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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地敗走編
340/462

第340話

 北地の気候を代弁するかのような、荒々しい吹雪。

 一寸先を見通すことも難しいほど分厚い雪の幕に隔たれながらも、三人分の人影が浮かび上がっていた。


(気配は並――だが、油断はできない)


 ヤマトの脳裏に過ぎるのは、エスト高原で刃を交えた帝国軍人の姿だ。

 互いの技巧を見せつけるような死闘の末、辛うじて薄氷の勝利を得られた敵手。

 彼もまた、一目見て強者と分かるほどのものではなかったが、その実力は相当に磨き上げられていた。


(気配を紛らす術を持つのか、単に俺の眼が曇っているのか。いずれにせよ、直接交わるまでは分からない)


 ゆえに、今はただ気を練り闘志の炎を焚き上げるのみ。

 そう己に言い聞かせたところで。


「―――っ!」


 吹雪が晴れた。

 北地特有の銀世界が広がり、耳が千切れそうなほどの寒風が吹き荒ぶ。生き物の気配を欠片も感じ取ることができない、死の大地。

 そこに立つは、三人の兵士。


「奴らか」

「あぁ」


 確かめるようなヘルガの言葉に、首肯する。

 兵士たちが着こなしている軍服には見覚えがある。黒色を貴重とし、金糸で鮮やかな刺繍を施した代物。ヤマトの知るものと同様であれば、その軍服は、耽美な見た目に似合わない強靭さを備えているはずだ。

 見たところ、彼らの軍服に勲章が縫いつけられてはいない。すなわち、彼らは帝国における最下級兵士であるという――


(いや、違うな)


 眼を凝らす。

 三人の内の、ただ一人。際立って背の高い男だけが、その胸元に銅色のバッジを着けていた。

 そのバッジが何を示すものなのかは、ヤマトには判断がつかない。だが、彼が相応の立場であることは、わざわざ言わずとも全員が察していた。


「………」

「………」


 沈黙が流れる。

 ジリジリと緊張が高まる中、互いに無遠慮な視線をぶつけ合う。

 その気まずい空気を破るように、ヘルガが声を上げた。


「貴様らは、帝国兵だな?」

「……いかにも」


 重苦しい声で応じたのは、一番背が高かった男。

 ヤマトが見立てた通り、彼が一行のリーダー格らしい。男が代表して口を開いていることに、他二人が不満を覗かせる様子はない。

 だが、それよりも。


(身の上を明かしたのは、上からの指示か? こいつらの狙いは――)


 ただの偵察、ではない。

 もし彼らが偵察のみを目的としていたならば、こうして身を明かす必要はない。そうでなくとも、何かしら隠そうとする動きを見せたはずだ。

 だというのに、男が自身らの身上を明かしたことに、他二人はどちらも戸惑いを見せなかった。


(考えられる可能性としては……威力偵察か)


 威力偵察。

 すなわち、小規模な攻撃をもって敵情を探ろうとすること。

 一般の情報収集とは異なり、敵に発見されることを良しとする――というよりも、発見された上で、どの程度の迎撃が為されるかを探る偵察だ。

 ならば当然、一戦交えることになる。


「………っ」


 血が煮立つ。

 逃避行で疲れ果てた身体は、相変わらず鈍く重い。それでもなお、己の本能は血を求めて沸き立っていた。


「――ふっ、下手な探り合いはもう辞めるとしようか」


 隊長格の男が、不敵な笑みと共にそう呟いた。

 瞬間、脇に控えていた帝国兵二人から闘気が噴き出す。ヤマトの眼から脅威に見えるほどの、濃密な闘気。

 それに煽られて、ヘルガの眼光が鋭さを増した。


「ほう……!」

「そちらの腕が立つというのは百も承知。だが、我らとて容易く敗れるつもりはないぞ」


 その言葉は、明らかに眼の前の男をヘルガ――魔王軍における武の象徴と理解してのもの。

 ヤマトが腰元の刀に手を掛ければ、隊長格の男は手を上げ、脇の二人へ指示を出す。


「お前たちはそこの二人を。俺は、あの男と戦う」

「おや隊長、美味しいとこ取りですか?」

「私たちにも少し分けてほしいところですが」


 男女の部下は揃って、隊長の指示に軽い調子で応える。

 明らかに、見くびられている。

 ヤマトが反射的に闘気を叩きつけようとしたところで、帝国兵隊長はすっと眼を細める。


「血気盛んなのは良いことだが、敵を見誤るな。奴らとて腕は立つ」

「そうは言っても、ねぇ?」

「私たちが手こずるとは、到底思えませんが」

「……もういい。だが、くれぐれも油断するなよ」


 隊長は呆れたように溜め息を吐くが、その一瞬後には、鋭い眼差しをヘルガに向ける。

 完全に意識をヘルガへ集中させたらしい。そうでもしなければ危ういと、彼は察しているのだろうか。


「……なるほど。確かに腕が立つらしい」


 対するヘルガの方にも、余裕の色はない。愛用の黒剣を抜き払い、正眼に構えた。

 どこの流派にも属さない、ヤマトもかつて見たことのない、独特な構え。

 一見して隙だらけのようにも思えるのだが、隊長の方に侮りの色はない。むしろ警戒を強め、慎重にヘルガの出方を伺っているように見える。


(すぐに始めるつもりか)


 バチバチと火花を散らす二人の視線。

 それに煽られ戦意を昂ぶらせながら、ヤマトは眼前の二人を睨めつける。


「あらら隊長ったら、すっかりやる気になっちゃって」

「ですがあの騎士は確かに腕が立つ様子。隊長でなければ、抑え込むのは難しいでしょう」


 二人とも、ヤマトとナハトなど眼中にないという様子。改まって声を掛けたりしなければ、戦いを避けることも可能だろう。

 長旅で疲れ果てた身からすれば、そうした方が都合はいい。消耗し切った身体を酷使するよりも、いずれ来る戦いに備えて、今は体力を温存した方が賢い。

 ――だが。


(それは性に合わん)


 衝動的に、殺意を二人へ軽く叩きつけた。

 その衝撃をもって、帝国兵二人もヤマトの闘志に気がついたらしい。さっと眼を光らせ、やがて呆れたように息を吐く。


「あのさぁ。そんなに張り切ったところで、君じゃ相手にならない。辞めた方がいいぜ?」

「同意します。得物は曲刀が数本のみ。銃の一つも持たずに戦おうなど、無謀が過ぎます」


 気遣うような言葉だが、その口振りに含まれている感情は――嘲り。

 子供が大人に吐く生意気を諭すような。そんな見くびりが含まれた声が、無性にヤマトの気を逆撫でする。

 ゆえに、応答は一つ。




「――構えろ」




 正真正銘、本気の殺意を叩きつける。

 戦いを知らぬ人を卒倒させ、獣を萎縮させるほどの荒々しい殺気。その奔流を身に浴びて、帝国兵二人の顔色がサッと変わる。


「お前……っ!」

「二度は警告しない。次は斬る」

「……いい度胸じゃねぇか。ここは俺がやる!」


 額に青筋を立てて、二人組の片割れ――男兵士が前へ出る。

 その背を見送った女兵士の方は、小さく溜め息を零した後に、眼を白黒させていたナハトへと気を向けた。


「仕方ない。本来なら私も混ざりたかったが、ああなった彼を止めるのは面倒だ。――だから、私は君を片づけるとしよう」

「ひぅ……っ!?」


 怯えたような声を漏らすナハト。

 その眼には紛れもない恐怖が溢れており、とても戦える様子とは思えない。


(だがヘルガによれば、彼女は充分な力を持っているという)


 彼の言葉の真偽は、未だ定かではないが。

 ヤマトが男兵士を担当する以上は、もう片方の相手は、ナハトに任せる必要がある。


「そちらは任せた」

「は、はぃ!?」


 とても色良い返事ではないが、ぐだぐだと言葉を重ねている暇はない。

 闘志で眼を血走らせた男兵士は、グルグルと肩を回しながら半身になった。


「行くぜ仮面男。お前の顔を、たっぷり拝ませてもらおうじゃねぇか」

「……上等だ」


 刀を抜き払う。

 曇天の下にあっても煌めく白刃を正眼に構え、半歩分だけ左脚を前へ出す。


(確かに腕は立つだろう。だが、勝てない相手ではない)


 油断は禁物。

 再びそのことを胸の内に刻み込んだ後に、ヤマトは意識を、戦闘時のそれへと切り替えた。

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