表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
316/462

第316話

「……行ったみたいだね」


 将校の背中が見えなくなり、雑踏に紛れて気配も感じられなくなった頃。

 用心深く口を閉ざしていたノアが、ホッと気を緩めるように息を吐いた。


「いきなり絡まれるなんて、ついてないね。しかも帝国兵にとか」

「……そうだな」


 曖昧に応じながら、先程出会った帝国将校のことを思い返す。

 年の頃は三十程度だったか。相応の場数を踏んだらしい貫禄が備わっており、油断ならない人物だと直感させられた。対魔王軍の最前線に送り込まれるだけあり、帝国本国でも優秀な人物ではいるのだろう。

 だが、それよりも気になった点が一つ。


「帝国は――」

「うん?」

「帝国軍人は皆、あれほどには剣を振るえるのか?」


 今思い出してみても、ビリッと臓腑に痺れが走る。

 尋常ではない使い手。終始穏やかな調子を崩さなかったものの、ヤマトをして、楽には下せまいと察せるほどの力を滲ませていた。

 闘気を鎮めた状態で、それだったのだ。

 もし戦場で出会ったならば、どれほどの難敵となるのだろうか。


(――いけないな)


 血の滾りを自覚したヤマトは、そっと深呼吸を繰り返す。

 今回の戦いを諌めるため、ここに来ているのだ。無闇に闘志を掻き立てても仕方がない。


「まぁ、そうだねぇ」


 ヤマトの問いを受けて、ノアは何かを思い出すように虚空を眺める。


「皆が皆、あの人みたいな使い手って訳じゃないと思うよ。ただ、あの人が可愛く見えるくらいの将軍がいるのは、本当のことかな」

「……そうか」

「帝国の切り札だから、国外に出てきたりはしないはずだけど」


 武者修行と称して大陸各地を放浪していた頃、ヤマトは帝国に訪れたこともあった。

 その時は結局、幾人かの帝国兵と刃を交えるに留まり、将軍らと試合することはできなかったのだが。


(惜しいことをしたな)


 思わず、悔やまないではいられない。

 そんなヤマトの内心を知ってか知らずか、小さな苦笑いを浮かべながら、ノアは言葉を続けた。


「もっとも、彼が外に出たならば、それは帝国が本腰を上げて他国侵略に乗り出したってことだから。起こらないことを祈るよ」

「手合わせしてみたいものだ」

「難しいと思うよ? 皇帝直属の近衛で、滅多に表に顔も出さない人だから」


 そんな人物を、なぜお前が知っているのか。

 内心の声を宥め、逸れた話を戻す。


「なら、先の軍人は帝国内でも腕の立つ方、ということか」

「うーん……。優秀なのは間違いないね」


 そうでなければ、対魔王軍の最前線へ送り込まれたりはしない。

 ある種の納得と共に頷き――ふと、隣のノアへ視線を向ける。


「うん? どうかした?」

「……いや、何でもない」


 先のエスト高原にて、ノアと対峙したことは記憶に新しいが。

 もしノアと件の将校が手合わせしたならば、軍配はどちらに上がるのだろうか。


(ただ闘気を比べただけならば、ノアに勝てる見込みはないが――)


 ノアの強みは、卓越した戦術構築にこそある。

 力の大小を比べるばかりでは、到底気がつくことのできない強さ。ヤマトのように、直接対峙した者でなければ、察することもできない。

 もっとも。


(逆に言えば、あの男は更なる戦巧者かもしれない……となれば、考えるだけ無駄か)


 結局、直接刃を交えないことには、力の定かなところを知ることはできない。

 そう結論づけ、未練がましく闘気を滲ませる心に蓋をしたところで。




「――止まって」




 ノアからの声。

 即座に足を止め、周囲の気配を探る。


(遠くに宴の熱は感じるが、人の気配はない)


 宿泊用の天幕が遠目に幾つか設置されている。

 恐らく、ここは各国が兵のために用意した野営地の、ちょうど中間地点にあたる場所なのだろう。それなりに開けた場所ながらも、国ごとの緊張感を表すように、辺りには一切の天幕が置かれていない。

 加えて、照明の数も少ない暗がり。

 人を見失うほどの闇ではないものの、意識して見ようとしなければ、なかなか見つけることのできない暗所。人が隠れ潜むには、この上ない場所と言える。

 辺りを見渡し、半分以上の確信を持ちながらも、隣のノアに確認する。


「ここが集合場所か?」

「その予定。手筈通りリーシャがヒカルを連れ出せていれば、の話ではあるけど」


 リーシャ。

 出身地のバラバラな勇者一行において、唯一の教会出身者。

 太陽教会が誇る聖騎士団の次席であり、その立場に相応しい能力と生真面目な性格に、ヤマトたちもずいぶんと助けられたものだ。


「リーシャならば、しくじることもないだろう」

「まぁね」


 そう思えるだけの信頼が、彼女にはある。

 ノアもその信頼を疑うつもりはないらしく、ヤマトの言葉にあっさりと頷いた。

 そして、そんなヤマトたちの思いを裏づけるように、小さな足音が二つ。


「二人。馴染みある気配だな」

「ってことは、上手くやったみたいだね」


 わざわざ警戒するまでもない。

 徐々に近づいてくる二人の気配は、長く離れていたとはいえ馴染み深いものだ。今更、他人と間違えるようなことはしない。


(もう、すぐそこにいるのか)


 実に数ヶ月振りになる、仲間たちとの再会。

 気づかぬ内に胸を弾ませながら、ヤマトは足音の主が姿を現す瞬間を待ち構えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ