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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
3/462

第3話

「――クソ野郎が! 舐めやがって!!」


 顔を憤怒で真っ赤に染めた大男が罵声を上げる。

 それを冷めた表情で見つめたまま、ヤマトはゆらりと手の中の木刀を構える。


「舐めたつもりはない。それより、早く来たらどうだ」

「こいつッ!!」


 顔どころか全身を真っ赤にして、大男は手中の剣を振り上げる。身の丈を越えようかというほどの巨大な剣であり、まともに命中すれば人の命などあっという間に吹っ飛ばせそうな凶器だ。対戦相手の殺害は禁止というルールを失念しているのか、全力でそれを振り下ろす。

 観客席から甲高い悲鳴が上がるのを尻目に、ヤマトは一歩だけ後退る。鼻先を剣が抜けていく。

 空振りして体勢の崩れた胴を目掛けて木刀を振る。寸止めしたところで、大男は木刀を篭手で払い、再び構えを取る。


「……面倒だ」


 ちらりと審判の方を見ても、判定を下す様子はない。

 これが真剣であれば、斬撃を篭手で払うことなどできない。腕をも巻き込んで胴を斬り裂くのが自明であろう。

 そうした点を鑑みた判定を下せていないのは、刀という得物の斬れ味を知らないからなのか、それとも……。


「――余所見してんじゃねえッ!」


 思考の海に沈み込みそうになる意識を引き上げる。唸りを上げて振り抜かれる剣をあっさりと避けて、ひとまず間合いを離す。

 武闘大会の予選が始まってしばらく。既にそれなりの試合を潜り抜けてきたが、そのいずれもの試合相手が、怒り狂った様子で掴みかかってきた。どうにも試合相手を侮辱していると勘違いされているらしいのだが、ヤマトからすれば傍迷惑な誤解である。

 既に数回のやり取りを繰り返して、大男の技量は把握できた。優れた身体能力を持ってはいるものの、圧倒的に技術が不足している。力任せに振られた剣は刃を立てられていない上に、相手を斬ろうという力の使い方もされていない。

 ここまで見切ってしまえば、負ける方が難しい。となれば、問題となるのはどのようにして勝つのかだが。


「やるしかないか」


 試合規則に寸止めすべきという項目はない。試合相手の殺生のみが禁じられており、逆を言えば、多少の傷を負わせる程度は認められる。

 ここまでは刀の代用として使っていたが、認識を改める。手にしたのは木刀。刃はなく、相手を撲殺するための兵器だ。――ならば。


「うぉぉおおおおッッッ!!」

「――シッ!」


 突っ込んできた大男の攻撃を軽く回避し、気迫の声と共に木刀の一撃を腹部に見舞う。直撃。急所近くを殴打された大男は身体を硬直させる。


「隙だらけだぞ」


 素早く構え直した木刀を、今度は大男の背中目掛けて振り下ろす。強かに肉を打った感触を手に覚えながら、再び木刀を下段に構える。痛みを堪えながら反撃に転じようとした大男の手首を打ち付け、流れるような動作で中段に構える。

 理想を言えば一撃で意識を刈り取りたいところなのだが、大男とヤマトの体格差ではそれは望めない。――ならば、反撃の隙を与えない連撃で強引に沈めるまで。

 反撃しようとするならば、その機先を制するように打つ。防ごうとするならば、防御の上から構わず打つ。逃げようとするならば、踏み込んで打つ。攻撃も防御も逃亡も許さず、何の抵抗もできなくなるまで徹底的に打って打って打ちまくる。

 十回ほど打ちすえた辺りで、大男は身体を丸めて蹲ってしまう。完全に戦意喪失したようだ。

 ちらりと審判の方を見やれば、何やら唖然とした様子で立ちすくんでいる。判定を下そうとはしていない。


「……おい。俺の勝ちでいいだろ」

「しょ、勝者はヤマト選手です!」


 やや裏返った勝利判定の声に続いて、観客席からまばらな拍手が届けられる。ヤマトへの称賛よりも、大男への憐憫の方を強く感じる。

 散々に打ちのめして地面で蹲っていた大男を見下ろす。少し前までの威勢はどこへ行ったのか、夜闇に怯える子供のように身体をすくませ、小刻みに震えていた。

 容赦はしていないものの、骨折などの後々にまで響くようなダメージにはならないように調整はしてある。せいぜい全身が腫れる程度の怪我で済ませているのだから、恨まれる筋合いはないだろう。

 若干の居心地の悪さを感じながら、舞台を後にして控え室へ向かう。


「――また派手にやったね」

「ノアか」


 戻ってきたヤマトに、舞台の脇に立っていたノアは悪戯っぽい笑みを浮かべて駆け寄ってくる。


「もう噂が立ってるよ。試合相手を木の棒でひたすら殴る奴が参加してるって」

「人聞きが悪い。有効打を審判が判定しないから、やむなくしているだけだ」

「刀なんて武器はこっちに知られてないから、仕方ないんじゃない。武器の代用ってよりは、ただの木の棒だと思われてる」

「……説明はしたはずだが」


 ヤマトは不満げに溜め息をつくが、審判としても判定に頭を悩ませるところではあるのだろう。

 事実、ヤマト以外の参加者は刃引きした得物をレンタルするか、そもそも刃が付いていない武器を持ち込んでいる。ある程度抑えられているとはいえ、依然として殺傷力を有した武器のため、万が一にも死人が出ないように慎重な判定が行われているのだ。対して、ヤマトの持ち込んだ木刀は、一見すればただの握りやすい木の棒だ。急所目掛けて振らない限りは、攻撃を受けたところで致命傷にはならないため、試合相手も平然と手で払おうとする。本来の刀が持つ斬れ味を審判が理解していたところで、試合相手や観客が理解していなかった場合は、誤審という非難を免れない。


「真剣勝負だったらな」

「安全の代償ってやつだね。血が流れるような勝負は娯楽に向かないから」


 結局、これまで通りに試合相手を叩き伏せる他ないということか。

 歩きながら、試合直後の観客席から向けられた視線を思い出して、暗い気持ちになる。そんなヤマトを見ていたノアは、空気を払拭するように明るい声を出した。


「まあとりあえず、ここまでは順調に勝ち上がれたね。おめでとう。順当と言えば順当なのかな?」

「手練れは少なかったな」

「ヤマトの基準で言う手練れは大陸にもそうはいないと思うけど……。確かに、いつもより腕が伴っていない参加者は多い気はするね」


 聞けば、今大会の参加者数は歴代最高レベルだったらしい。


「理由は分かったか?」

「うーん……、まだ噂の段階だけどね。勇者が現れたって話はしたよね」


 急な話題の転換に、思わず目が点になる。


「ああ、聞いたな」

「その勇者がこの大会を視察するって話があってね。もしかしたら、誰かを従者としてスカウトするんじゃないかって噂があるんだよ」

「ほう」


 順当に考えれば、大会優勝者をスカウトするのだろうか。


「これから大陸各地を巡礼するにあたって、経験豊富な手練れを雇おうっていう話は、確かに納得できるよね」

「勇者が偽物だと判明するリスクは高そうだが」

「そうそう。だから、まだ噂の段階。一応気にしておくといいかもよ」


 そう言ったノアは、持っていたカバンから一枚の紙を取り出す。


「それは?」

「大会のトーナメント表。さっきの試合で予選は終わって、これから本戦なんだってさ。組み合わせも分かってるよ」

「そうか、本戦か」


 とりあえず予選敗退は避けられたという安堵と共に、強い相手と戦えるかもしれないという期待に胸が膨らむ。


「武器についての規格はそのままだけど、判定基準が緩くなるみたいだね。戦意喪失するか、明らかに戦闘不能だと分かるまでは続けさせるみたい」

「……これまでと変わらないな」

「ルールに認められるようになったってことで、気兼ねなくやれるんじゃない」


 要は捉え方次第か。


「誰か目ぼしい奴はいたか?」

「僕の目で判断してるから、絶対とは言えないけど。一人だけ、変な人がいるかな」

「変?」


 首を傾げる。大会に参加しなかったとは言え、ノアは武術に関しても中々の実力を有している。その目利きは信頼に値すると思っているのだが。


「ナナシって名前で登録してる人。上手いこと進んだら決勝で当たるかな。剣術は素人、動き方も素人、戦いの経験も浅く見える。なのに、ここまでの全試合を一撃で勝ち抜いている」

「一撃か」


 一流とは言い難い参加者も多い大会であったが、皆相応に身体は鍛えてきている。それを一撃で沈めるとなれば、急所を的確に突けるか、それとも……。


「身体能力でゴリ押して勝ってるね。けど、体格自体は並程度――いや、若干細身なくらいかな。魔導具を使っていないか調べられたはずだけど、特に何も言われていない」

「加護持ちか?」

「たぶんね。それもかなり強力なやつ」


 加護持ち。人知れずひっそりと存在する精霊や魔獣の祝福を与えられた者のことだ。探せばそれなりにいるだろうが、素の実力を僅かに上乗せする程度の恩恵しか与えられないことが大半なので、あまり注目はされていない。

 けれど、稀に強力な加護を与えられる者もいる。怪力や千里眼、未来予知に透明化。魔導技術をもっても再現は難しい能力を授けられた加護持ちは、多くは歴史に名を刻む英傑となる。


「可能性はある、としか今は言えないけど。何にせよ、気をつけた方がいい」

「ああ、そうしよう」


 加護によってどの程度まで強化されているかは見なくては分からないが、一筋縄ではいかなそうだ。

 腰に差した木刀の柄を握りながら、ヤマトは胸の奥が熱く滾るのを自覚した。

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