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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
303/462

第303話

「一件落着、か」


 とても本心からそうとは考えていない口調で、ヤマトはポツリと呟いた。

 辺りに広がるのは、見るも無残な瓦礫の山。かつてヤマトたちを圧倒した宮殿は見る影もなく朽ち果て、竜らが棲んでいた山々も荒れ放題になっている。

 勝利――とは、素直に喜ぶことのできない結果だ。


「ヤマト。ここにいたのか」

「レレイ……」


 褐色な肌の少女が、物憂げな表情をしながら歩み寄ってくる。

 何をしていたのかと問おうとして、ヤマトが見ていた景色に思いが至ったのだろう。一瞬言葉を詰まらせてから、そっと眼を伏せた。


「酷いものだな」

「あぁ。だが、眼を逸らす訳にはいかない」


 竜種たちが数多ひしめく、竜の里。そこに秘された力は、人の眼からは到底推し測ることのできないほどに強大だった。

 ヤマトとレレイが少しばかり気を張ったところで、この惨劇が防げたはずもない。そんなことは、ヤマトもレレイも重々承知していた。

 それでも――


『何をそう煤けた顔をしている』

「……“白”の竜」


 瓦礫の山を掻き分け、白い鱗を輝かせながら竜が現れる。

 竜種の頂点に立ち「至高」の名を冠する者であり、先の戦いにおける一番の功労者でもある。

 黒竜の戦いで受けた傷が癒え切っていないのか。鱗の端々には亀裂が残されており、箇所によっては薄く血が滲んでいるようでもあった。


「傷は痛まないのか?」

『案ずることはない。この程度であれば、手当てせずとも数日で治る』


 その言葉は、きっと真実なのだろう。

 人と根本的に身体の異なる竜種は、身体スペックのみならず、その治癒力すらも規格外だ。腕や翼がもがれるといった部位欠損ならばともかく、切り傷や打撲程度であれば、数日放置すればすぐに回復してくれるという。


(だが、あれらは全て黒竜の手によるものだ。ただの傷とも思えないが……)


 そう懸念する心が、表情にも出てしまったのだろう。

 “白”の竜はヤマトとレレイの顔をそれぞれ見やると、やがて呆れたような溜め息を零した。


『あまりつけ上がるなよ人間。そなたらに案じられるほど、我ら竜は落ちぶれていないと言っている』

「それは……」

『今回の件は、そなたらがこの地にいようといまいと、結果は何一つ変わらなかった。その無用な気遣いは、私たちの矜持を蔑ろにしているだけと知れ』

「……そうか」


 竜種らしい、傲岸不遜な物言いだ。

 だが、そのくらい堂々と言ってもらわないことには、ヤマトもレレイも今回のことを気に病み続けたことだろう。


「そう、だな」


 “白”の竜への感謝と、己への不甲斐なさ。

 それら諸々を溜め息に込めて、思い切り外へと吐き出す。


「――よしっ」


 努めて声を上げ、思い切り頬を張る。

 視線を上げれば、ただ冷淡なように見えた“白”の竜の瞳に、どことなく暖かい光が灯されているように見えた。


『それで、気は済んだか?』

「あぁ。すまなかった」

『そうか。ならば、ここからは後についての話をするとしよう』


 後についての話――すなわち、ヤマトが竜の里に来た本題、竜種らの動向についての話ということ。

 思わず佇まいを正したヤマトだったが、“白”の竜はまるで世間話をするかのような気楽さのままに、その顎を開いた。


『今回の襲撃を受けて、私たちも相当な被害を被った。同胞らは未だこの世に数多く生き延びているとはいえ、多くの強者が屠られたことも事実だからな』

「……そうだな」

『私たちとしては、今すぐにでも首謀者に対して報復をしてやりたいところだが――』


 一度言葉を区切り、“白”の竜は辺りの山々を見渡した。


『見ての通り、それができるだけの余裕もない。今は、里を再興させることが先決であろうな』


 それは、この地の下に封じられた初代魔王の左腕のことも合わせて言っているのだろう。

 初代勇者の手によって討伐された魔王の遺骸。その一つを、至高の竜種たちは数千年に渡って封印してきた。今は辛うじて“白”の術によって封印しているとはいえ、早急に補強しなければならないことは間違いない。


『――ゆえに』

「む」


 “白”の竜から向けられた視線が、にわかに鋭さを増した。


『そなたらに託したいことがある。聞いてくれるな?』

「無論」

「任せてほしい」


 話を聞く前から、即座に頷いてみせるヤマトとレレイ。

 そんな二人の様子に、毒気を抜かれたように眼を細めてから、“白”の竜は言葉を続けた。


『襲撃を企てた者の調査。クロと名乗った男が何者で、その手の内に誰がいるのか。それらを調べてほしい』

「調べるだけでいいのか?」

『あぁ。むしろ、調べる以上のことは許さない』

「それは――」


 ヤマトやレレイの身を案じている――ということはない。

 その金眼に浮かんでいるのは、燃え上がる豪炎の如き憤怒だ。その眼差しからは、彼らが絶対にクロたちを許すつもりがないことが伺える。


(無理もない、か)


 長年かけて築き上げてきた里を、一日足らずで見るも無残なまでに破壊されたのだ。

 その復讐は、彼ら自身の手によって為されなければならない。

 やや時代錯誤な感情で、あまり理知的とは言えないものではあるだろう。だが、その感情を否定するような真似は、ヤマトには到底できそうになかった。


「分かった。必ず調べ上げよう」

『任せる。何かを掴めたならば、手近の竜に伝えるか、この地に来ればいい、そなたらならば、好きに出入りできるはずだ』


 ちらりとレレイと視線を合わせ、同時に頷く。

 それで、“白”の竜の要件は済んだらしい。ふぅっと一息零してから、その身に纏っていた覇気を霧散させた。


『それで――』

「む」


 世間話を振るような、気楽な調子。

 気負うところのない口振りのまま、”白”の竜は言葉を続ける。


『そなたらは、これからどうするつもりだ。これ以上この地に留まっても、私たちがしてやれることはないぞ』

「……そうだな」


 首肯する。

 ”白”の竜が直接口に出しはしなかったが、あまり里に長居するのもよくないことだろう。己等の回復が最優先の竜たちに、客人を歓待するだけの余力はない。

 ならばと、ヤマトはレレイに先んじて口を開いた。


「俺は元いた場所へ戻るとしよう。ひとまず、与えられた任を果たすことはできた」

『ふんっ、魔王と名乗る者共の地か』

「不満か?」

『……いや。あの小童は生意気だが、悪性の者ではない。今は里の復興が急務なれば、無理に掣肘を加えることもあるまい』


 つまりは、元々は魔王軍へ掣肘する意思があったということ。

 あまり素直には聞き流せない言葉に、頬を引き攣らせながらもヤマトは首肯した。

 そんなヤマトの様子を見て、溜飲を下げたのか。どことなく愉快げに眼を細めた“白”の竜は、続けてレレイの方へと視線を流した。


『して、巫女はどうする。此奴について行くのか?』

「……いや、そのつもりはない」


 ”白”の竜の疑問に対するレレイの返答は、否定。

 事前にレレイから話を聞いていたヤマトからすれば、それは特別驚くようなことでもなかった。


『ほう。ならば、何をする』

「一度、南へ戻ろうと思う。持ち帰らねばならない話が、ずいぶんと増えてしまったからな」

『ふむ。そういうものか』


 既にノアがヤマトの無事を知っているとはいえ、ヒカルたちに情報を伝える者が増えて損となることはない。

 それに、仮とはいえヤマトが魔王軍に籍を置いている現状は、看過するには少々厄介なものだ。後々どうなるにせよ、レレイがヒカルと再び合流することは、悪い手ではない。

 そうした事情を、おぼろげながらも察したのか。“白”の竜はそれ以上を尋ねようとせず、ヤマトたちへ向けていた視線をふっと逸らした。


『出るも残るも、後は好きにすればいい。私はしばらくここから離れるゆえ、いちいち出立を告げる必要はない』

「他の至高を招集するのか?」

『そんなところだ』


 『ではな』と言い残して、“白”の竜は来た時と同様に、巨躯に見合わない滑らかさでスルスルと瓦礫の影を潜り抜けていった。

 後に残されたのは、ヤマトとレレイの二人だ。


「ヤマト」

「む」


 沈黙の中、先に声を上げたのはレレイだった。

 それに応じて、ヤマトは面を上げる。


「魔王軍にいるという話だが、本当に問題ないのだな?」

「ふっ」


 思わず苦笑いが零れた。


「何度も言っているだろう。確かに手強そうな者は多いが、容易く遅れを取るつもりはない」

「……そうは言うがな」


 黒竜らを撃退した日の夜。ヤマトの現状を明かした時より、レレイはずっとこの調子だった。

 氷の塔で相対し、魔王軍の精強さを目の当たりにしたからだろう。強く引き止めるようなことはしないものの、どことなく物憂げな表情を崩そうとしなかった。

 そんなレレイをどう宥めたものかと思案しながら、ヤマトは口を開く。


「それに、今案ずるべきはヒカルの方だと思うがな」

「む……」

「宮殿の権謀術数の中へ身を置き、軍の旗印として前線に立つ。その肩に課せられる重荷は、俺の比ではあるまい」


 その意味で、自分の無力さが歯痒くもある。

 そんな内心を滲ませて言葉を紡げば、レレイは渋々ながらも、やがて納得したように頷いてくれた。


「……分かった。そうまで言うならば、私はヒカルの元へ戻るとしよう。交渉事は不得手だが、ヒカルを守るくらいはできるはずだ」

「頼む。何かあれば、俺も手を貸そう」

「その言葉だけで充分だ」


 はにかんだような笑み。

 それを横目で眺めたヤマトは、張り詰めていた気が解けた時のように息を吐き、身体の力を抜いた。

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