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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
283/462

第283話

 垂れ幕の向こう側で厳かに立つ“白”へ、クロは表面上は恭しく礼をした。

 形だけを見れば、王侯貴族へ対するような最大級の敬意を表する態度。だが、その内面に敬意の欠片もないことは、クロと幾度となく邂逅したヤマトたちには理解できた。

 無意識に刀の柄を掴んでいた右手を、更に深く握り締める。


「クロといったか」

「えぇ。お目にかかれて光栄です、“白”の竜よ」

「……妙な気配を感じる。人ではないな。貴様は何者だ」

「ククッ、ご想像にお任せしますよ」


 そのやり取りを経て、“白”の方もクロが信用に値しない人物であると確信したらしい。垂れ幕越しに感じていた彼の威圧感が、秒毎に強さを増していく。


「私は道化は嫌いだ。あくまでそれを演じると言うならば、即座に消すぞ」

「あらら、それは怖い。では消されてしまう前に、さっさと腹の内を明かすとしましょうか」


 わざとらしく身体を震わせてから、再び一礼。

 “白”から放たれている威圧感を物ともせず、流暢な口振りで語り始めた。


「私がここに来た理由は――そうですね、わざわざ私が話すまでもない気はしますが。この地で封じられているものが目的ですよ」

「……貴様、もしや」


 ヤマトたちとクロとの関係を疑ったか。先程までクロだけに向けられていた威圧感が、突如として矛先を変えられる。

 思わず背筋を凍りつかせたところへ、クロの笑い声が割り込んできた。


「そう怖い眼をしないでくださいよ。私だって、ヤマトさんたちがここにいて驚いているんですから」

「……ふん」

「あら、これは私の言葉なんか聞かないってことですか。傷つきますねぇ、そう露骨に表されると」


 口から吐かれる言葉は到底信じられず、腹の内を読み解くことも難しい。怪しさの塊とでも言うべきクロのことを、“白”は明確に敵と捉えたのだろう。

 ゆらりと腕を掲げ、指先をクロに向ける。忌々しい羽虫を追い払うような素振りで、軽く薙ぎ――


「あぁ、それは困るんですよねぇ」

「―――っ!?」


 クロが指を鳴らした。

 甲高い音が響いた後に、辺りに静寂が広がる。

 言ってしまえばただそれだけの出来事。だが、ヤマトとレレイでは察知できないようなやり取りが、この刹那の内に交わされたのだろう。

 “白”がここまで見せなかったほどの動揺を顕わにして、たじろいだ。


「貴様……!」

「おや、どうかされましたか? ずいぶんと余裕が失せてしまった様子ですが」


 黒いフードで表情を隠されていても、クロがニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべていることは直感できる。

 一瞬で場から取り残されてしまったことを理解しながら、ヤマトはそっと周囲に視線を巡らせた。


(“白”の竜が攻撃を仕掛けたのか? そしてそれを、クロが何らかの手によって払い除けた? 空気が流れた様子はないから――)


 魔導術。もしくは、それに類する術式による攻防。

 状況証拠から“白”とクロのやり取りをそう断ずるも、それで彼らの脅威度が下がった訳ではない。むしろ、その攻防を刹那の内に、ヤマトが全く気づけないほどの自然さで交わしたことに、改めて驚嘆する。

 認めざるを得ないだろう。

 “白”もクロも、ヤマトが指先を掠めることすらできない領域に立っている。彼らが本気で闘おうとしたならば、ヤマトにできることはみっともなく逃げ惑うことだけ。

 ドス黒い感情が滲み出そうになったところを、懸命に堪える。


「ふぅ――」


 整息。

 凍てつく空気で煮立った臓腑を冷やし、血の巡りを落ち着かせる。


(今、この場で俺ができることは――なすべきことは何だ?)


 元を辿れば、ヤマトが竜の里へ訪れた目的は「竜種らの動向を探る」ということにある。

 それを思えば、竜の長たる“白”の言葉を聞き出せた現状は、既に目的の大半を果たせたということになるだろう。今すぐに逃げ帰ったところで、アナスタシアはヤマトを責め立てたりはすまい。

 だが、その手を取ることはできない。


(ここにはレレイがいる。それに、まだ初代魔王の封印のことも聞き出せていない)


 加えて、クロが竜の里を訪れたことの真意も。

 呼吸一つに苦慮するような緊張感の中、ヤマトは“白”とクロの会話に耳をそばたてる。


「その力、いったいどこで手に入れた!?」

「はてさて、どこと申されても。長く険しい鍛錬の末に、としか答えられませんねぇ」

「吐かしおる……!」


 激昂する“白”に対して、クロはのらりくらりと怒気を受け流す。

 世界の頂点たる至高の竜種。その肩書きを背負うはずの“白”が、クロの手玉に取られているようにすら見えた。


「さて。こうして歓談に興じていてもいいのですが、そろそろ本題を進めましょうか」


 “白”の怒号とヤマトたちの疑念の眼差しを受けて、クロはようやく観念したように両手を挙げる。


「本題だと」

「えぇ。この地の封印が目的、と私は申し上げましたね?」


 舞台で演目を披露するように、大仰に手を広げながら言葉を紡ぐ。


「より正確に言うならば、その封印を解放させていただきたいのですよ」

「……何をふざけたことを」


 “白”から放たれる気配は、もはや怒気とも呼べないほどに剣呑さを増していた。

 言うなれば殺意の濁流。ただ脇から見ているにすぎないヤマトたちですら、その煽りを受けて心臓を早鳴らすほどの威圧だ。

 そんな“白”の様子も脅威ではないようで、クロは飄々とした様子のまま口を開く。


「誤魔化す必要はありませんよ。私たちの調査で封印は確認していますし、その解除が可能である確信も得ている」

「貴様……!!」

「それをわざわざ貴方たちに申し上げるのは、筋を通すためですよ。幾ら高尚な方々と言えど、その庭を勝手に掘り起こされては堪らないでしょう?」


 クロは朗々と語ってみせるが、彼と幾度か言葉を交わしたヤマトからすれば、あれは単に“白”の竜を煽るために姿を現したのだ。

 事実、彼の言葉を受けて、“白”の雰囲気は更に迫力を増していた。今や、その眼力だけで空間を裂けそうなほどに圧力が高まっている。


「初代魔王の封印は、この宮の地下深くにある。初代勇者が残した氷の上から、貴方たち至高の竜種が各々の力を重ねがけして、悠久の時に耐え得る強固な封印を作り上げた。例え竜の牙であろうとも、その封印を貫くことは難しいでしょうね」

「……貴様、どこまで知っている」

「全てを。と申してみましょうか?」


 軽薄な声。

 それに“白”が再び激昂するよりも速く、クロはパンッと高らかに手を打ち鳴らした。


「貴方がたの総力をもってして築かれた封印は、およそ尋常な手段で破ることは叶わない。それでも、決して不壊な訳ではない。道理の外にある手段を用いれば――あるいは、道理をも食い破る力をもってすれば、封印を壊すことは可能です」

「それを、用立ててみせたと?」

「察しがよくて助かりますよ」




「――失礼しますっ!」




 ニヤリと笑みを浮かべたクロを遮り、謁見の間の戸が勢いよく開け放たれた。

 視線を流せば、そこにはヤマトたちを案内した竜種の青年の姿がある。


「何があった!?」

「里の各所で何者かが暴れているようです! 彼らの目的は分かりませんが、同胞たちの被害は甚大!」

「何と……!?」


 間違いなく、クロの手の者――青鬼や赤鬼の仕業だろうか。

 風雲急を告げる事態に、“白”の口調も荒ぶっていく。


「すぐに鎮めろ! 古竜共も向かわせれば、抑えられないはずがないだろう!」

「はっ、直ちに!」


 謁見の間の隅に身を潜めたクロの存在には、結局気づかなかったらしい。

 青年が泡を食って飛び出すのを見送ると、クロはくるりと“白”へ向き直った。


「これが貴様の目的か? だが、この程度の騒ぎで封を破ることなど――」

「えぇ。まぁ、正直の申し上げれば陽動なのですよ」


 ここからが本番。

 そうクロが告げた直後のことだった。


「―――ッ!?」


 怖気。

 クロや“白”からも感じないほどの圧倒的な暴威。それでいながら、どこかで相対したと直感させる懐かしさ。

 それを兼ね備えた気配が、どこからともなく忍び寄ってくる。


「あら、相変わらず鋭いですね。ヤマトさん」

「………この気配は……!」


 感心したようにクロが言葉を投げ掛けてくるが、それに応じる余裕もなかった。

 忘れるはずもない。

 かつてヤマトたちの前に現れた際にも、圧倒的な力をもって場を蹂躙した理不尽の権化。辛うじて撃退は成功したものの、それは到底勝利とは呼べない結末だった。

 その気配が、もう間もなく迫ってくる。


「これは!?」

「何だこれは! 私たちよりも更に……!?」


 レレイと“白”もようやく気づいたのか、各々に動揺の声を上げる。

 それを満足気に聞き届けてから、クロは深々と一礼した。


「それでは、改めて宣戦布告を。私たちは黒竜の力をもって、貴方がた竜種に戦を申し込みます。引き受けてくれますね?」

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