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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
320/462

第320話

「まったく。すぐに気づかなくたっていいじゃないか……」

「気づいたものは仕方ないだろう?」


 まだ朝早く、人手の少ない陣中にて。

 魔族兵の格好に身を扮したノアは、もはや勝手知ったる様子で先導しながら、愚痴るような言葉を零していた。


「服装は勿論、言葉だって魔族訛りを入れたし、肌も黒く見えるように手を入れたりしたんだよ? だっていうのに」

「そう言われてもな」


 「なぜ気づいたのか?」と問われても、ヤマトからはつまらない答えを返すことしかできない。

 感覚、直感、第六感。

 およそノアたちが非科学的と断じて捨てるもの。それらに従ったまでのことだ。


「直感というのも、捨てたものではない。そういうことではないか?」

「結局、自覚なしってことか……」


 そんなヤマトの応答も、ノアにとっては論じるまでもないことだったのだろう。言葉を丸ごと無視し、己の思考の海へ没入する。

 どこか懐かしいその様子に溜め息を吐きながら、ヤマトは周囲を見渡した。


(だが確かに、ノアの擬態は成功しているらしい)


 陣中を堂々と歩きながら、魔族兵の誰一人として、ノアへ奇異の視線を向けていないことが何よりの証拠だ。

 彼が“どこにでもいる兵士の一人”と認識され、眼に留めようとする者すらいない。それは、確かに驚嘆に値することのように思えた。

 ノア以外にこのような真似ができる者など、そうはいないだろう。


(例外を挙げるとすれば――クロ、くらいか)


 だがあれは、存在そのものがイレギュラーのような生き物だ。

 比較するだけ無駄であるし、別の見方をするならば、比較対象に挙げられるだけマシとも言える。

 いずれにせよ。


「今のところ、俺以外に看破された訳ではないのだろう? なら、そう気を病むこともないはずだ」

「……その一人を欺けてない時点で、かなり問題なんだよね」


 不満を隠せない様子ながらも、それが言いがかりに過ぎないと自覚していたのだろう。

 ノアは諦観を滲ませた溜め息を一つ零し、気を取り直すように頬を叩いた。


「考えても仕方なし! ほらヤマト、さっさと行くよ。早く行かないと将軍たちに怪しまれる」

「おう」


 首肯する。

 ヘクトルやミレディ相手ならば、多少遅れても誤魔化すことができるだろう。だが、本陣営の最高司令官はヘルガだ。

 彼の趣味嗜好や逆鱗の在り処が分からない以上、下手に刺激することは避けた方がいい。


「………」

「………」


 しばしの無言。

 まだ地の底へ隠れていたはずの陽が、いつの間にか姿を現している。柔らかな陽射しが大地を照らし、徐々に周囲へ魔族兵の姿が増え始めた。

 慌ただしく戦備えをしていく兵らを見やり、ヤマトは内心で小さく頷いた。


(皆、緊張しているらしい)


 無理もない。

 先の開幕戦を経たとはいえ、この場にいる兵たちは戦経験が浅い――というより、ほとんど新兵同然だ。

 戦場独特の空気に慣れるためには、自らの身をもって体感する他ない。頼もしい将軍らに率いられているという安心感があったとしても、それは変わりようがない事実。

 一度でも死線を潜り抜けたならば、肝も自然と据わるようになるものだが――。


「止めだ」


 小さく呟く。

 魔族兵の行く末を案じたところで、仕方がない。ヒカルたちに協力する身上ゆえに、ヤマトにとって彼らは、いずれ斬る相手でしかないのだから。

 形容し難い苦味が口いっぱいに広がる。

 それが面へ出る前に、ヤマトの肌がとある気配を察知した。




「――着きました」




 先程までの気安い雰囲気を一変させたノアが、ピリッと張り詰めた声を上げる。

 ヘルガたち将軍らが座する天幕の前。見張りたちの眼から逃れるために、一兵士としての立ち居振る舞いに戻ったようだ。


「ご苦労」

「ハッ、自分はこれにて失礼します。また伺いますので、御用がありましたらその時に」

「分かった」


 「後で合流する」。

 そのような旨の伝言を残して、ノアは小走りに立ち去っていく。

 後に残されたヤマトは、天幕の中から確かに覚えのある気配を感じつつ、深呼吸を数度繰り返した。


「失礼する」


 腹をくくれば一瞬のこと。

 天幕の垂れ布を跳ね上げ、中へ踏み込んだ。即座に周囲を見渡して、はてと小首を傾げる。


「……将軍一人か?」

「あぁ、そうだ」


 軍議の場として使われる天幕の中にいたのは、黒い鎧兜を着込んだヘルガただ一人。

 同じ四将軍であるヘクトルやミレディの姿や、ヘルガに追従する将軍たちの姿もない。


(誰かが潜んでいる、ということもないらしいな)


 念の為に周囲の気配を探るものの、ヤマトの感覚には何も引っ掛からない。

 正真正銘、ヘルガ一人だけ。

 そんな状況に、疑念と同じほどの危機感を覚えた。


「何の用だ」

「そう大した用件ではない。楽に聞け」


 とても「はいそうですか」と頷ける状況ではない。

 そう言い返したい気持ちをグッと堪えたまま、ヘルガの鉄兜を睥睨した。


「端的に言えば、今日の我らの動きについてだ。我が隊と行動を共にする以上、貴様にもある程度の活躍を期待する」

「……そうか」


 応えながら、昨夜交わされたヒカルたちとの密談を反芻する。

 彼女らと合わせて動く以上、ヘルガの言葉の大半は無視せざるを得ない――更に言えば、裏切ることになるのだが。


(馬鹿正直に明かす訳にはいかないからな)


 努めて外面へ内心を出さないよう気を払いながら、応じる。


「聞こう」

「……簡単なことだ。我が隊は我が隊で動く。貴様は、陣へ入った後は好きに動け」

「む」


 思わず耳を疑う。

 事実上、指示には従わなくていいという言葉。監視の眼を欺く必要がないという意味で、都合よくはあるのだが。


(もしや、気づかれたか?)


 そっとヘルガの表情を伺おうとして、鉄兜で隠されていることに気がついた。自らも認識阻害の仮面を着けていることを棚に上げて、内心で舌打ちをする。

 先日、ミレディからヘルガについて軽く話されたことを思い返す。曰く、彼も直感や第六感に従って物事を決する気がある、ということだった。


(厄介な)


 先は他人事とばかり思っていたノアの苦慮が、今ならば心から同感することができた。

 だが、心の中でなじってみたところで、現実が好転する訳でもない。


「分かった。それでいいならば、そうさせてもらおう」

「以上だ」


 わざわざ呼ぶ必要があったのかと、改めて問い直したくなるほど短い問答。

 元々はもう少し実のある話をしようとしていたのかもしれない。そう思えば、迂闊にも内心を読み取られてしまったことが悔やまれた。


「……それでは、失礼する」


 クルリと踵を返す。

 背中越しに、深々と突き刺すような鋭いヘルガの視線を感じた。その冷たさにゾッと背筋を凍らせながら、ヤマトはそそくさと天幕を後にした。

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