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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
294/462

第294話

 鬼と呼ぶべきか、竜と呼ぶべきか。

 この地に眠る竜の怨嗟と魔王の瘴気。二つを練り合わせることで仮初の肉体を得た屍竜は、圧倒的な威容を振り撒き、辺りを睥睨する。

 鈍い輝きを放つ灼眼を見上げながら、ヤマトは身体に走る怖気をぐっと抑え込んだ。


「来るぞ!」


 警告の声。

 すぐ隣にいたレレイが弾かれたように駆け出す。その姿を確かめる間もなく、ヤマトも左方――レレイと反対側の方向へ踏み出した。

 直後に、屍竜の眼が怪しく煌めく。


『―――………っ!』


(呼吸音――ブレスか!?)


 辺りの空気を吸い込むような音。

 それを聞き、直後に竜種が誇る最強の攻撃――灼熱のブレスを連想した。


(どこを狙うつもりだ)


 人の身では耐えることの叶わない、強力無比な攻撃。

 ゆえにブレスの軌道を先読みし、炎ないしは息吹が放たれるよりも速く、場所を移さなければならない。

 見つめる先は屍竜の顎。そして赤い瞳の揺れ。視線の動きと顔の角度から、物言わぬ鬼の狙いを読み――


「くそッ!」


 悪態と共に、大きく身体を投げ飛ばした。

 直後に、寸前までヤマトがいた空間を黒色の炎が貫く。

 およそ現実のものと思えない光景ながら、身の危険を感じないでいられないほどの熱を感じた。炎に煽られた熱風がヤマトの頬を叩き、チリッと微かな痛みを覚えさせる。


「なんて威力をしている……!」


 仮に指先だけでも触れていたなら、ただで済まなかっただろう。

 九死に一生を得た実感が、背を濡らす脂汗の感覚を呼び起こす。その不快感に頬を歪めながらも、湧き出る戦意のままに息を吐いた。


(初撃は避けた。ならばこの隙に――)


 突貫の意気と共に、刀を構える。

 チラと切っ先の向こう側へ視線を流したところで。


『―――――ッ!』


「二発目だと!?」


 攻撃予定などは、遥か遠くへ投げ捨てた。

 再び迫る灼熱の気配に身を竦ませながらも、必死にブレスの軌道から逃れる。背を焼き靴底を溶かす炎の予感に、歯の根が噛み合わなくなっていく。


(くそっ、このままだとジリ貧だぞ!)


 心の中で泣き言を漏らす間にも、屍竜は続けて三発目四発目の炎弾を撃つ。

 全てが必殺。人ごときに太刀打ちできる代物ではなく、ただ惨めに逃げ惑う他ない。

 地を転がり、這いつくばるような体勢のまま二転三転。ぐわんぐわんと歪む視界の中、屍竜の顎を再び捉えたところで。


「せいッ!」


『―――!?』


 何かが破裂するような音。

 余裕綽々でヤマトを追い回していた屍竜の巨躯が、僅かながらも確かに浮き上がり、押し飛ばされた。


(レレイか!)


 僅かに地を離れた屍竜の影の中、拳を振り抜いた体勢のレレイがいた。

 「遅い」と悪態を吐く余裕すらない。

 ただ安堵一色で溜め息を漏らした後、即座に手元の刀を握り込む。


「もう一つ!」

「俺も続く!」


 屍竜を惑わすよう大げさに声を張りながら、一気に駆け寄る。


『―――………』


 脆弱な人の身ながらに強力な一撃を放ったレレイと、見るからに危険な刃物を握るヤマト。その二者の間で視線を彷徨わせた屍竜は、だが一瞬で逡巡を失せさせ、大きく翼を羽ばたかせた。


(飛ぶつもりか!?)


 それは、思わず卑怯と謗らずにはいられないほどに、この場で効果的な一手だった。

 どれほど人間離れした力と技を得ようとも、ヤマトとレレイは所詮は人。その手が届く箇所には限界があり、ゆえに大空を舞われては手出しすること能わない。


 ――飛ばせてはならない。


 その一念を、視線を交わすことすらなくヤマトとレレイは共有した。


「『疾風』!」


 威力よりも速度を、精度よりも速度を。

 瞬きするほどの間で納刀し、抜刀する。微かながらも刀身にまとわりついた気が風を巻き込み、不可視の刃となって屍竜へ襲い掛かる。


『――――』


 その刃に秘められた威力――人肌を浅く斬る程度の鋭さでしかないことを、即座に看破したか。

 一目だけ渦巻く風を睨めつけた屍竜は、だが即座に意識から『疾風』を排し、飛ぶことに専心しようとする。


(――だが、時間は稼げた!)


 その間、僅かに一秒。

 刀を振り抜いたヤマトにとっては、体勢を立て直す程度の間隙でしかない。それでも、屍竜の向こう側にいるレレイにとっては、この上ないほどの好機となった。


「飛ばせるものか!」


 裂帛の叫び。続けて、肉を撃つ音。

 竜の加護によるものか、長きの鍛錬によるものか。いずれにせよ、人間離れした膂力を携え肉薄したレレイは、今にも飛び立とうとしていた屍竜の胴目掛けて、拳を振り抜いた。

 その一撃に、山ほどもあった屍竜の身体が浮き上がり、大きく傾く。


『―――ッ!?』


「こちらも続けて――っ!」


 『斬鉄』。

 鋼をもって鋼を断つ刀術の奥義が、屍竜の胴へ吸い込まれる。沈み込むように刀の切っ先が竜鱗を裂き、その奥にある肉を斬った。

 一文字の傷を刻まれた屍竜の胴から、ドス黒い血が吹き出した。まるで雨のように天から降り注ぐ黒血に、一瞬気を取られる。


『―――――!?』


(これならば、押せるか?)


 戦況は優勢。

 遮二無二に鱗を斬るヤマトの反対側で、レレイも屍竜の身体へ拳を叩き込んでいた。屍竜にとってその一撃一撃は軽くとも、無視できるものではない。惑うように首を揺らし、苦悶の呻きを漏らす屍竜の姿が、どこか哀れですらあった。


 ――このまま、討滅することができる。


 そんな僅かばかりの希望を抱いたことが、失敗だったのだろう。




『―――――ッッッ!!』




「ぐっ!?」


 突如として放たれる咆哮。

 その衝撃波に身体が打ち上げられ、靴底が地から離れた。

 しばしの浮遊感。


(何が起こった!?)


 混乱する思考のままに、膝を折り曲げ着地の衝撃を殺す。

 臓腑を突き抜けるような衝撃。一瞬だけ詰まった息を即座に再開させたところで、ヤマトは己らの失策を悟った。


「飛ばれたか……」


 視線を上げれば、空で悠々と羽ばたく屍竜の姿が映り込む。

 それは、この一瞬の内に戦いの趨勢が決したことを意味していた。


(どれほど手を伸ばしたところで、あの高さに刀は届かない。投げてみたところで、有効な手になるとも思えない)


 詰まるところ、万事休す。

 地を駆け回るしかできない人に、天を駆ける竜を仕留めることは難しい。そんな当たり前の道理を、屍竜は己の姿によってヤマトたちに突きつけている。

 刀も拳も届かない以上、屍竜を倒すことはできない。すなわち、この状況は詰んだに等しい。

 だが、それでも。


「諦める訳にはいかないな……!」


 チラと視線を向ければ、レレイもまた強い光を宿した瞳で頷いた。

 戦いを諦め、死を待つ。そんな殊勝な真似ができる性格ではないのだから、可能な限り抗ってみる他ない。


(壁伝いに高度を稼いで――いや、それでは撃ち落とされるのが関の山か。ならば岩山を昇ってみるか、低空へ釣ってみるか)


 反撃のきっかけを得るべく、視線を巡らせる。

 幾つかの案が浮かぶが、どれも決め手に欠けていた。失敗する未来が容易に想像できてしまうほどに、実現性の薄い案ばかり。


(何か、他に何か手は――っ!)


 焦りが募る中、屍竜が大きく息を吸い込んだのが分かった。

 高空からのブレス。憎たらしいほどに効果的な一手であり、容易くヤマトとレレイを殺すことができてしまう。起きてほしくないと無意識に祈っていた、最悪の技。

 その到来を直感し、せめてもの奇跡を願って身に力を込めたところで。

 大気が震える。




『――伏せなさいッ!』




 鋭い警告。

 考える間もなく伏せた直後、天空より襲来した白銀の影が屍竜を襲い、地へ叩きつけた。


「これは……」


 新たに感じる、恐ろしいほど強大な力。

 だが、それに恐れを抱くことはなかった。代わりに、胸の内からは頼もしさが湧き起こる。

 もうもうと立ち込める砂煙。その幕を吹き飛ばして、それは姿を現す。


『何とか、間に合ったようですね』

「“白”の竜。来てくれたか……!」

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