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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
328/462

第328話

 時を経るごとに、戦場の混沌さが増していた。

 人間兵と魔族兵が血で血を洗う戦いを繰り広げ、エスト高原の大地が赤黒く染められていく。血臭死臭がむせ返るほど充満し、絵に描いたような地獄絵図が広がっていた。

 そして、そんな凄惨な光景を斬り裂くように振るわれる、光の刃。


「……酷いものだな」


 それら全てを眼下に収めながら、その男は小さく呟いた。

 男の姿は、一言で表せば“流麗”に尽きるだろう。

 血生臭い戦場には似合わない、折り目正しい軍服。その端々を彩る、金銀綺羅びやかな勲章の数々。そして、まるで舞い踊るかのような洗練された仕草。風に煽られて碧色の髪をなびかせる姿は、ここが戦場であることを忘れさせるほどに優美。

 男は苦痛に顔を歪めながらも、戦場から顔を背けようとはしない。静かに、何かを眼に焼き付けようとする真摯さをもって、ジッと戦場を見つめていた。


「――将軍!」


 そんな男の元へ駆け寄ってくる、一人の男。

 柔らかな茶髪に、人好きのする端正な顔立ち。それでいながら、眼の奥には隠し切れない野心の光が覗いている。


 将軍カイン。

 若輩の身でありながら異例の出身を遂げた、帝国の出世頭だった。

 巧みに野心を隠し、心から上官を案じるような表情を作るカイン。そんな彼に呆れた顔をしながら、男は問い返す。


「どうしたカイン。そんなに慌てて」

「その場所は危険です。御身に万が一のことがあっては、本国に申し訳が立ちません! すぐに陣中へお戻り下さい!」

「そういうわけにもいかん」

「しかし――」


 更に諫言を重ねようとするカインを、男は手を挙げて制止した。


「これ以上の問答は無用。それに、我らがこれから為すことを思えば、危険だからと退くわけにもいくまい」

「はっ、ですが……」

「護衛ならばいる。周囲の警邏も充実している。ここで怯えるようでは私の――次期皇帝としての格が損なわれるというものだろう?」

「……仰る通りです」


 次期皇帝。

 自らをそう称した男の言葉を、カインは否定せず、恭しく跪いて応える。

 カインの姿を満足気に見つめた男は、再び視線を転じ、ちょうど戦場から迸った光の刃へ眼を向けた。


「あれが、勇者か」

「はっ。報告によれば、本陣まで奇襲を仕掛けた魔族と交戦しているとのことです」


 その報告に、男はピクリと細眉を動かす。


「一人か?」

「はっ?」

「その魔族は一人なのか? 一人で、勇者と戦っているのか?」

「そのようです」

「……そうか」


 思慮を重ねるように、光の刃が迸った場所を睨みながら首肯する。

 そんな男の姿に、理解が追いつかなかったのだろう。疑念を顔に浮かべたカインが、躊躇いながらも口を開いた。


「……あの、それがどうかされましたか」

「うん? いやなに。魔王軍にも相当な人材が眠っているらしいと、そう確信しただけだ」

「勇者と戦っているという、魔族のことですか」


 カインの言葉に、男は頷く。


「単騎で勇者と渡り合う武勇は勿論、本陣への奇襲を成功させた手際もいい。ぜひとも雇用したいな」

「それは……。反発が大きいと思われますが」

「そこを率先して変革するのが、帝国の役目であり、皇帝の役目であろう?」


 そう嘯く男の眼差しに、面白がるような光こそあれど、冗談を口にしているようなところはない。

 本心からの言葉。

 それを直感したカインは、咄嗟に笑い飛ばそうとした口を閉ざし、静かに頭を垂れる。


「御身が望むのであれば」

「うむ。ただまあ、全てはこの作戦が済んだ後の話だな」


 平伏するカインに向けて、何かを促すような視線。

 それで意図を察したカインは、握り拳を胸に当て、朗々と声を挙げた。




「強化歩兵隊ならびに機兵隊、既に配置についております! いつでも決行は可能です!」




「よくやった。ならば、始めるとしよう」


 戦場に混沌が渦巻き、既に秩序は跡形もなく失われている。

 狂気にも似た熱気は際限なく高まり、人も魔族も区別なく、皆が理性を失っていた。


 ――ゆえに、好機。


 男は腰元に下げていた魔導銃を手に取り、その銃口を天空へと向けた。


「これを撃てば、計画が始まる。そなたも準備はいいな?」

「はっ! 自分も、覚悟は既にできております!」

「そうか。ならばいい」


 そう口にしながら、男は再び戦場へと眼を下ろした。

 兵たち皆が刀剣を手にし、互いに血を流しながら敵へと振り下ろす野蛮な戦。野蛮であるがゆえに、人の情念がより大きな力を持ち、個々が重視される戦場。

 そんな前時代的な戦が、今日この時を境に、一変するのだ。


「人が刃を握り人を殺す。そんな戦いは今日限りで終わりだ。これからは、富で全てが決する」


 もう誰かの都合のために、人が血や涙を流す必要はなくなる。

 その理想を体現すべく、この地に集う者には多大な犠牲を強いることになるが――。


「……皆のことは忘れない。必ずあなたたちの犠牲に報いると、私はこの地に誓おう」


 神の前で宣誓するかのような、厳かな口振り。

 そっと眼を瞑り、数秒だけ黙祷。

 やがて顔を上げた男の瞳には、静かでありながら強い決意が宿っていた。


「――さあ、始めよう」


 引き金が引かれる。

 高らかに銃声が鳴り響いた。


『………』

『………』


 戦場で刃を振るっていた者たちの手が、派手な銃声で一瞬止まる。

 誰もが音の源を探り、そして丘の上に立つ男の姿に気がついた。

 そして、息を呑む。




「これより、帝国は世界へ――同盟軍諸国と魔王軍に対して、宣戦布告をする!!」




 その声を聞いた者は、すべからく耳を疑ったことだろう。

 だが、その疑念を解決する暇を与えることなく、男は脇のカインへ眼を向けた。


「カイン、号令を」

「はっ。機兵隊、前へ!!」


 カインの号令に従い、鋼鉄の兵士が前進する。

 彼らの手に握られているのは、魔導銃。男が持っていたような拳銃とは訳が違う。鋼ごと人を殺せる威力を秘めた長銃だ。

 その機兵の総数、実に数千。


『あれは……?』

『鋼の、人形?』


 戦場に立つ誰もが、今から起こる光景を予期できないでいる。


 ――だがそれは、この上なく幸運なことだろう。


「構えぇッ!」


 長銃が一斉に構えられた。

 エスト高原で死闘を繰り広げていた兵たちを、ぐるりと囲むように円形を作った機兵たち。

 冷たい鋼鉄から放たれる威圧感を、兵は“殺意”と認識することができない。

 そして。




「撃てぇッ!!」




 無数の銃声が、天地を揺るがした。

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