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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
324/462

第324話

 幾人かの悲鳴を伴って、火柱が打ち上がる。

 盛大に火の粉が舞うと共に、戦場の空気が一変した。そのことを肌身に感じ、ヒカルはそっと溜め息を零した。


「始まったわね」

「あぁ」


 隣に控えていたリーシャの言葉に、神妙に頷く。

 両軍の間で静かに張り詰めていた緊張は、今この瞬間に解けた。これから後は、球が坂を転げ落ちるように、両軍の正面衝突へと雪崩込むばかり。


(今のところ、旗色はこちらが劣勢か)


 旗頭として毅然とした態度は崩さないままに、冷静に分析した。

 正面から真っ向に激突したならばまだしも、今回の開戦は、同盟軍陣営で生じた混乱がきっかけだ。自然、統率を乱さない魔王軍の進撃に対して、同盟軍は押され気味になっている。

 数の上では優勢。ゆえに、今さえ持ち堪えたならば、逆転も容易だろう。

 だが。


「犠牲は大きくなる」

「……仕方のないことよ」

「そうかもしれないな」


 一拍の間を置いて口に出されたリーシャの言葉は、彼女の不承不承という内心を包み隠さず表していた。

 ゆえに、ヒカルにとっても決意は容易い。


(やるしかない、な?)


 己の調子を確認する。

 脈拍は正常。呼吸も正常。無意味な緊張もなく、極々自然体のままに立っていられる。

 極めて正常――否。ここが戦場であることを加味すれば、絶好調とすら言えよう。


(変わったな、私も)


 数ヶ月前からは、思いもできない姿。

 そのことに思うところはあったが、今からすれば、ただ都合がいいだけだ。




「――出るぞ」




 低く力強い声が、辺りに響いた。

 そこに、かつてあったような揺らぎは微塵もない。ただ真っ直ぐに、己の為すべきことを見定めた戦士のひたむきさが表れていた。

 唖然とした表情を浮かべるリーシャたちを尻目に、腰元の聖剣を抜き払う。


「なっ、何を!?」

「既に言ったぞ。私が出る。道を空けてくれ」

「そんな、無茶を言わないで!」


 リーシャの言葉に、首を横に振った。

 決意は揺るぎない。今更何を言われたところで、この気持ちが揺らぐものか。


「私が前線に立ち、軍を押し上げる。それこそが、最も手っ取り早い解決方法だ」

「そんなこと、本当にできると思うの?」

「できるさ。私と、この力ならば」


 聞きようによっては、その言葉は酷く傲慢なものに響いただろう。

 ただ一人の力で万を覆す。そんなものは非現実的すぎて、物語にすら描けない。せいぜい、神話の戯言として著される程度だ。

 だが、今のヒカルには確信があった。


(以前、氷の塔で戦ったのが四将軍――つまり、魔王軍におけるトップ。仮に、魔族兵全員が彼らと同程度のちからを持っていたとしても)


 魔族と直接刃を交えた機会は、そう多くない。

 だが、その当時の手応えと、今の自身の力量。それらを照らし合わせれば、見えてくるものはある。


 ――彼ら程度ならば、容易く喰らい尽くせる。


「ヒカル……」

「済まない。だが、これが最善手だ」


 ヒカルの揺るぎない決意を感じ取ったからだろう。各国から派遣された護衛兵たちは、ヒカルの道を空けていく。

 今なお抵抗を見せるのは、リーシャただ一人。

 彼女に道を譲るよう、強い眼差しを向ける。


「……それは、“彼女”に言われたから?」

「何?」

「“彼女”が――アナスタシアがそそのかしたから、あなたはそんなことをするの?」

「……そんなことは……」


 否定しようとして、否定し切れない自身に気がつく。

 昨夜、ヤマトたちと別れた後に、リリの――曰くホムンクルスの身体を介して、アナスタシアが接触してきた。戸惑いと警戒の中、彼女からもたらされた言葉は、確かにヒカルの中へ楔を打ち込んでいた。


(『勇者の力をもって、魔王軍を蹴散らせ』――か)


 確かに、今から為そうとしていることは、アナスタシアが告げた言葉に従うようなものだろう。

 少なくとも、アナスタシアの言葉によって、ヒカルへその可能性は示された。そうでなければ、己一人の力で戦いを幕引きさせようなど、そんな荒唐無稽な話を思いつくはずもない。

 じっと静かに見定めるようなリーシャの視線に、ふっと溜め息を零した。


「……そうだな。否定はできない」

「なら――」

「だが、私自身でよく考えたことだ」


 強い口調で押し切る。

 なおも反論を重ねようとするリーシャに向けて、さっと手の平を向けた。


「何も、奴ら全員を滅ぼすつもりはない。ただ一撃を見舞い、軍が立て直すまでの時間を稼ぐだけだ」

「……そう。決意は固いみたいね」

「あぁ」


 やがて、諦めたようにリーシャは溜め息を零した。

 辺りの緊張感が霧散し、護衛兵たちがほっと安堵するのも分かる。


「分かった。そういうことなら、もう止めない。けど、私もついて行くわよ」

「あぁ。むしろこちらから、よろしくお願いしたいくらいだ」


 リーシャには見えないだろう。だが、兜の中で破顔せざるを得なかった。

 初代勇者の武具――剣、鎧、篭手の調子を確かめる。どれも、これまでの修羅場で活躍してくれた時と同様の、変わりない輝きをもってヒカルの心を照らす。


(――やれる。私なら、問題なくやれる)


 言い聞かせ、陣の外へ出る。

 小高い丘から望めるのは、混乱を顕わにする同盟軍の兵たちに、彼らへ襲いかかろうとする魔王軍の兵たち。すぐ近くまで詰められているものの、衝突自体はまだのようだ。


「これなら、巻き込む心配もない」


 ふっと息を吐き、手元の聖剣を起動する。

 途端に、神々しい白光が辺りを包み込んだ。同盟軍の兵たちは落ち着きを取り戻し、逆に魔王軍の兵たちは慌てたように狼狽える。

 聖剣に宿りし神性が、彼らにも理解できたのだろう。


(――撃つ)


 聖剣を振りかぶり、大上段へ。

 脳裏に描いたのは、パーティ内で最も頼りになる剣士の姿。彼が放つような、神速かつ強大な一撃を。




「ハァァアアッッッ!!」




 放った。

 白い光の刃が空を裂き、同盟軍の頭上を飛び越えて、魔王軍の元へ吸い込まれる。


 一瞬の静寂。


 直後に光が爆発し、魔族兵と思しき小さな影をあちらこちらへ吹き飛ばす。


「聞け! 勇壮たる兵たちよ!」


 寒々しい破壊が熱を失わぬ内に、声を張り上げた。

 勇者として陣頭に立つ内、自然と身についた発声術。それを遺憾なく発揮し、呆然とした兵たちの視線を釘付けにする。


「遂に時が来た! 今こそ、奴らに痛撃を喰らわせ、退けようぞ!!」


 ヒカルの言わんとすることが伝わったのだろう。

 即座に兵たちがまとまり、各々の武器を手にして前方を――慌てふためく魔族兵を捉える。

 むわっと狂暴な熱気が立ち昇る。そこに秘められた殺意を如実に感じ取りながらも、躊躇いはない。




「――突撃ぃッ!!」




 声を張り上げる。

 途端に、兵たちが一斉に魔王軍目掛けて雪崩込んだ。先んじて大筒が火を吹き、動揺する魔王軍陣中へ大穴を空けていく。

 その様子を一通り確かめてから、ヒカルは振り上げた聖剣の刃を下ろした。


(ひとまず、役目御免か)


 勇者として、陣頭に立つだけの意義は果たした。

 ふっと脱力し、踵を返した。これ以上ここにいても、ヒカルにできることはない。

 すぐ隣に、控えていたリーシャが駆け寄ってくる。


「お疲れ様、ヒカル」

「あぁ。上手くいってよかった」

「そう。その……、大丈夫?」


 思わず、リーシャの言葉に首を傾げそうになった。

 「大丈夫」? それは、いったい何に向けての――




「――見つけたぞ、勇者」




「………っ!?」


 ゾクリと、冷水を浴びせられたような感覚。

 いつの間にか乱れていた呼吸を整えながら、声の主へと眼を向ける。


「お前は……」

「自己紹介は必要あるまい? 既に一度、顔を合わせたことがある」


 黒い鎧兜に、黒い剣。

 深淵の闇を人の形へ押し固めたような、不気味な存在感。兜の奥から覗く赤い眼光が、彼を魔族――それも、相当に高位な魔族であることを伺わせる。

 危機を察知したリーシャが前へ出て、脇を護衛兵が固める。

 その背を頼もしく思いながら、ヒカルは黒騎士――魔王軍第一騎士団長ヘルガへ、鋭い眼を向けた。


「あぁ。見覚えはある。それで、ここへ何の用だ」

「ふっ、知れたことを――」


 ぬらりと黒剣が抜き放たれる。

 肉厚かつ鋭利な刃。ヘルガの殺意を形にしたような、獰猛な輝きが剣に宿っている。

 それを眼前に構え、悠々と立ちながら。




「――貴様を、斬りにきた」




 挑戦状を、叩きつけた。

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