表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
285/462

第285話

 眼前の敵を睨めつけ、腰元の刀を握り込む。

 相変わらずの黒フードで覆い隠されて、相対するクロの表情を伺うことはできない。容赦なく殺気を叩きつけてはいるものの、果たしてそれに動じているのかも察せない。


(やりづらい相手だ)


 刃を交える度に痛感することを、今一度確認した。

 人の顔色や視線というのは、動きを先読みするにあたって非常に重要な手掛かりとなる。意識した場所を見ずにはいられないのが人であり、意想外の展開を前にすれば驚くのが生物の常。だが、フードで顔全体を覆い隠したクロからは、その一切をも読み取ることが叶わない。

 何をしでかすか予想できない。だが、リスクを嫌った戦いで押し切れるような相手でもない。


(一か八か、というのは常道に反するが――)


 やるしかない。


「いざ」


 鞘走りの音を立てながら、ゆっくりと抜刀。その煌めきを見せびらかすように刃をちらつかせ、フードの奥に隠れたクロの視線を惹く。

 実際に効いているかも定かではない、申し訳程度の視線誘導。その虚しさを僅かに覚えながらも、一歩踏み込む。


「おや?」

「シッ!」


 銀閃。

 空を走った銀光がクロの首を断つように放たれ――間一髪のところで避けられる。


「おおっと! 危ないですねまったく」

「ぬん!」


 おどけたように両手を上げるクロだが、その言動に構う暇はない。

 返す刃で胸元を薙ぎ、踏み込みと共に体当たり、足首を狙って爪先を蹴り入れ、駆ける勢いを乗せて刀を振るう。

 刀術の正道から大きく外れた、邪道と言う他ない連撃。それゆえに予測も対処も困難なはずだが。


「グイグイ来ますねぇ。そんなに踏み込んで大丈夫ですか?」


 どれ一つ当たらない。それどころか、刀の切っ先が掠めすらもしない。

 影が閃光を避け揺らめくように、繰り出す斬撃の尽くを紙一重で回避したクロは、これ見よがしに手元のナイフを光らせた。

 ――斬られる。


「くそっ!」


 悪態と共にバックステップ。

 刹那の後に首元を掠めていったナイフの冷たさに、背筋がゾッと凍りついた。


「あらら、外れてしまいましたか。ですが――」

「――私を忘れてもらっては困るな!」


 一瞬の空隙。

 ヤマトとクロの剣戟へ滑り込むように、気配を消していたレレイが駆け込んだ。


「打ち込む!」


 重戦車の砲撃にも等しい、渾身の力が秘められた一撃。

 人の身から放たれたとは思えない重々しい風切り音を響かせて、レレイの拳がクロの胸元へと突き刺さった。


「ぐっ!?」

(通った!?)


 先程までの余裕一切が失せたような苦悶の声。

 本当にダメージが通ったのかを一瞬だけ疑うが、すぐに思い直す。剣をまともに振れないほどの至近距離で、レレイが打撃を外すはずもないし、衝撃を逃せる道理もない。

 身体をくの字に折り曲げたクロ目掛けて、レレイは更に逆の拳を握り固めた。


「加えてもう一つ!」


 放たれた鉄拳がフード越しにクロの顔面を打ち、盛大に跳ね飛ばした。

 大の男が冗談のように身体を錐揉み回転させ、何度も床に打ちつけられながら飛んでいく。何とか体勢を立て直そうとしているようだが、あまりの衝撃に脚を立てられていない。


「―――っ!」


 現実離れした光景を前に失いかけていた我を、すんでのところで取り直す。

 絶好の機会。掴みどころのなかったクロに初めてダメージが入り、加えて大きな隙を晒している。


「追撃する!」


 疾駆。

 転がるクロを追いながら、刀を腰溜めに。刃を立て、斬撃の線を脳裏に描いた。


(『斬鉄』!)


 振り抜いた後のことは思考せず、ただ眼前の敵を斬ることのみに専心。

 鉄をも斬れと名づけられた斬撃が、人の眼で捉えられぬ速度をもってクロの首へ吸い込まれていく。必中。いかなる者であろうとも、その体勢から避けられるはずが――


「なっ!?」


 金銀の火花が散った。

 何が起きたのか、咄嗟に頭が現実を受け止めようとしない。あまりに信じ難い所業に、刀を握ったままの腕が空を泳ぐ。


(弾かれた――ナイフで受け止めたのか?)


 当惑する意識のままに視線を動かせば、ナイフを振り抜いた姿のクロが眼に入った。

 ナイフで弾かれた。そう推測する他ないが、果たしてそんなことが可能なのか。見た目以上の速度と破壊力を秘めた太刀の斬撃を、僅か十数センチほどの刃渡りでいなすなど不可能で――


「ヤマト!」

「―――! 」


 レレイの声に応じ、咄嗟に飛び退る。同時に、胸元へ衝撃。

 グラリと傾く身体を必死に制御し、どうにか着地に成功する。胸骨の痛みに眉をひそめながら、顔を上げた。


「貴様……」

「危ない危ない。後少しで真っ二つになるところでしたよ」


 拳を受けた衝撃がまだ残っているのか、足取り自体はまだ怪しい。それでも、五体満足なままのクロがゆらりと立ち、手元のナイフを揺らしている姿が眼に入った。

 「痛い痛い」と小さくぼやきながら頬を擦る姿に、大根役者の演劇を見ているような空々しさを覚える。本当にレレイの一撃が通っていたのか、数秒前の記憶が疑わしくなってくるほどだ。

 後ろに退いていたレレイが前へ出る。その気配を察知しつつ、僅かに乱れた呼吸を整える。


「悪い、仕留め損ねた」

「構わない。それより、怪我は?」


 言われて、衝撃を受けた胸元を見下ろす。

 ジンと鈍い痛みが走る程度で、特別な苦痛はない。ゆえに大したことはなかったと高を括っていたが、そうでもなかったらしい。


「仕込み刃か? 間一髪だったようだな」


 レレイの言葉に頷く。

 恐らく、クロは靴裏に刃を仕込んでいたのだろう。蹴りを受けた部分の服が裂かれ、斬撃を掠めた肌に血が滲んでいた。

 結果だけ見れば刃を掠めた程度で、外傷はないに等しい。だが、あと数センチほど深く脚が入っていたならば、その一撃で勝敗が決していた可能性が高い。


(警戒が足りなかった――いや、必要経費か?)


 過去数回に渡る戦いの際は、手札の読めないクロを相手に慎重に立ち回った結果、決定打を与えることができなかった。

 多少のリスクを負ったとしても、強引に間合いを詰めていく必要はある。そう方針は固めたばかりなのだから、安易に翻すのは却って悪手となるだろう。


「もう一度詰める。援護は任せた」

「……分かった。気をつけて」


 首肯する。

 整息すると共に視線を上げれば、ナイフを片手に肩をすくめるクロの姿が眼に映った。


「やれやれ。やる気満々って感じですねぇ」

「無論」


 僅か数秒程度の間隙であったが、その隙にクロも息を整えることができたらしい。ナイフを片手に佇む姿には、先程レレイに殴り飛ばされたことを感じさせない不気味さがある。


(痛みを隠している、という風にも見えないが)


 努めて面に出さないようにしながらも、内心で首を傾げる。

 先程のレレイの攻撃は、傍目から見ていただけで衝撃が伝わってくるほどに、痛烈なものだった。比喩ぬきに岩をも砕く剛拳を前に、常人であれば骨が砕けてもおかしくないダメージを負ったはずだ。ヤマトが同様の攻撃を受けたならば、きっと半日は起き上がれないことだろう。

 斬れば済む話とはいえ、あまりに不自然な姿に疑問は絶えない。

 そんなヤマトの疑念を悟ってか、クロはわざとらしく己の頬に手を当てた。


「先程殴られてしまったところが、まだだいぶ痛みますからねぇ。できれば、もう見逃してほしいところなのですが」

「吐かせ」

「あらら。薄情な人ですねぇ」


 よよと泣き崩れるような素振り。

 誰もが演技と分かるようなわざとらしさに、思わず白い眼を向ける。


「……反応が悪いですね。一応同僚なんですから、もう少し和やかにお話しません?」

「同僚と認めた覚えはない」

「そう言わずに。“白”の方もいないことですし、貴方も話しやすいことがあるでしょう? 貴方の上司の狙いとか」

「………」


 即座に斬り捨てるつもりで構えていた刀が、その言葉でピタと止まった。

 上司――すなわちアナスタシアのこと。今頃は魔王城から外れた研究室に籠もっているはずの彼女に、何か含むところでもあるのか。

 思わず訝しげな視線を向けたところで、クロがフードの中で厭らしい笑みを浮かべているような錯覚を覚える。


「斬るか」

「いやいやそう言わずに! ちょっとで終わりますから!」


 クロの話そうとしていることに正直気を惹かれるが、それに構えば術中に嵌まることになる。

 口答えする間を与えず斬り捨てるのがベストだろう。そう判断し、刀を振り上げたところで。




「彼女の目的が、この里を滅ぼすことにある。そう言ったらどうします?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ