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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
314/462

第314話

 夜更け。

 既に冬を越したとはいえ、エスト高原を吹き抜ける夜風は冷たい。容赦なく人の温度を奪い去り、気を抜けば風邪では済まない病を患うことになるだろう。

 だがそれは、大陸南部と比べたらの話。


「もう春か。ずいぶんと風が暖かい」


 夜風を全身で受け止め、冷たさの奥から覗ける春の気配を感じ取る。

 僅かに、だが確かに、風の内に暖かさが混じっている。

 そのことを敏感に悟ったヤマトは、ホッと安堵するような溜め息を漏らした。

 思わず頬を綻ばすヤマトとは対照的に、目深に兜を被って魔族兵に扮した少年――ノアは、嫌そうな声を上げる。


「そう? まだまだ冷え込むと思うけど」

「そうか? ……まぁ、そうかもしれないな」


 ノアは肌寒そうに二の腕の辺りを擦っている。

 彼の言う通り、ヤマトも風の冷たさを感じてはいる。それでも、寒風の内に春を感じている理由は考えるまでもない。


(気づかない内に、北地の風に慣れていたということか)


 喜ぶべきか、悲しむべきか。

 それをヤマトが判断する前に、先導していたノアが歩く足を止めた。


「――着いたよ」

「む」


 言われて、立ち止まり顔を上げる。

 そこに広がっていたのは、昼間に魔王軍陣営から遠望していた陣幕。帝国製の大筒が多数立ち並ぶ、対魔王同盟軍の本陣だ。


「ここが……」

「そう、同盟軍の本陣。服装規定とか何もないから、フードも外しちゃっていいよ」


 言いながら、ノアも被っていた兜を脱ぐ。

 従って魔王軍陣営から脱出するために被っていたフードを脱いだヤマトは、辺りから立ち込める人の熱気に、思わず頬を緩ませた。


「懐かしいな」

「何が?」

「空気がな。向こうと違い、こちらには熱気が溢れている」


 厳密には、魔族兵の間に溢れる熱気とは質が違う。

 長らく閉鎖的な空間で暮らしてきたがゆえに、多少粗忽であっても比較的健全な盛り上がりを見せる魔族兵たち。

 他方、様々な娯楽や悪道を身近に置いて暮らしてきたためか、人間の軍での盛り上がりは、やや下品かつ危うい雰囲気を伴っているのだ。

 戦時の高揚ゆえに目立ちはしないものの、狂気をすぐ隣に秘めた熱気の渦。それに煽られて血が滾り出すことを自覚する。


(だが――)


 ふと過ぎる違和感。

 その正体を暴く前に、隣のノアが口を開いた。


「絡まれて騒ぎになると面倒だから。さっさと行くよ」

「……あぁ」


 今のヤマトは潜入中の身。

 騒ぎの渦中に囚われるようなことがあれば、今回の目論見全てが破綻してしまう。

 それは、避けなければならない。


「こっち。特に隠れる必要はないけど、目立たないようにね」

「分かっている」


 夜風に煽られて揺れる照明の下を、ノアが早足で通り抜けていく。

 その背中を見失わないように、それでいて気配を漏らしすぎないように。注意を払って歩を進めながら、ヤマトは周囲を見渡した。


(陣幕は各国がそれぞれ持ち込んだもの、か)


 何気ない光景に見えるかもしれないが、こうしたところから得られる情報もある。

 多国間により同盟軍が結成される場合、戦備えは盟主か近隣の国が行うことが多い。だが、ここの同盟軍にはそうした様子は見られない――ということは。


(教会の求心力は落ちている。それぞれの思惑を秘めた各国が、表面上は結託しているに過ぎない)


 事前にノアから聞かされていた話では、まず脅威と見るべきは帝国軍とのことだった。

 だが、この現状を見るに、脅威は他にもある――と言うより、周囲全てがヒカルにとっての脅威に等しい。


「よくないな」


 このままでは、ヒカルが各国に都合がいいように使い潰される可能性が高い。

 友として仕えるリーシャが補佐するだろうが、彼女一人の力で為せることにも限界がある。

 そんなヤマトの見立てを悟ってか、ノアも静かに首肯を返した。


「今は何とか軍としての体裁を保てているけど、いざ戦いが始まったらどうなるかは分からない。外から見る以上に、この同盟軍はボロボロだよ」

「自然、帝国軍の目論見も果たされやすいということか」

「そうなるね」


 その結末を避けるためにも、どこかで戦いを沈静化させなければならない。

 だが、こうも勢力が分立した同盟軍の戦意を削ぐなど、果たしてできることなのか――


(いや、今はそれよりも)


 軽く頭を振って、立ち込めた暗雲を払い除ける。

 一つ一つ、眼の前のことに集中して取り組むべきだ。あれもこれもと思考を迷わせていては、為せることも為せなくなる。

 そう気を取り直したヤマトの前で、先導していたノアの足が止まった。


「何が――」

「しっ!」


 鋭い制止の声。

 咄嗟に口をつぐんだヤマトは、ノアの視線の先にいる人物へ眼を向けた。


(あの軍服は……?)


「帝国軍の将校。結構な地位に就いている人だよ」

「げ――」


 潜入した矢先に、歓迎できない人物との遭遇。

 その不幸を受けて、ヤマトは思わず天を仰いだ。

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