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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
277/462

第277話

「ふむ。どうやら頃合いのようだな」


 拳を構えていた門番竜だったが、ふと視線をヤマトから外すと、両方の拳を脇に降ろした。

 唐突な終戦宣告。その言葉通りに戦いの気配を霧散させた彼の姿に、戸惑いを禁じ得ない。


「どういうことだ? 俺はまだ――」

「客人だ」


 顎で示された方へ眼を向ければ、そこには二人の人影が立っていることに気がつく。

 一人はレレイ。そしてもう一人が、見覚えのない青年だ。


「レレイか」

「ずいぶんと心配していたようだ。声を掛けてやったらどうだ?」


 どことなく揶揄する雰囲気の門番竜を睨む。

 それに全く堪えた様子を見せないのは、長寿らしいふてぶてしさゆえか、それとも模擬戦で散々暴れ回った余韻ゆえか。

 咄嗟に言い返そうとして、肝心の言葉が出てこないままに口を閉ざした。


「……行ってくる」

「そうするといい」


 痛みと疲労感に包まれた身体を引きずり、レレイの元へ足を運ぶ。

 心配そうに見守っていたという言葉に嘘はなかったようで、戻ってくるヤマトに視線を向けたレレイは、目尻を僅かに垂れ下げた。


「まったく。朝からどういう試合をしているんだ、ヤマトは」

「面目ない」

「謝ることではない。それより、怪我はしていないか?」


 レレイの言葉を受けて、自分の体調を改めて確認する。

 身体の節々に鈍い痛みがまとわりつき、身動ぎするだけで思わず顔を歪めたくなる。叶うことならば、今すぐにでも寝所に戻って身体を休めたいところではあるが――


「大事ない」

「……本当か?」

「ああ。痛みはあるが、耐えられないほどではない」


 一応、その言葉に嘘はない。

 身体は先程から悲鳴を上げているものの、骨や肉に傷を負っている訳ではないからだ。動くことに苦痛を覚えてはいても、根本的に身体が壊れるようなことはない。


(それでも、酷使しすぎては話が別だろうが)


 改めて言って、無闇に心配させる必要もあるまい。

 少々の強がりを秘めたヤマトの言葉に、レレイは疑わしげな表情を浮かべるものの、ひとまず追求することは止めたらしい。丸い眼をヤマトから外して、戦いの痕跡が刻まれた広場を見渡した。


「ずいぶんと派手にやったな」

「俺はほとんど振り回されるばかりだったが」

「立っていられるだけ上出来だ」


 レレイの言葉に苦笑いを浮かべる。

 元々は古代文明の名残を感じさせる、理路整然とされた街広場。その景観は、人化しながらに圧倒的な力を持つ門番竜の手によって、もはや原型を留めないほどに破壊されていた。

 砂埃が空を舞い、強い寒風に煽られて小さな瓦礫が転がっていく。元々は石畳が丁寧に敷き詰められていた地面も、今や平らな部分を探す方が難しいくらいには、凹凸の激しいものになってしまっている。


(いや。奴の力量を思えば、これでも加減している方なのか?)


 門番竜の方へ視線を向ける。

 傍目から見ている分には、その他大勢の竜種と大して変わりない男だ。だが、その実力は並とは到底言い難いレベルであったことは、ヤマトはその身をもって理解している。彼が本気になったならば、ここの被害もこの程度では済んでいなかったことだろう。

 手加減されていた。そう考えると釈然としないものはあるが、事実なのだから受け止めざるを得ない。


(だが、今はそれよりも――)


 視線を僅かにずらし、門番竜の横に立つ青年に意識を向ける。

 東方風の淡麗な着物を身にまとった男だ。切れ長な眼が特徴的だが、身体の随所から疲労感が滲み出ているおかげで苦労人という印象が拭えない。

 彼はヤマトとレレイの会話を優先してくれたようで、門番竜と軽く言葉を交わしていた。


「奴は?」

「私も詳しくは知らない。ただ、里の奥地から遣わされた使者とだけ」

「使者か」

「私が来訪した報せを受けて遣わされたようだ。だから、ヤマトがあいつと戦っていることにずいぶん驚いているようだったぞ」


 それはその通りだろう。

 ヤマトが竜の里に入ることができたのも、門番竜の気まぐれによるところが多い。その他大勢の竜たちはほとんど気にしていない様子だったが、本来ならばヤマトは招かれざる客であるのだ。

 彼らの厚意のおかげで、ひとまず追い出されずには済んでいる。だが、彼もまた同様に振る舞う保証はない。


(もし追い払われるようならば、やり方を考えなくてはならないが――)


 何も考えは浮かばないなりに、強気な眼で使者の青年を見やる。

 見たところ、里に棲んでいる竜種たちとは些か雰囲気の異なる男のようだ。やや粗忽なところが目立つ者たちに対して、物静かで礼節を弁えている印象を受ける。腕に自信がある武官に対して、頭脳明晰な文官というところか。

 そんな彼の眼には、戸惑いの色こそあっても避難の色は薄い。


(ひとまずは、その心配は少ないか?)


 門番竜と何事かを話していた使者の男は、やがてヤマトとレレイに顔を向けた。


「お待たせしました。レレイ様と――そちらの御方は、お名前は何と?」

「ヤマトだ」

「失礼しました、ヤマト様。御二方とも、至高の方々の準備が整いましたので、私が参りました」


 至高の方々。

 できれば話を通したいと考えていた相手と、いきなり言葉を交わすことができるのか。想定していなかった展開に、思わず眼を白黒させる。

 そんなヤマトを他所に、レレイは一歩進み出て首肯した。


「そうか。……今すぐに向かってもいいのか?」

「勿論ですとも。御二方を歓待する手筈は整っていますゆえ」

「助かる」


 堂々たる立ち居振る舞いで応じるレレイ。

 彼らが竜種であることを物ともしない態度は、ヤマトをして感心させ得るものだ。


「む」


 ふと、我に返る。


「俺もいいのか?」

「直前に確認することになりますが、恐らくお断りにはならないかと。もしもの場合には、宮外でお待ちいただくことになりますが」

「分かった。ならばお言葉に甘えさせていただこう」


 そうまで言うならば、わざわざ遠慮する必要はない。

 ここでつぶさに竜たちの様子を観察するだけでも、アナスタシアに任せられた仕事を果たすことはできるだろう。だが、彼らの頂点に立つ至高の竜種に直接尋ねてしまった方が、ずっと速く正確なことに違いない。

 そんな下心を伏せたヤマトの返答に、使者の男は嫌な顔一つ見せずに首肯した。


「それでは、早速向かうとしましょうか。この山を高く登った先に宮はありますので、どうぞ準備は万端にしていってください」

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