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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
エスト大戦編
310/462

第310話

 果たして、ヤマトの願いは天に聞き届けられなかったらしい。

 鬱屈とする内心とは裏腹に、憎たらしいほど透明で透き通った青空を見上げながら、ヤマトは漏れ出そうになる溜め息を懸命に堪えていた。


「何を軟弱なことを!」

「将軍! もう少し冷静に――」


 大勢の魔王軍が詰める本陣。

 その中心には、各々の部隊を率いる将軍たちが集められ、直に幕を開けるだろう戦について議論が交わされていた。

 ――と言えたのも、数分前までの話。


「私は冷静だ! 冷静に思考を巡らせた上で、貴殿の論は軟弱が過ぎると言っている!」

「―――」


 口角に泡を飛ばし、顔を真っ赤にした魔族の男が怒鳴り散らしていた。

 見るからに冷静ではない様子。完全に頭へ血が昇った男の言葉に、ヘクトルは努めて真面目な表情を保ちながらも、ピクピクと額の青筋を脈打たせている。


「将軍。ここは理知こそが重んじられる軍議の場。今一度、自らの行いを振り返られよ」

「何を言うかヘクトル! 貴様、よもや臆病風に吹かれたのではあるまいな!?」

「……何を」


 立場の差を鑑みない、過激な発言。

 魔王に聞かれたならば厳罰を免れないだろうものだが、男が言葉を止める様子はない。


(周囲が見えなく――いや、違うか)


 脳裏に浮かんだ楽観的な思考を、即座に否定する。

 男が暴走している? 無論、その面も否めないだろう。だが、彼が言葉を続けられる根底には、より深い理由がある。


『……何故、ヘクトル将軍は言い返さないのだろうな』

『知れている。彼の将軍が言う通り、臆病風に吹かれているのだろうよ』

『ふっ。第二騎士団長と称えられし豪傑が、情けないことだ』


 口々に勝手な発言を繰り返しているのは、軍議の隅に座る将軍たち。

 彼らは叫んでいる男を疎んじる眼をしながらも、他方でヘクトルに対する懐疑的な視線を向けている。


(この場にいる皆が疑っていないのか。所詮人の手で作られた兵器で、魔族の身体は貫けないと――)


 実情を知るヤマトからすれば、「愚か」の一言に尽きた。

 時代遅れな火薬と鉛で作った兵器ならば、確かに魔族の身体は貫けまい。過去に繰り返された大戦でも、人の攻撃がろくに魔族へ通じなかったという記述は、大陸中に残されている。

 だが、いったい何年前の話だと思っているのか。


(帝国の技術は底が知れない。それを、ただ己らへの自負のみで軽視するなど)


 無知、慢心、蛮勇。

 彼らをなじる言葉は山ほど浮かんでくるが、どれも口から出すには至らない。

 ヤマトがするまでもなく、彼らを掣肘する者がいるからだ。




「――口を閉ざせ」




 眼には見えない稲妻が、軍議の場を駆け抜ける。

 受けた者が、直ちに殺意とは捉えられないほどに濃密なプレッシャー。ただただ本能が怯えるばかりの脅威に、皆が閉口する。

 沈黙が舞い降りる。

 口を閉ざすしかできない人々の視線が、一点へと集約された。


「―――」

「ヘルガ殿……」


 第一騎士団長ヘルガ。

 騎士団長でありながら、魔王にも引けを取らぬカリスマの持ち主。物言わず奥の席に腰掛ける彼こそが、この場を支配するかのようであった。

 ただならぬ妖気に、皆が亡我する中。

 ヘルガの言葉が静かに、だが確かに響き渡る。


「我らは敵の威を知らぬ。どれほど弱いのか、どれほど強いのか。我らの手に容易く収められるのか、逆に喰われ得るのか。――であれば、備えるのが道理だろう」


 その言に否定するところはない。

 先の戦で大勝を収めたとは言え、今眼の前に広がっている軍勢は、それよりも遥かな大軍となっている。武装も充実しているだろう現在、見くびるなどできるはずもない。

 溜飲を下げたようにヘクトルが怒りを引っ込めたところで、ヘルガの気配が怪しげに揺らめいた。


「だが――」


 羞恥ゆえか恐怖ゆえか。

 無言で顔を俯かせていた将軍の面を、ヘルガは鉄兜の奥から真っ直ぐに見つめる。


「我らが弱兵であるという証もない。否。むしろ我が眼には、精強なる兵のように映る」

「では、ヘルガ殿は……」

「敵方を脅威と認めようとも、無闇に悲観する必要はない。適切に策を練り、果敢に戦い抜いたならば――」


 一拍の溜め。

 周囲の耳目を己へと集めた後に、ヘルガは小さく頷く。


「我らが敗れる道理はない」

『『『応ッ!!』』』


 先程までの動乱が嘘のような、意思統率された将校たちの応答。

 そこに秘められた熱をひしひしと感じながら、内心でヤマトは舌を巻く。


(流石は第一騎士団長と言うべきか。士気の扱いが上手い)


 己に備わる風格と、周囲からの認識。

 それらをまとめて自覚した上で、端的な言葉のみで周囲を説き伏せる。

 ヘルガが今見せたそれは、確かに彼が「魔王に比肩する」と称されるに相応しいものが感じられた。


(――だが、これは)


 静かな熱に浮かれる面々と、その奥で変わらず腰を下ろすヘルガ。

 彼らの表情を盗み見たヤマトは、仮面の中でスッと眼を細める。


(危険だ。どこかで動くべきか?)


 ヘクトルも有能な指揮官であり戦士であったが、せいぜいが有能止まり。

 いかに優れた采配をしようとも、天賦の才を授けられたヒカルであれば、必ずや切り抜けられるという確信があった。

 だが、ヘルガは別だ。

 そう思考し、無意識の内に気を張ったのがよくなかったのだろうか。


「―――」


 ヘルガの眼が、ヤマトを射抜くように捉えていた。

 その眼からは、何事も感情を読み取ることができない。ただ無機質に、横たわるモルモットを見つめるように、冷たい視線ばかりが投げられている。


「―――」

「―――」


 数秒か、数十秒か。

 ジリジリと背が焦れるような感覚の中、ヘルガの視線だけが明確に感じられる。

 やがて、空気が揺れた。


「……貴様は」

「―――っ」


 ヘルガの発言に、周囲の将校が視線を動かす。

 その視線が一点――ヤマトへと向けられたことに気づくのに、ものの数秒もかからなかった。

 周囲から針のように視線が突き刺さる。

 あまりの居心地の悪さに、ジットリと背に脂汗を浮かべたところで。


「――ふっ」


 ふと、プレッシャーが和らぐ。

 何が起こったのか。

 今一つ状況が分からない中、ヘルガの言葉がすっと耳の中を通り抜けていく。


「面白い。貴様は我が隊と共に動け」

「………」

「さすれば、貴様の目的も果たしやすかろう?」


 目的。

 ヘルガが口にしたその言葉が、厳密に何を差しているかまでは分からない。――だが。


「……その言葉に甘えるとしよう」


 万が一の場合に備えて、ヘルガを眼の届く場所に留めておく。

 それは、ヒカルの身の安全を守るという目的のため効果的であることは、疑いようはない。


(だが、目的か)


 顔面全てを覆い、僅かに眼光ばかりが漏れ出る程度の鉄兜。

 それに覆い隠され、ヘルガの表情を窺い知ることはできないものの。


「―――」


 内面全てを知り尽くすようなヘルガの眼差しから、ヤマトは黙って眼を逸らすしかできなかった。

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