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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
326/462

第326話

 同盟軍兵が起こしたボヤ騒ぎに乗じて、前進指示。

 数では劣りながらも、兵捌きと士気の高さが功を奏し、辛うじて戦いを優位に進めていたところのことだった。




「ハァァアアアッッッ!!」




 雄叫びと共に放たれた、一振りの刃。

 恐らく――いや、間違いない。あれほど桁外れな攻撃を繰り出せる者は、勇者をおいて他にはいまい。ただその一撃をもって、魔王軍は半壊させられた。

 そして次ぐ、同盟軍の突撃。


(これは、マズいな)


 陣頭にて兵たちを取りまとめながら、ヘクトルは一筋の脂汗を流した。

 戦場は今、血気に逸る同盟軍兵士と、当惑し慌てふためく魔王軍兵士が入り混じり、眼も当てられない惨状になっている。そこかしこで血飛沫が舞い悲鳴が響き、一つまた一つの生命の花が散っていく。

 思わず眼を背けたくなるが、今のヘクトルに、そんな不義理は許されない。


「全指揮官に司令! 兵をまとめよ! 今は時間を稼げばよい!」

「ですがヘクトル様! ここで戦ったところで、我々に後は――」

「まだ希望はある! 案ずるな!」


 血の気が失せた顔をする同僚を、大声をもって一喝する。

 それで、幾分か落ち着きを取り戻せたらしい。男はハッと我に返った表情になり、不安げな顔をする兵の鼓舞へと走っていく。

 その背を一瞥した後、ヘクトルは視線を遠く――同盟軍本陣へと向ける。


(こちらは想定よりも劣勢だ。早く頼むぞ、ヘルガ――!)


 経験未熟な義勇兵らと、秘蔵っ子たる第一騎士団の面々。

 それらを別働隊として率いたヘルガが、今頃は同盟軍本陣へ奇襲をかけているだろう。

 彼の力――というより、魔王の加護を持たない者が、勇者を討滅できるとは思えない。だが、旗頭が直接襲われていると知れば、同盟軍に混乱が走るだろう。

 そここそが好機。

 ゆえに、今は。


(ただひたすらに、耐え凌ぐ他ない!)


「大将首! てめぇを殺れば俺は――」

「未熟!」


 一喝と共に、近づいてきた兵を大盾で殴り飛ばした。

 悲鳴も上げられずに吹き飛ぶ兵へ眼も向けず、ヘクトルはぐんっと一歩前へ。陣幕を抜け、血の匂いが充満する戦場へ立った。


(混乱、恐怖。やはり勇者の一撃が大きかったか)


 思わず渋面になる。

 接触間際に放たれた、勇者の一撃。ただ一振りをもって数多の生命を奪った攻撃に、恐怖心が植えつけられているのだろう。

 本来であれば身体スペックで勝るというのに、兵たちの動きが悪い。


(何とか、皆に希望を持たせねば――)


「ヘクトル様!?」


 ヘクトルの姿に気がついた魔族兵が、慌てた表情になる。


「ヘクトル様、どうしてここへ!? いったい何のつもりです!?」

「知れたこと! 我も前へ出る!」

「それは……! ………ご武運を!」

「うむ! そなたもな!」


 何事かを飲み下し、敬礼をする。

 そんな兵の態度に頷き、ヘクトルは更に前へ出ていく。

 途端に眼に入るのは、同盟軍兵によって蹂躙されていく魔族兵たちと、そんな彼らに必死の抵抗を見せる者たち。いとも容易く生命が散り、血肉が大地へぶち撒けられる。


(酷い光景だ。だが――)


 眼を逸らすわけにはいかない。

 吐き気を催す風を飲み込み、肺に空気を溜める。一秒ごとに、頭が戦闘時のそれへと切り替わっていく。

 微かに込み上げる恐怖感を黙殺し、覚悟を固めた。



 

「――聞け! 勇猛なる兵たちよ!!」




 動乱の中にあっても、確かな存在感を放つ声量。

 それは、敵味方問わず数多の視線を引き寄せた。

 魔族兵からは畏怖と希望の眼差し。そして人間兵からは、殺意と欲望の眼差し。

 それら全てを受け止め、併呑し、正面から挑むように胸を張る。


「我らが後ろには魔王様が――我らの希望がいらっしゃる! ここが踏ん張りどころ! 例え屍兵と化そうとも、敵を進ませてはならん!」


 その言葉で、幾人かは気を取り直したことだろう。

 決意を新たに、人間兵へ向き直る兵士たちが見受けられた。


 ――だが、まだ足りない。


「天におわす神々よ! 地に眠りし霊魂よ! そして我が主魔王よ! とくとご覧あれ!! ――ぬぅんッ!!」


 何をやるつもりなのか。

 怪訝そうな視線を向けてくる兵たちを他所に、ヘクトルは全身の魔力を解放した。


『な、何だあれは!?』

『ヘクトル様、まさかお力を!?』


 白亜の肌が漆黒に染まり、赤色の眼光がより獰猛に輝く。

 可視化されるほどに凝縮された魔力が溢れ出し、周囲の空間を軋ませた。ビリビリと大気と地面が揺れ、魔に疎い者であろうとも、ただならぬことが起きると予感させる。


 ――まだ、この程度ではない。


「ぉぉおおお………ッ!」


 限界を通り抜け、更に高く。

 身体の髄から魔力を生み出し、秒ごとに充満させていく。四将軍の身をもってしても抗い難い、莫大な魔力。

 相対する同盟軍のみならず、見守る魔王軍の間にも、動揺が伝播していく。


「勇者だ何だと、小童が粋がる……!」


 これ以上は、身体が崩壊する。

 あまりの魔力量に脳がスパークし、本能が全力で警鐘を鳴らす。それら諸々を意識の外へ排し、ヘクトルは前方――同盟軍本陣があるはずの場所へ、眼を向けた。

 腕を、掲げる。




「魔族を――我らを舐めるなッッッ!!」




 咆哮。同時に、魔力解放。

 もはや術の枠に留めることすら叶わない魔力が、ただ力の奔流となって溢れ出す。

 直接触れた者は尽く蒸発し、残滓に触れただけで昏倒させる。先の勇者の一撃に勝るとも劣らない威力が、戦場を貫いた。


『………』

『………』


 騒乱に包まれていた戦場に、沈黙が舞い降りる。

 その中、全員の視線を一身に浴びたヘクトルは、キッと同盟軍を睥睨する。


「――総員、構えぇッ!」


 一声により、魔王軍兵が統率を取り戻す。各々の武器を手に、眼前の敵を睨めつけた。

 対する同盟軍側には、混乱と恐怖が入り乱れる。


 ――逃す手はない。


「突撃ぃッ!!」




『『『―――――ッッッ!!』』』




 雄叫びを挙げ、魔族兵が突貫する。

 再び鮮血の雨が空に散っていく。死臭が瞬く間に充満し、エスト高原の大地を赤黒く染めていった。

 勇猛かつ果敢に攻撃を仕掛ける魔王軍を見やり、彼らの手綱を取り戻した同僚たちを認めてから。


「――ふぅ」


 深呼吸。

 今にも倒れ込みそうな重い身体を引きずり、陣幕の中へと下がっていく。


「ヘクトル様! お身体の方は――」

「問題ない。が、少し休ませてもらおう」


 心配そうな面持ちで近寄ろうとする兵を制止し、ヘクトル用に備えられた椅子へと腰を落とした。

 途端に、身体がバラバラになりそうな痛みが全身を駆け巡った。ふっと視界が暗くなったところを、すんでのところで堪える。魔力が空になった反動か、指先一つ動かすことすら、今のヘクトルにとっては至難の業だ。

 もはや、この場から一歩たりとも動けそうにない。


(一か八か、ではあったが……。何とか、成功してくれたか)


 今になって、己が成したことを実感する。

 勇者が仕掛けた一撃により、混乱へ陥った魔王軍。彼らの意気を鼓舞するべく、そして同盟軍の意気を挫くべく、分かりやすい力を示す必要があった。

 それが、先の“あれ”だ。

 そして、この陣幕へ戻るまで気丈な姿を保ち続けることも、パフォーマンスの一つ。


(勇者にとっては軽い一撃が、我にとっての渾身の一撃と知られたならば、更に混乱が大きくなるところだった)


 かなりギリギリの綱渡りではあった。

 だが、結果だけを見たならば、ヘクトルの行為は大成功と言えるだろう。

 危地に陥った魔王軍を立て直したのみならず、息を吹き返させ、今は逆に攻勢へと転じさせている。


「後は、ヘルガが上手くやれば、大勢にて勝利を掴むことも可能だろう」


 あえて希望的観測を口にした。

 無論、現実はそう容易く事は運べないだろう。今の攻勢にしても一過性のものに過ぎず、時が経てば、膠着状態へ陥ることは想像に容易い。

 だから、今だけは。


(身体を休め、力を取り戻す。そうしなけば、何もできない――)


 勇者と対峙しているだろうヘルガ。

 数の多い同盟軍と戦う、魔族の兵たち。

 そして――まるで音沙汰のない、戦友たる剣士。

 彼ら一人一人のことを脳裏に思い浮かべながら、ヘクトルの意識は闇へと沈んでいった。

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