き交う者たちの囁き声。

 熱に浮かされたような声に、辟易とした気分のままに溜め息を漏らした。


(喉元過ぎれば熱さを忘れる、とは言うが。一度は手痛い敗北を喫した相手に、なぜああも楽観的でいられるのか)


 兵たちの頭にあるのは、いかにして武功を挙げるかばかり。

 エスト高原で為す術なく撤退したことなど、既に忘却の彼方にあるのだ。誰もが己らの勝利を疑わず、その上で手柄を立てることに固執している。

 恐怖と緊張に身を雁字搦めにされ全く動けなくなってしまうよりは、遥かにマシな状況ではあるのだろう。だが、さりとて今の状況も、あまり歓迎すべきものではない。


(恐怖に囚われるは敗者の道理、また勝利に驕れるもまた敗者の道理。そこの意識改革は早急に済ませるべきだろうが――)


「詮無きことだな」


 いずれにせよ、ヤマト一人がどうこうできる問題ではない。

 鬱屈した気分を払拭するように、呟き溜め息を漏らす。

 現実逃避じみた思考の連鎖を打ち止め、ヤマトは隣――同室をあてがわれた少年ノアへ視線を投げた。


「もう体調はいいのか?」

「おかげさまでね」


 休み、凝り固まった身体を解しているのだろうか。

 有り余った体力を消費するようにストレッチを繰り返しながら、ノアは応えた。その声音は気楽そのものに聞こえるが、実際の心情はそうでもないことを、ここまでの付き合いでヤマトは察する。


「……悪かったな」

「何が?」

「先の襲撃の件だ。声を掛けなかった」

「別にいいよ。その時は僕も疲れてたし、その回復を優先してくれたってことでしょ?」


 その言葉に、嘘の色はない。

 ひとまずホッと安堵の息を漏らしたヤマトだったが、そんな彼を裏切るように、ノアは「でも――」と言葉を続けた。


「でも、そのせいでヤマトが怪我してるのはいただけないかな」

「あぁ」


 言われて、ヤマトは自身の右肩に眼を向けた。

 痛み止めの軟膏を塗りたくった上で、下手に動かないよう、幾重もの包帯で固定された肩。

 見た目はひどく痛々しいものの、薬の効能あってか、ヤマト自身の負担はそれほど大きくない。だが、この傷に端を発した問題は、あまり軽視していいものではない。


「その肩じゃ、次の戦いは参加できないでしょ」

「そんなことはないが――」

「無理したら、更に悪化するよ」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 今でこそ僅かにヒビが入った程度。動かせば痛みが生じる程度の傷でしかないが、これが悪化したら、どうなることか。

 少なくとも、刀が握れなくなることは間違いあるまい。

 黙り込んだヤマトへ追い討ちをかけるように、ノアは続けて口を開いた。


「完治するまで、どんなに早くても半月。それまでの間、向こうが待ってくれると思う?」

「いや。まぁ、そうなのだが」

「さっさと帝国入りを目指すにしても、道中のトラブルを考えれば、その怪我は問題になる」


 仰る通りである。

 何も言い返すことができず、口をヘの字に曲げて黙り込む。

 そんなヤマトに対して、ノアはきゅっと潜めていた眉を緩め、ふぅっと息を吐いた。


「ヤマトの性格はもう充分分かってるし、今更変わるとは思ってない。けど、今は少しの怪我にも気をつけなきゃいけない時期だってこと、忘れないように」

「了解した」

「まったく。返事だけはいいんだから……」


 呆れたように溜め息を漏らしたノアだったが、やがて険しかった表情を緩めた。

 場の空気を払拭するように、努めて軽やかな声が上げられる。


「それでも、無事でいてくれてよかったよ。結構手強かったんじゃない?」

「あぁ――」


 言われて、先日刃を交えた帝国兵たちのことを思い出す。

 見るからに腕の立つ隊長に、男女の下級兵士が従った三人組。ヤマトが直接手合わせしたのは下級兵士二人のみだったが、彼らだけを取り上げて見ても、尋常でない力量だったことは明らかだ。

 真剣な面持ちで回想するヤマトへ、ノアは言葉を重ねる。


「話を聞いた感じ、彼らは強化歩兵部隊みたいだね」

「強化歩兵か」

「恐らく、軽度な改造だけ施された兵士。銃を専ら扱っていたなら、動体視力とか思考速度の強化がされていた感じかな?」


 相変わらず、妙に裏事情に詳しいノアだ。

 一般人なら到底知り得ない情報を軽く話す彼に、じっとりとした視線を向けてから、ヤマトは言葉を返す。


「対人戦に慣れていたが、実戦経験自体は薄い様子だった。何か知っているか?」

「実戦経験? そりゃ帝国軍が出張るような事態なんて、ここ数年一件もないからね。訓練はたくさんしてきたけど実戦は初めてなんて、珍しくないでしょ」

「そんなものか」

「……あぁ。極東じゃ知らないけど、こっちの軍は戦うためじゃなくて、見せるためにあるのがほとんど。分かりやすく武力を見せつけて、政治の主導権を握ろうとするんだよ」

「ふむ」


 それは、今一つヤマトには理解し難い感覚だった。

 軍とは戦士の集団である。ならば自然、戦うことこそが使命。有事の際には率先して刃を握り、民草を守るため、その身その魂を死地へ捧げることが本懐なのだ。

 ゆえに、実戦経験が浅い戦士などいるはずもない。戦下手な経験者はいても、戦上手な初心者は生まれようがないのだ。

 言いようのない反発心を胸に抱いたヤマトだったが、ふっと息を吐いたところで、思い直す。


(だが、そうか。これが平和であるということなのか)


 小競り合いの絶えない極東では、到底考えられないこと。

 だがそれは、大陸では長らく戦いがなかった――すなわち、平和であったことの証左でもある。

 ならば、それを尊みこそすれど、貶す道理はあるまい。

 ひとまず考えがまとまったところで、ヤマトは再びノアへ眼を向ける。


「分かった。なら次は、奴らの得物についてだ」

「魔導銃のこと? それとも――」


 ヤマトの脳裏に蘇るのは、帝国兵から放たれた紫電。

 触れた瞬間に身体が痺れ、意識が強制的に閉ざされた。運良く数秒もしない内に回復していたが、あのまま眠りについていたならば、今ここにヤマトが立っていることは叶わなかっただろう。

 そんなヤマトの顔色に、何かを察したのか。ノアは心なしか真剣な面持ちになって言葉を紡いだ。


「電気の方か。あれは、強化処置が施された兵全員が使える――そうだね、武器みたいなものかな」

「電気?」

「弱い雷、くらいに思っておけばいいよ。帝国が今注目している動力のことで、本土だと電気を使った製品も徐々に出回り始めている」


 雷。

 幼い頃に落雷を目の当たりにしたことが思い起こされた。一筋の雷が山肌を焼き、辺り一面を焦土へ変えてしまったことは、大きな衝撃を伴ってヤマトの脳裏に刻まれている。

 それを、人為的に操る?


「危険ではないのか」

「普通の人なら危険だよ。ただ、それができるように改造されたのが、強化歩兵たち。魔導術を使うのと似た感覚で、彼らは電気を操ることができる」

「……魔導術か」


 どちらにしても、ヤマト自身が扱えない神秘という意味では、似通っていると言える。

 なんとか己を納得させようとするヤマトを尻目に、ノアは言葉を続けた。


「電気を使えば人を感電させる――痺れさせることができる。ただ、それはあくまで副次的なものに過ぎなくてね。もっと大きな力がある」

「それは?」

「魔力を掻き消すんだよ」

「む……」


 思わず、顔を歪めた。

 元より魔力を操る術を持たないヤマトにとっては、到底関係ない効果だ。だが、その他大勢の兵たちにとっては、まるで話が違ってくる。


「電気は魔力特攻を宿す。あらゆる魔導術は帝国兵に通じないし、逆に向こうの放電を防ぐことはできない」

「不利だな」

「不利って言っていいかも分からないくらいにね。正面切っての戦いじゃ、勝ち目は薄いんじゃないかな」

「ヘルガは知っているのか?」

「さあ? でも直接戦ったなら、感づいているんじゃないかな」


 念の為、話しておくべきだろうか。

 逡巡するヤマトだったが、その憂慮を遮るように、ノアは再び口を開く。


「ただ魔導術に特攻性を持つとは言っても、物理的な威力は皆無だからね。電気で城壁を崩すことはできないし、その意味じゃあまり深く考えなくていいんじゃない?」

「……だがな」

「それに、下手に情報を横流しして快勝されちゃうと、計画が狂うかもしれないし」


 その言葉に、ヤマトは口を閉ざした。

 計画。すなわち、帝国軍が魔王城攻略に躍起になっている間に、帝国本土へ仕掛けるという作戦だ。

 これを成就させたいのであれば、それなりの間、帝国兵を魔王城に釘付けにする必要がある。


「あまり万全に備えると、向こうも勢いじゃ押しきれないって考えるかも。そうなると、一時的に退却した後、改めて大軍で押し寄せるだろうね」

「……そうなると、時間の猶予がなくなるか」

「軍の多くを国外に派遣して、本土も戦勝ムードで浮かれているはず。そんな状況でもないと、僕たちが突け入れる隙は生まれない」


 咄嗟に、反論の言葉は出ない。

 ヤマトの本音としては、むざむざ死傷者を増やすような真似はしたくない。だが、ノアが話す道理も理解できてしまう。

 どう答えたものかと頭を悩ませたところで、ノアはそっと席から立ち上がった。


「何にせよ、まだ時間の猶予はある。相談なら幾らでも乗れるよ。それより――」


 ノアの眼が、部屋の扉へと向けられた。

 釣られてヤマトもそちらを見やったところで。




 トントンと、控えめなノックの音が響いた。




「出たら? お客さんだよ」

「……そうだな」


 重い頭を振り払うように、軽く首を振ってから。

 ヤマトは凝り固まった身体を解しつつ、扉を開けるべく立ち上がった。

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