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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
282/462

第282話

 竜の加護を授ける。

 大層な文言をもって表されたその儀式だが、現実には酷く呆気ないものであった。


「――よし、これで済んだぞ」

「む……そうか」


 垂れ幕の向こうにいる“白”が生白い腕を突き出し、レレイの頭上に掲げる。

 言ってしまえばただそれだけの儀式だ。数秒の静謐の後に、“白”はするすると腕を垂れ幕の内に戻していった。


「これで終いなのか?」


 思わずそんなことを口にするほどに、レレイは釈然としないような面持ちを浮かべた。

 言われてヤマトもレレイの様子を伺ってみるが、何かが変わっているようには見えない。竜の気は常人に気取られるものではないとは言われたが、ここまで変化がないものなのだろうか。

 そんなヤマトたちの懸念が伝わったのか、垂れ幕の向こう側から物静かな笑い声が響いてきた。


「ふふっ。そう焦らずとも、確かに私の加護は伝わっているぞ。まだ身体に馴染まぬゆえ自覚は薄いだろうが、時を経れば分かる。それはそういうものだ」

「そう、か。ならば、その時を待つとしよう」


 若干の未練を感じさせながらも、首を振ったレレイはさっぱりとした表情で首肯する。

 元より加護を期待して来た訳ではないのだ。望み通りの結果が得られていないとはいえ、焦る必要もないと思い直したのだろう。

 レレイの様子が一段落したことを見て取ってか、“白”は控えめな咳払いを一つ。


「さて。“青”の巫女はこれにて用件が済んだであろうが――」


 垂れ幕の向こう側から、冷たい視線が飛んでくる。


「人の子よ。どうやら、そなたも私に用があるようだな?」

「……あぁ」

「聞かせてもらおうではないか」


 周囲の空気が一段と冷え込むような錯覚。

 “白“から放たれた威圧感が、そうした感覚をもたらしているのか。思わず身震いしそうになるところを、グッと堪える。


(ここからが本題だ)


 アナスタシアから委ねられた任を果たすため。

 そして、来る途中に芽生えた疑念を明らかにするため。

 腹に思い切り力を込めて、グッと“白”の影を睨めつけた。


「近頃、竜がやけに騒ぎ出しているという話を聞いた。そのことは確認しているな」


 疑問ではなく確認。

 ある種の確信をもって問うたその言葉に、“白”は一考する間もなく首肯した。


「そうだな。それがどうした?」

「理由を尋ねたい。ただ個々が血気立っているというには大規模すぎる動きは、そちらが先導しているのだろう?」

「ふふっ、そう剣呑な眼をするものではないぞ。人の子よ」


 のらりくらりとはぐらかすような物言い。

 思わず視線を強めれば、再び笑い声が立ち昇る。


「冷静に考えてもみよ。この宮に引きこもるばかりの私に、大陸中の同胞を動かす力があると思うか? それに元来、竜とは独立心の強いもの。私の言葉を聞いた程度で、果たして易々と動くものかな?」

「………」

「他に要因があると考えるのが自然の帰結であろう。例えば――近々、人の子らが騒ぎ立てていることとか。のう?」

「……そうか」

「ふふふっ。殺気が滲んでいるぞ」


 深呼吸をし、頭の中を整理する。

 “白”が主張するところによれば、竜が動きを活発にさせた理由の根本には、人と魔族が戦いを始めたことがあるという。察するに、戦意に溢れた人間たちの気迫に感化されて、竜たちの闘争心がかき立てられているのか。

 様々なことを隠すような言い方ながらも、判明した事実が一つ。


「竜たちを止めてほしい。そう要請したところで、聞くつもりはないのだな」

「無理だと言ったばかりであろう?」


 肯定。

 現実に“白”を始めとする至高の竜種に、大陸中の竜を統率する力があるのかは定かではない。ただ確実に、“白”はその竜の動きを止めるつもりはない。


(ならば、暫定的に敵と定めるのが道理か)


 静観に徹するのか、あるいは竜たちを推進するのか。

 いずれにしても、アナスタシアの目的を果たす上では障害となることに違いない。

 この件について“白”の――至高の竜種の助力を得ることは叶わない。その事実を明らかにできただけで、今回の任は果たせたと言えよう。


「ふふっ、よい闘気を放つ」


 腹の底を定めたヤマトの心意気を感じ取ってか、垂れ幕の向こうで“白”は小さな笑い声を漏らした。


「焦らずとも、奴らもすぐに仕掛けたりはせぬだろうよ。そなたやその周りの者が、無闇に騒ぎ立てたりしない限りはな」

「……忠告感謝する」


 つまり、時期が来たならば攻める意思があるということ。

 竜種の群れがどれほどの力を持つのか。門番竜と実際に刃を交えたヤマトには僅かながら想像できる。


(過酷な戦いになるな)


 思わず闘気を堪えられないヤマトを窘めるように、“白”が手を打ち鳴らせた。


「話は以上か?」

「……いや、まだある」


 首を振り、横に立っていたレレイへ視線を流す。

 それでヤマトの意思は伝わったのだろう。レレイは僅かに眼を開いた後、小さく頷いた。一歩前へ進み出て、“白”の視線を惹く。


「……この宮の地下から、邪な力の波動を感じた」

「邪な力?」

「うむ。宮を守護する貴方たちの力とは別。貴方たちの力によって封印されているものだ」


 生憎と垂れ幕で遮られているから、“白”がどんな表情を浮かべているかは伺い知れない。それでも、レレイの言葉に不気味なほどの沈黙を返している辺り、全く心当たりがない訳ではないらしい。

 そのことを確信した様子で、レレイは更に言葉を重ねた。


「かつて、魔王に与する者から聞いたことがある。大陸各地には初代魔王の遺骸が封じられ、今尚守られ続けていると」

「そのような話があったとはな」

「ここにあるのはその一つ――魔王の左腕で違いないか?」

「さて」


 明言することを極力控えながらも、その声音に楽観的な色はない。

 それだけでも、ヤマトとレレイがおおよその事情を察することは可能だった。


「別に答える必要はない。ただ、少し聞かせておきたいことがあったのだ」

「言ってみせよ」

「五つに分割された初代魔王の遺骸。その封印の解放を目論む者がいる」

「……ふむ」


 無論、クロたちのことだ。

 レレイが口にした事実は“白”としても興味深いものだったらしい。惚ける演技を一旦取り止めて、彼女の言葉に耳を傾けようとする。


「初代魔王の封印を解こうとする目的までは定かではない。だが彼らは――」




「そこから先は私の方から言わせていただきますよ、レレイさん」




「―――っ!?」


 突然割り込んだ声。

 それを耳にした瞬間に、ヤマトは我を忘れながらも腰の刀に手をかけた。


「お前、なぜここに――」

「理由ですか? それは貴方と同じですよ」


 背後を振り返れば、予想に違わない姿がヤマトの眼に飛び込んできた。

 闇に溶け込むような黒いローブで、身体つきや顔立ちが伺えないように全身を覆い隠している。声音から辛うじて男と分かるものの、それ以外に掴める情報は皆無に等しい。

 素顔や、その本名すら不詳。それでありながら、ヤマトたちの記憶に色濃く刻み込まれた男。

 黒ローブの男は、特徴的な慇懃無礼な態度のまま“白”の方へ進み出て、そして一礼した。


「お初にお目にかかります、“白”の竜よ。私のことはクロとお呼びください」

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