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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
292/462

第292話

 肝から底冷えしてくるような怖気が辺りに漂い、否応なく肌が粟立ってくる。

 陽から陰へと世界が入れ替わり、人ならざるモノの力が増していく。己の存在が揺らぐような感覚の中、周囲で続々と気配が立ち昇ることを察知した。


「来るぞ!」


 鋭く声を上げると同時に、“鬼”が姿を現す。

 一言で表すならば、それは泥人形だった。芯が身体の中を通っていないような不安定な動作で、グラグラと身体を揺らしながら歩く。その姿に力強さは感じられないが、かと言って油断ならないほどの不気味さは溢れていた。


「あれは……?」

「形あるモノになれなかった? 魔力か屍、あるいは両方共が不足しているのか」

「単なる先触れという可能性もあるが――」


 何にせよ好都合。

 まだ続々と新たな“鬼”が現れるとしても、眼前の有象無象を斬り捨てていけば、ある程度の戦力を削ることができるだろう。

 緩みかけた心胆に発破をかけてから、ヤマトは刀を握り込んだ。


「まずは数を減らす。レレイ、ついて来れるな?」

「当然。私を誰だと思っている」


 先にクロと戦っていたことを伺わせない、力強い返答。

 その本気度合いを示すように、レレイは両拳をグッと構えた。


「化性のモノとはいえ、身体を崩せば消え失せる。そのことは、極東で交えた際に確かめたからな」

「心強いことだ」

『―――………!』


 ヤマトとレレイの会話を遮るように、泥人形の一体がくぐもった声を上げた。

 ノロノロと緩慢な動きで腕を振り上げ、虚空に向けて振り下ろす。


(形は不確かなれど、戦意は充分)


「そうでなければ、面白くない」


 ふつふつと闘志が湧き起こる。

 クロとの戦いが不完全燃焼に終わった分、こちらに全力を尽くす。そのことを確認したヤマトだったが、ふと後ろにいるレレイからの視線を感じ、振り返る。


「どうした?」

「む。いやなに、ずいぶんと数が多いと思ってな」

「あぁ、そうだな」


 首肯する。

 ざっと見渡した限りでも、この謁見の間に数十体の鬼。地面からポツポツと滲み出る黒点を数え上げれば、総数百に至るだろうか。


(数は多いが、個々の質はそれほど高くない。苦労はしても、倒せないことはないか)


 微妙に気が重いことを除けば、問題はないだろう。

 そう結論づけたヤマトに対して、レレイはピッと細長い指を立てた。


「一つ提案がある」

「……唐突だな。どうした」

「不謹慎かとも思ったのだが、溢れるほどの数がいるのだ。どうせなら、数比べでもしてみないか?」

「数比べか」


 順当に考えて、鬼を撃破した数を競うということ。

 確かに、竜の里が壊滅しようという状況には不釣り合いな提案ではある。


(だが、そうでもしなければ苦しい数でもあるな)


 なにせ、二人で百を越す鬼を始末しなければならないのだ。ただ淡々と始末し続けるには、少しばかり辛いものがある。

 ゆえに。


「乗った」

「よし来た。勝負成立だな」


 嬉しそうにレレイが微笑む。

 その後ろに、ようやくヤマトたちへ意識を向けたらしい鬼たちが、グラグラと揺れる身体を引きずって歩み寄ってこようとしているのが見えた。


「ならば、まずは先手を取るとしようか」

「む――」


 レレイに先んじて、素早く踏み込んだ。

 背後でレレイが続いている気配が感じられるが、振り返ることはしない。


(遊戯とはいえ、勝負事ならば真剣に挑まねば)


 肉薄するヤマトに対し、泥人形がノロノロと応じる。今にも崩れ落ちそうな腕ながら、見た目とは裏腹の威力を秘められた打撃が振り抜かれた。


『――……』

「甘いぞ!」


 駆ける勢いを一息に殺し、間合いをズラす。

 すぐ眼の前を通り抜けていった鬼の打撃。そこから生じる風圧を頬に受けて、背筋に冷たいものが駆ける。


(やはり、直撃するのはマズそうだな)


 頼りない見た目とはいえ、鬼の打撃を身に受けるのは愚の骨頂。下手に受ければ、そのままダウンさせられる可能性すらある。

 改めて気を張り巡らせつつ、腕を空振った鬼を正面に捉え、刀を大上段に構えた。


「いざ――」


 闘志を滾らせても理性を失った鬼を相手に、小手先の駆け引きなど無用の長物。ただ速く、ただ鋭く、ただ重く。愚直なまでに威力を高めた斬撃を、大上段から。


「ぬんッ!」


 銀閃。

 人の眼に留まらぬ速度で振り抜かれた刃が、一切の抵抗もなく鬼を縦一文字に断つ。


『―――?』


 紛うことなき必殺。その刃を受けた鬼は、僅かにヤマトへ向けて手を伸ばそうとしてから、グラリと崩れ落ちた。


「よし。まずは一つ――」

「二つ目!」


 威勢のいい掛け声。

 それと共に、粉微塵になった泥人形が二体爆散した。鬼の影から現れ出たのは、拳を振り抜いた姿の少女。


「どうしたヤマト。呆けているなら置いていくぞ」

「む」


 この一瞬の内に、鬼を二体屠ってみせたらしい。

 思わず驚きの声を上げれば、レレイはふんっと誇らしげに鼻を鳴らしてみせる。

 元より超接近戦を得意とする戦闘スタイルゆえに、泥人形とはいえ人に近しい姿の鬼は相手にしやすいのだろう。常人離れした膂力と、衝撃を対象の内部へ浸透させる打撃術をもってすれば、鬼の耐久を貫くことも容易だ。


(少し早まったか?)


 僅かに生じた疑念を、即座に払い落とす。

 格闘には格闘の、刀には刀の利点がある。ただ一点のみを取り上げて評するなど言語道断。

 細く息を吐きつつ、納刀。柄を握り込み、僅かに腰を屈めて。


「『疾風』」


 無数の鎌鼬が舞い散った。

 抜刀と共に解放された気が、周囲の風を巻き込み鬼へ襲い掛かる。人の眼には捉えられない刃が、浅くとも多くの傷を鬼たちへ刻み込んだ。


『―――……』

「ふむ。仕留めたのは……十程度か」


 傷を負わせたモノならば数十に至るが、倒し切るまで刃を当てられたのは十ほど。

 その数を誇らしいとするか、不甲斐ないとするかは置いておくとして。


「どうしたレレイ。呆けているなら置いていくぞ」

「……ほぅ?」


 半ばあてつけのように、先のレレイの言葉を繰り返してやる。

 言外に秘めたヤマトの意図を察したのだろう。レレイは、やや剣呑な光を瞳に宿しながら、好戦的な笑みを浮かべた。


「言ってくれるな」

「ククッ。なに、まだ勝負は始まったばかりだろう?」


 「違いない」と頷きながら、レレイは腰を深く沈める。

 ほんの余興程度のつもりであったが、それでも勝負事である以上、敗北を重ねることは好きではない。

 ならば。


(俺も、全力で鬼を斬るとしようか)


 刀を正眼に構え、闘気を解放する。

 ジリッと後退る鬼たちを睨めつけ、ヤマトは一歩前へ踏み出した。

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