第329話
無数の銃声が鳴り響く。
四方八方から弾丸が飛び交い、人魔族の区別なく、兵たちの身体を穿っていく。そこかしこで血飛沫が舞い、かつてない死臭が辺りに充満する。
そんな光景の中。
ヤマトは刀を手に、先の帝国軍人と相対し続けていた。
「ずいぶんと派手なことをするな」
「………」
「同盟軍との約定を破棄し、立っていた者を片っ端から殺し尽くす。これが帝国のやり方か?」
帝国を蔑み、怒りを煽るような口振り。
それをもって動揺を誘おうとしても、帝国軍人の様子は変わるところを見せない。まるで人形に語りかけているような虚しさを覚えるほどに、無反応だ。
――何があっても、口を開くつもりはないらしい。
そう見切りをつけたヤマトは、隣のノアへちらりと視線を流した。
「帝国はどういうつもりだ」
「どういう、っていうと?」
「これでは、大陸全てへ喧嘩を売るようなものだ。幾ら帝国とはいえ――」
無謀ではないか。
そう言葉を続けようとして、喉が詰まった。
(……勝てる、のか?)
冷静に、あくまで客観視することを踏まえて。
帝国が持つ力は絶大だ。他の追随を許さない技術力を保持するのみならず、それを利用した経済政策――鉄道網の配置など、大陸全土にまで帝国の威信は轟いている。極東を始めとして、極々僅かな例外こそあるものの、実質大陸を支配しているのは帝国と言って相違ない。
だがそれは、あくまで国力の話。
ヤマトの想像を悟ってか、ノアは小さく首肯をした。
「勝てるかどうかって話なら。僕は正直、帝国が敗ける方が難しいと見ている」
「……そこまでか」
「そもそも、兵器の質も数も違いすぎる。どんなに人を集めたところで、無駄だよ。話にならない」
兵器。
その言葉に、思わず眉間にシワを寄せる。
「魔導銃、それに機兵か」
「それもある。けど、それだけじゃない」
「まだ隠し玉があると?」
「うん。――例えば、眼の前にいる彼」
頑なに沈黙を貫く帝国軍人を、ノアは険しい表情で見やる。
毅然とした態度。敵の言葉に一切耳を傾けず、ただ己の実力を出し切り、任務を遂行することに専心する。
軍人としてはこの上ないほどに、規範的な男だ。
「奴がどうした」
「彼、多分だけど只の兵士じゃないよ」
「……何?」
衝撃的な言葉に、思わず構えが揺れそうになる。
途端に間合いを詰めようとする男を牽制しながら、ノアの言葉の真意を探る。
(ただ腕の立つ者ではない、ということか。――いや、そうか)
一つの閃きが脳裏を過ぎった。
「ホムンクルスの類か。アナスタシアのところで見た覚えがある」
「……ホムンクルス? いや、そんな大層なものじゃない」
首を横に振ったノアが、魔導銃で軍人を狙いながら、言葉を続ける。
「――強化歩兵。本国では、確かそう呼ばれていたかな」
「強化歩兵だと?」
ピクリと、軍人の眉が揺れたのが見て取れた。
どうやら図星らしい。
そう確信しながら、ノアとの会話を続ける。
「何だ、それは」
「ざっくり言うと、特殊な強化を施した兵士のこと。反応速度を高める薬品の投与とか、膂力を高める人体改造とか」
「それはっ」
「白か黒かを問えば、限りなく黒に近いグレー。だから本国でも、あまり明らかにはされていない」
そんな事柄をなぜお前が知っているのか、という疑問はひとまず棚上げして。
聞く限りでは、かなり非人道的な行為が行われているようだ。どういった理由があるにせよ、人の身体を無闇に弄るなど、褒められた行為ではない。
反射的に嫌悪感を抱いたところで、相対していた帝国軍人が、その顔に憤怒の色を過ぎらせたことに気がつく。
「何だ」
「……私は本国の方々のおかげで、こうして戦場に立っている。そのことに恩義を感じこそすれど、恨みを抱くゆえはない」
想像よりも重苦しい声。
見た目は二十代半ばの様子だが、そのしわがれた声は、まるで老齢の兵士のようだった。
思わずギャップに首を傾げたところで、フォローするようにノアが口を開いた。
「強化処置が為されるのは、志願兵だけ。そのほとんどが、身体が欠損したり老齢で動けなくなってもなお、軍人として働きたいって人」
「ならば、奴も」
「彼は後者の方だろうね。老齢で退役してもなお、戦うことを選択した」
「……そうか」
まだ帝国の為したことには、納得が追いつかない。
人の身体に紛い物を入れ、手を加える。それはとても罪深いことに思えるし、ヤマト自身に提案されたならば、即座に一蹴することだろう。
だが。
(老いて力尽きてもなお、戦地に立とうとする。その心意気は――)
到底、笑う気にはなれなかった。
ヤマトの眼が変わったことを察したのか、ノアが口を閉ざし、帝国軍人も怒りを収める。
代わりに辺りを覆うのは、周囲の喧騒だ。
(帝国の攻撃が、先の掃射で終わりとは思えない。この後に、詰めが来る)
帝国の目的が、大陸に喧嘩を売ること――すなわち、大陸の支配なのだとすれば。
初戦たるこの場は、文句のつけようがないほどに、圧倒的な勝利を求めるはずだ。
「退いた方がいい、か」
確認するようにノアへ視線を流せば、小さな首肯が返ってくる。
彼も、ヤマトと同意見らしい。
ヒカルとリーシャの安否は不安だが、彼女たちの力ならば、ヤマトたちよりも遥かに手際よく撤退できるはず。今は、己の心配だけをするべきだ。
意見を合致させ、ジリっと間合いを半歩分ずらしたところで。
「――逃がすと思うか」
軍人が、一歩間合いを詰めてきた。
「……ちっ」
舌打ちが漏れる。
奴に足留めされて、何とかケリをつけた頃には、もはや抗いようがないほどに詰まされる。
それは、想像するだけでも面白くない結末だ。
(速攻で沈める他ない)
事ここに至りて、会話を交わす必要も、視線を向ける必要もない。
無言のまま手に力を込めれば、それだけで充分だ。後ろでノアも意識を切り替えたことを察して、ふと笑みが零れた。
(久々に、ノアに背中を任せることになるか)
数ヶ月前までは、修羅場のたびに任せていた背中だ。
今再び預けることに、何一つ心配はない。
「――いざ」
己を鼓舞し、ノアを鼓舞する。
その一声を放った一瞬の後に、ヤマトは鋭く踏み込んだ。