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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
302/462

第302話

 ヤマトの薙いだ刀が、黒竜の胴を捉えた。

 見間違いを疑う余地もなく、刃は深々と黒竜の胴に入り、そして通り抜けている。如何な技を持つ者でも避けようがない、致命の一撃だ。


(だが――)


 スッと眼を細め、戦闘態勢を解かない。

 それは刀を振り切ったヤマトにしても同様らしい。確かに斬ったらしい手応えを得ながらも、残心し、顔には一抹の油断も覗かせない。


『グ、ゥゥウ……!』


「―――っ!」


 呻き声。

 確かに身体を両断された黒竜だったが、呻き声を漏らすと同時に身動ぎする。僅かばかりだが収まっていた闘志が、再び息を吹き返した。


「ちっ!」

『下がれ人間!』


 ヤマトは肩を跳ね上げ、そのまま飛び退る。

 警戒をしていたとは言え、ヤマトは確実に突ける隙を晒していた。だが黒竜の方はそれに見向きしようとせず、燃えるような闘志を吐きながら、大きく息を吐く。


『フゥゥー……ッ!』


「凄まじい闘志だ」


 黒竜から放たれる気迫だけで、ビリビリと鱗が痺れるような感覚がある。

 手負いの獅子であっても、こうも獰猛な気を纏いはしないだろう。竜種の本能すらも怖気づかせる猛々しさに、思わず感嘆の息を漏らす。

 とは言え。


(確かに、傷は負っているようだな)


 黒竜の身体から漂う魔力の気配に、“白”の竜はそのことを敏感に悟る。

 “白“の竜が先に下した尾の一撃。それを正面から受けてもなお弱った様子を見せなかった黒竜が、今この時ばかりは疲弊した姿を見せている。


(これならば、あるいは――?)


 己の攻撃はまるで通用せず、ヤマトの斬撃だけが効果を与えている。威力は己の方が遥かに勝っているにも関わらず、だ。

 そのことに不可解なものを感じないではないが、今はそれを追及すべき時ではない。

 遥か彼方まで見通すことのできなかった勝機が、今ようやく見え始めたのだから。


『人間』

「む」

『奴はどうやら、貴様の刀でならば斬れるらしい。……言いたいことは分かるな?』

「任せろ」


 その言葉に、ヤマトは首肯する。

 人間の非力さを忘れた訳ではないが、確かな自信と共に即座に頷いた姿には、ある種の頼もしさがあった。

 胸の内にむず痒いものを覚え、ふぅっと火の粉混じりの吐息を零す。


『ならばいい。私は奴の眼を惹くとしよう』


 己が引き立て役をやることに、思うところがないではないが。

 欠片も戦の役に立たないプライドは放り捨てて、“白”の竜は黒竜へ対峙する。


『ゥゥウウウ……!』


『散々に里を荒らしてくれたのだ。そのまま帰れるとは、思わないことだ』


 闘志を解放すると共に、全身から魔力を噴き上げた。

 先程までは黒竜の方が明らかに多くの魔力を秘めていたが、今となってはその立場も逆転している。まだ拮抗しているながらも、“白”の竜が放つ魔力は確かに黒竜を上回っていた。


(叶うならば、ここで仕留めたいところだが――)


 それは、難しい話だろう。

 ヤマトの一撃によってかなりの力を減じられたとは言え、黒竜が秘める力はまだまだ底知れない。それこそ、黒竜がなりふり構わない攻勢に出でもしたならば、この場は更なる混沌に飲まれる。

 そうなる前に、どこかで落とし所を見つけたい。

 そんな“白”の竜の思考を読み取った、訳ではないだろうが。


『ゥゥー……』


 荒々しい闘気を漲らせていた黒竜が一転、スッと気を収めた。

 先程までの荒ぶる気の奔流が嘘のように、辺りへ振り撒いていた黒竜の気炎が消え失せていた。もはやヤマトたちへの興味も失せた様子で、辺りをぐるりと見渡す。


「何を……?」


『―――――』


 ヤマトが戸惑いの声を漏らした瞬間、黒竜の意識がヤマトへと向けられた。


『―――』


「―――」


 沈黙。

 互いに敵意を見せないままに、ジッと視線を交わし合う。

 その応酬に含まれているのは、敵意か、敬意か。それとも全く別の何かなのか。

 傍から見ている“白”の竜からでは理解できないやり取りを経て、黒竜が手元の刀を体内へと収めた。


『……ゥゥウウッ!』


 高らかに大声を上げた後に、黒竜の身体がドロリと溶け出した。

 人型から粘液状へ。スライムという種族に相応しい姿へと変質し、そして床に散乱する瓦礫の間へと染み込んでいく。

 圧倒的な存在感だけでなく、黒竜の姿すらも消え失せる。その間、僅かに数秒のことだった。


「……終わった、のか?」


 ポツリとヤマトが呟いた言葉をきっかけに、場の緊張がふっと弛緩した。

 念入りに辺りを探ってみるものの、何者かが潜んでいるような気配はない。相当に力を減衰させた屍竜と、それに相対するレレイがまだいるばかり。


『どうやら、そのようだ』


 黒竜がこの場から退いた。

 すなわち、撃退に成功したということ。

 その結果だけを取り上げたならば、素直に勝利を誇ってもいいのかもしれないが。


「……そうか。終わったのか」


 ポツリと呟き、刀を鞘へ収めたヤマトの顔には、素直な喜びの色は浮かんでいなかった。

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