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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
273/462

第273話

 人化した門番竜に連れられ、ほとんど道とも呼べない獣道を歩くこと数分。

 険しい大岩を幾つも乗り越えた先に、竜の里と呼ばれる集落は広がっていた。


「ここが……」

「竜の里、とそなたらが呼ぶ場所よ。我らからすれば、単に同族が集まる地でしかないが」


 事もなげに言い捨てる門番竜の言葉を聞き流しながら、ヤマトは周囲を見渡す。


(ずいぶんと異質な街だ)


 一目見て覚えた感想が、それだ。

 一番近しい文化を挙げるならば、帝国になるだろうか。だが、それよりも得体の知れなさが大きいという意味で、帝国文化をも凌駕していると言っていいかもしれない。

 人の(竜の)手で造られたとは思えないほどに整然とした街並み。石材に似たもので覆われた舗装道だが、本来あるはずの継ぎ目が一切なく、不気味なほどに地面が水平に整えられている。道の両脇に建てられている建物も同様で、途方もないほどの大岩を丸ごと彫り抜いたかの如き様相を呈していた。

 人の技術力を、遥か後方へ置き去りにしていくような街。

 だが、その技術を丸ごと台無しにしてしまうくらいに、街中には獣の臭いが充満していた。風に乗って北地へ流れ出ていた獣臭の比ではない。思わず鼻を摘んでしまおうかと、ヤマトが逡巡するほどの臭いだ。


(なかなか、辛いものがある)


 絵画として鑑賞するのならば、これほどに楽しめそうな街もないだろうに。

 どことなく遠い眼になってしまう。

 その姿に何かを感じ取ったのか。先導していた門番竜は足を止め、怜悧な瞳をヤマトへと向けた。


「なあ人間、お前にこの街はどう見える?」

「ふむ?」

「率直なところを言ってみせよ」


 どんな返答を期待されているのだろうか。

 それを探るために門番竜の顔へ視線を投げてみるものの、得られた答えは何一つない。すぐに諦めて、ヤマトは周囲を見渡した。


「そうだな……。正直に言えば、ここに竜が棲んでいるという話が疑わしくなっている」

「ほう」


 小さく溢れた言葉に、不満や怒りの色はない。

 そのことを確かめてから、ヤマトは言葉を更に重ねた。


「ここは人のために――より正確には、人程度の大きさの者のために築かれた場所のようだ。人化した竜が住むならば道理だが、それは自然な姿という訳ではないのだろう?」

「ククッ、まあ道理よな」

「加えて、竜はこの街を持て余しているように見える。大方、元からこの地にあった街を占有しているのか」


 病的なまでに整えられた街並みと、それに似合わないほど自身らに無頓着な竜種。その間のちぐはぐさを解釈するならば、この結論に帰着するのが自然だろう。

 そんなヤマトの言葉を受けて、門番竜は凛々しい顔立ちを愉悦の色に染めて、含み笑いを零しながら頷いた。


「然り然り。なかなかよく見ている」

「と言うと?」

「そなたの言う通りよ。この街は我らが棲み着くよりも前に築かれていたもの。そこらに並ぶ建物とて、実際に使う者はほとんどいない」


 そう門番竜が告げる横で。

 天を駆けていた竜の一頭がゆっくりと降下し、建物の屋根へ着陸した。容易く岩を砕く竜爪がガッチリと建物を掴むが、その膂力を受けても建物は崩れる気配を見せない。


「あの通り、ここの建物は常識外れなほどに頑強だ。岩や鋼などないに等しい我らが棲むならば、この程度の硬さは望ましい」

「……道理、ではあるのか」


 街の使い方としては些かならず異なっているように思えるが、元々は獣に近しいのが竜種だ。その強靭な身体で破壊してしまわないような場所というのは、住み処に求める最低条件になるのだろう。

 とは言え、大陸の文明を少なからず凌駕した街をぞんざいに扱っているところには、思うところはあるのだが。

 首を軽く振り、門番竜の顔を見返す。


「元々は何の街なのか、伝わっているか?」

「さてな。それを知っている同輩はいないだろうよ。群れの長共とて、果たして知っているかどうか」


 つまり、この街を造るための技術力に気づいた竜はいないということか。

 微妙に釈然としない顔になったヤマトへ、門番竜は続けてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「だが、それならば逆に考えることはできる。この地の所以を知る者は至高の方々のみか、あるいは誰も知らないのか。いずれにしても、その歴史は神代にまで遡れるであろうな」

「神代?」

「神話の時代、至高の方々が生まれた時代よ。そこに何があったのか、この地を精査すれば掴めるやもしれんな」


 門番竜の言葉に頷く。

 白塗りの研究室に引き籠もっているアナスタシアに、この地のことを話したらどうなることだろう。好奇心がそのまま人の形を取ったような彼女であれば、如何なる困難をも跳ね除けて調査に乗り出すかもしれない。

 彼女との通信が竜種の魔力や荒れる吹雪によって途絶されていることが、少し惜しい気もする。


(とは言え、調査は今回の件が片づいた後のことだな)


 気を取り直す。

 アナスタシアが出向くことはないのだから、今は一人の冒険者として、この街の神秘に感動していればいい。

 そう考え直し、改めて周囲の街並みを見渡したところで。




『―――――ッッッ!!』




「む」

「またか」


 突如響き渡った咆哮。

 その音量に眉根をひそめたヤマトに対して、門番竜は溜め息を零した。毅然とした眉が力なく垂れ下がり、疲れ果てたように背が煤けている。

 どうしたのかと問おうとしたところで、立て続けに咆哮が三度響き渡った。


「これは……」

「気にすることではない。客人が来たということで、里の者がはしゃいでいるのだろうよ」

「客人」


 ヤマトに先んじて里へ訪れた客人。正体は分からないが、彼ないしは彼女が滞在しているという話は聞いていた。

 言われて再び咆哮に耳を傾けてみれば、その音量は常識外れなほどに大きいものの、敵意じみたものは含まれていないように思えた。むしろ、歓喜と高揚に溢れている。


「見ての通り、この里は大陸の僻地にある。他所の者と触れたこともない若者にとって、奴は外の世界を知るに最も手っ取り早い存在なのだ」

「ゆえに、舞い上がっているか」

「……面目ない」


 しょげたように目尻を落とす門番竜。彼なりに、この事態を憂慮しているのは確からしい。

 ヤマトを独断で通した辺り、反骨精神とやんちゃ心の塊なのかと邪推していたのだが、どうやらそれだけでもないようだ。彼なりに、竜の里の行く末を本気で案じているだろう。


(そうでなければ、門番という大役を任じられるはずもないか)


 少々向こう見ずな竜、と失礼な評価を下していたことを内心で謝罪する。

 そんなヤマトの心境を知ってか知らずか、門番竜は表情を改めて歓声の上がった方へ顔を向けた。


「予定にはなかったが、あちらに先客がいるはずだ。顔を合わせておくか?」

「あぁ、是非頼む」


 先客が何者なのかは知らないが、顔合わせをしておくに越したことはない。

 そう考えて首肯すれば、門番竜も打てば響くように手を打ち合わせる。


「よし、ならば行くとしよう。ついて来い、こちらだ――」


 叫声が響き熱気が渦巻く方へ、クルッと足を向ける門番竜。

 心なしか意気揚々としているその背中を追いかけて、ヤマトは小走りになった。

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