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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
299/462

第299話

「ぐ、が……っ!?」


 言葉にならない苦悶の声を漏らしながら、ヤマトは床を二転三転した。

 視界がぐわんと乱れ、前後不覚に陥る。自分がどのような体勢かを確かめる間もなく、床に差す影を認めた。


『シィッ!!』


「こいつ!」


 悪態を零す暇すらない。

 音速を越えて迫る殺意を前に、ただ我武者羅なままに横っ飛びをする。

 肌を鋭利な刃が掠めていき、死の気配をあまりにも鮮明に刻みつけていった。


(まずい、まずいまずいまずい――!)


 常であれば、焦燥で意識を埋め尽くすような愚行をよしとはしなかっただろう。

 だが、あまりに規格外と言う他ない黒竜の力量を前にして、そうする以外の手立てをヤマトは持ち合わせていなかった。


(今は辛うじて防げているが、一つでも食い違えたなら、容易く道の断たれる賭けだ。まだ余力のある内に反撃をしなければならない)


 そう頭の中で繰り返す文言も、既に幾十と繰り返したもの。

 この戦況を打開するならば、反撃に転ずる他ない。だが、それも決めたから即座に行えるようなものではない。


 ――手詰まりか。


「いや違う。まだ手は――」


『シャァッ!』


 そうして僅かに意識を逸らしたことを、敏に悟ったのだろう。

 ハッとヤマトが我を取り戻した時には、黒竜との間合いは既に至近まで詰められていた。


「このッ!」


『フーー……!!』


 黒竜は刀を大上段に構え、刃先に全身の膂力を込め始める。

 受け止める、などと空想することもできない。黒竜の力を凝縮させた斬撃は、触れたもの全てを斬り裂く必殺の一撃。受け止めることは無論、受け流す・弾くことも不可能であろう。

 ゆえに。


「一か八か!」


 横転。同時に、無我夢中のままに刀を横薙ぎに。

 致死圏から身体が逃れるよりも早く、刃先が何かと触れ合う感覚を得る――瞬間、刀を握っていた右腕があらぬ方向へ捻られた。


「ぐ……っ!?」


 肩骨から不穏な悲鳴が響く。

 鋭い痛みが全身を駆け巡り、じわりと目端に涙が滲む。衝動的に漏れ出そうになった苦悶の声を、頬肉を噛み締めて堪える。


「――ぉの野郎!」


『ホゥ?』


 舞い散る火花の中、ヤマトの身体が吹き飛ばされる。

 地に擦られ火花に焼かれ、全身がチリチリと痛みを訴えた。


(痛み――ということは、生きている)


『ホッホッホッホー……ッ!』


 黒竜との間合いは、およそ十五メートル。

 一瞬の間にそれほどの距離を飛ばされた。その事実に気が滅入る心地にもなるが、頭を振り余念を払い落とす。

 黒竜の様子に眼を向ければ、スライムは余裕綽々な様子で、天を仰ぎ不可解な鳴き声を上げているらしいと分かる。


「まだまだ、余力はあるということか」


 悪態を零すが、理不尽に心を囚われている訳にもいかない。

 何の気紛れか。黒竜はヤマトへ即座に攻撃をする意思はないらしい。ならば、その内にこちらも――


『ふふっ、ずいぶんと手酷くやられた様子だな。人間』

「……“白”の竜」


 背中越しに聞こえた、頼もしい声音。

 それを受けて、ふっと肺から息を吐き出した。


「そちらの仕事はもう終わったのか?」

『否。だが、それどころではないと見たゆえに』

「そうか。だが、違いないな」


 “白”の竜の言葉に、ヤマトは即座に頷いてみせる。

 この地を覆う封印を急いで復旧させたところで、もはや効果的ではなくなったということ。屍竜ならばまだしも、黒竜に我が物顔で暴れ回られていては、またすぐに破壊されてしまうだろう。せいぜい、数分程度の時間を稼ぐことが関の山。

 であるならば、封印を直すよりも先に、最大の障害たる黒竜を退けてしまう方が道理に合っている。


(だが、それにしても問題は残っている)


 チラと“白”の竜へ視線を向ければ、問い返すような瞳を返された。


『何か?』

「いや。だが……、できるのか?」

『ふふっ。さて、どうであろうな』


 “白”の竜が並外れた力の持ち主であることは、ヤマトも重々承知している。なにせ、世界最高峰たる至高の竜種として、世に名を馳せる竜なのだから。

 だが、眼前に立ちはだかる黒竜とて、尋常な相手ではない。


(魔力の多寡を推し測ることはできないが、凄まじい力を感じる。……ともすれば、“白”の竜を凌駕するほどだ)


 存在のレベル――言わば「格」を比べたならば、ヤマトの眼には、黒竜の方が一枚上手のように映る。

 実際に矛を交えないことには、どちらが勝つかを断ずることはできないだろう。だとしても、あまり分のいい勝負ではなさそうだ。

 そんなヤマトの懸念を悟ってか。“白”の竜は穏やかに頷いてみせながらも、瞳の奥に激情の炎を燃え上がらせ、静かに言葉を紡いだ。


『――だが、ここで退く訳にはいくまい』


 それは、この里を治める者としての矜持の顕れか。

 どのような為政者であれ、己の庇護下に置いていたはずの地を散々に荒らされて、心穏やかでいられる者などいるはずがない。

 ましてや、数多の同胞らを屠られた後となれば――


「愚問だった、許せ」

『よい。それより、貴様はどうする』

「どうする、か」


 ふっと笑みが零れた。

 それこそ愚問。己は刀を頼りに死地を突き進む戦狂い。理屈や道理を容易く踏み躙る荒武者である。

 であるならば。


「散々転がされた借り、ここで返さぬ訳にはいくまい」

『……ふふっ、それでこそ気狂いよ』


 ヤマトの返答に、“白”の竜は愉快そうな笑い声を上げた。


『いずれにしても、彼の化物は貴様に執心のようだ。ならば、このまま大人しくできるはずもないのだがな』

「それでこそ好都合というもの」


 数拍の会話の内に、乱れた呼吸も整った。

 身体の節々から放たれる痛みは収まらないが、あまり多くを望んでも仕方ない。まだ刀を握ることができる現実に、感謝をしなければなるまい。


『私が先手を取る。貴様は、私の邪魔にならぬよう、適当に動け』

「そうさせてもらおう」


 黒竜との差は圧倒的。ヤマト一人の力で勝ち難いというのは、天地が引っ繰り返っても覆せない真実だ。

 ならば、“白”の竜の言にも乗っかる他ない。


「――いざ」


『フゥー………!!』


 刀を正眼に構えた先。

 間合いを十数メートルほど空けた地にて、黒竜もまた刀を正眼に構える姿が眼に入った。


(酷く既視感のある光景だが――)


 心の乱れは、刃に色濃く映し出されてしまう。

 かつての師にどやされそうな醜態を晒す前に、ヤマトは胸中の情念をまっさらに整えていった。

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