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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
274/462

第274話

『―――――ッッッ!!』




 熱狂した竜種たちの咆哮が、再び街中に響き渡った。

 幾万人の怒号にすら匹敵する雄叫びは、その音量のみによって辺りを震撼させる。ビリビリと天地が震え、ヤマトの腹を痺れさせた。


「大した熱狂ぶりだな」

「久しく娯楽のなかった里だ。皆、こうした催しへの耐性がないのだろう」


 努めて冷静を装った門番竜が答える。

 門番を務めているという挟持ゆえか、反骨精神の賜物なのか。醒めた眼で熱狂の渦を見つめているものの、その指先には興奮を隠し切れていない。空気がビリッと震えるたびに、何かを堪えるように指が蠢いていた。

 何となく微笑ましい気分になりながらも、一瞬だけ脳裏をよぎった疑問を口にした。


「だが、至高の竜種――至高の方々の客人なのだろう? 見世物にするような扱いが許されるのか?」

「さてな。許されるかもしれないし、許されないかもしれぬ」


 どこか他人事のような門番竜の言葉に、思わず首を傾げた。


「どういうことだ?」

「至高の方々は我らが頂点に君臨される。だが、その御姿を見た者は一人もいない。女子を受け入れよとお告げになられたことも、我らにとっては驚天動地の出来事であったのだ」

「それは……」

「あそこで騒いでいる若輩者だけではない。無駄に年を重ねた老竜共とて、客人を扱う道理など知らぬのだよ。ゆえに若者を諌める言葉を作れぬし、若者も諌められたとて止まる理性もない」


 つまりは、一種の暴走状態。

 犯してはならぬ禁忌を理解しないままに、各々が興奮するに任せて客人に殺到しているということだ。


「今は辛うじて和やかな空気でいるようだが、それもいつまで保つことか。誰かが一線を越す前に、さっさと帰ってもらいたいところだが」

「……そうだな」

「ククッ、そなたとて例外ではないぞ」


 アナスタシアに依頼された重大な用件があるとは言え、あまり里を刺激するのもよくないだろう。

 あらかた用が済んだならば、即座に帰還する。そのことを改めて決定してから、ヤマトは狂乱する広場へ視線を投げた。

 総数は百に至るだろうか。数え切れないほどの竜種が塊になり、“何か”を取り囲むように輪を作っている。全員が輪の中心に眼を釘づけにされているらしく、すぐ傍に立っているヤマトにも気がついていないようだ。


「ここで何をやっているか、知っているか?」

「数日前と同様であれば、人化した者と客人とで手合わせをしているはずだ」

「手合わせだと」


 ざわりと胸が騒ぎ立った。

 考えてみれば、北地の中でも更に辺境と言うべきここへ来たくらいなのだから、客人とやらも相当に腕が立つはずだ。人の身でありながら、竜種に対抗し得るだけのものを秘めているのだろう。

 即座に気配を一変させたヤマトを見て、門番竜は端正な顔立ちをニヤリと歪ませた。


「興味があるか」

「まあな」

「ならば、見てみるとしよう」


 門番竜の提案に、一も二もなく頷く。

 その返事を確かめてから、門番竜は輪を作った竜種たちの方へズンズンと足を進めていった。流石は門番に任じられる者と言うべきか、歩く姿は威風堂々としている。

 一番外側から首を伸ばしていた竜の脚を、コツンと拳でノックした。


「道を開けよ」

『―――?』

「道を開けよ、と言っている」


 逆らうことは許さないと言外に告げるような、キツい命令口調。

 それに喉奥を鳴らして不満気な様子を見せた竜種だが、門番竜のすぐ傍に立っているヤマトに気がついたらしい。その眼を驚きに丸くしてから、のっそりと鈍重な動きで道を開けた。


「行くぞ」

「……おう」


 微妙な申し訳なさを覚える。道を譲った竜種へ頭を下げて、急いで門番竜の後を追った。

 門番竜の態度は傲岸不遜なものの、その脇にいるヤマトのおかげで揉め事になることのないまま、歩くこと少し。


「着いたぞ」

「ようやくか」


 十を越す竜種をかき分けたところで、渦中の場へ顔を見せることができた。

 ここまで来れば、流石に輪を作っていた竜種たちもヤマトの存在に気がついたらしい。ポカリと空いた広場で繰り広げられる模擬戦を横目に、ヤマトをジッと見つめてくる竜もいる。

 それらの視線をまとめて無視して、広場で繰り広げられている模擬戦へ視線を向ける。


「あれは……」

「あの女子が客人だ。数日前に来て以来、飽きることなくああして戦っているようだ」


 「物好きなことだ」という本音を隠そうともしない言葉に苦笑いを浮かべたくなるが、それよりも気になることがヤマトにはあった。

 竜たちが作った輪の中心で、ピリッと張り詰めた空気を振り撒きながら、二人の男女が相対していた。

 その内で男の方が、人化した竜種らしいことは一目瞭然――というのも、臀部から太い尾が、額から二本の雄々しい角が生えているからだ。彼の人化が未熟なためか、それともあえて残しているのかは分からないが、彼がいかにも竜種であることを強調している。

 そして、彼と向かい合って拳を構えている少女の方だが――


(あれは、レレイか!?)


 健康的に日焼けした小麦色の肌に、茶色の短髪。鍛え上げた体躯は程々に筋肉がついているが、それでも少女らしい柔らかさを残すバランスが保たれていた。

 「なぜここにいる」という言葉が、喉元まで出かかった。それでも実際に声にしなかったのは、戦いに水を差してはいけないという判断からか。


「―――」

「―――」


 周囲の熱狂とは対称的に、静かに睨み合う二人。

 数ミリにも満たない細かな間合い管理をやり取りし、互いの出方を伺っていた。


(だが、流石に技術面ではレレイに分があるようだな)


 それは当然のことだろう。

 離島暮らしが長かったとは言え、ひとまず武道を嗜んだレレイ。対するは、人化して戦うことを元から想定していない竜。

 元々の身体スペック差もあり、人であるレレイの方が技に長けていることは疑いようがない。


(その分、実際に組み合った際の膂力差がどうなるか)


 兎にも角にも、竜の青年が勝利するには至近距離で組み合う他ないということ。

 ヤマトがそれを確信するのと同時に、竜の青年も同様の結論に至ったらしい。グッと姿勢を低く落とし、下半身に力を溜めた。


(動く――)

「ォォオオオッッッ!!」


 睨み合いの静謐を破る雄叫び。

 その場に残像を残すほどの勢いで、竜の青年が駆け出した。十メートルほどあった間合いを一息に詰め、腰溜めに拳を構える。


「砕けろッ!」

「甘い」


 膂力だけを取り出せば一級品。直撃すれば人の身体どころか、大岩をも砕くだろう破壊力を秘めた一撃だ。

 傍目から見ていても怖気を覚えるほどの攻撃を眼の前にして、レレイは動揺を見せない。静かな眼差しで青年の突貫を見つめ、そして半身になる。


「ふぅ――」


 一流の達人は呼吸一つをもって、己が全身のみならず場をも支配してみせるという。

 整息。脱力しながらも力強さが感じられる姿勢のまま、レレイは軽く左手を前にかざして。


「なぁっ!?」


 竜種らしい力強さで踏み込んだ大柄な青年が、レレイの眼の前でグルンと空を舞うように投げ飛ばされた。

 一点を破壊する力のことごとくを自在に受け流し、宙空へと霧散させたのか。元々の重さを少しも感じさせない投げられっぷりに、辺りから竜の歓声が上がる。


「これは……」

「ふむ。相変わらず見事なものだな」


 門番竜は既にレレイの技を見たことがあるらしい。大きな驚きは見せないながらも、感心したように首肯する。

 一方のヤマトにとっても、それは驚嘆に値する光景であった。


(腕を上げた――いや、前よりも自然体でいるのか?)


 いずれにしても、明らかに以前より強くなっていることに違いない。

 ヤマトの眼からは、レレイはより身体の使い方が上手くなっているように見える。単に技術が向上したというのではなく、自分の身体が備える能力を十全に扱えるようになった印象だ。

 氷の塔で別れてからというもの、キチンと鍛錬に励んでいただろうことが伺える。そのことを嬉しく思う半分、闘争心をかき立てられる思いもあった。


「クハハッ! やはり見事なものだな人間!」

「私の方が多少技に長けていただけのこと。純然な力比べならば、私が勝てる道理もないさ」

「ククッ、まあその通りではあるがな!!」


 模擬戦が一段落し、仲間たちに囃し立てられながら竜の青年が立ち上がる。

 その姿に一礼したレレイが、ぐるっと視線を巡らせて――ヤマトと眼が合った。


「む」

「……おう」


 眼を丸くするレレイへ、何と言うべきか思いつかないままに手を挙げる。

 彼女からすれば、ヤマトは北地にて死んだものとして扱っていたはずだ。それなり以上に衝撃的な再会を受けて、何を思うのだろうか。

 久々の出会いに何を話すべきかを考えながら、ヤマトはレレイの元へ歩を進めた。

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