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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
271/462

第271話

 竜の里。

 際立った秘宝や神秘が眠る訳ではないにしても、理性を宿した竜種が集落を築いているという話は、夢追い人たる冒険者を駆り立てるには充分すぎる魔力を持っている。かつて偉大な冒険家が伝え残したその地は、数多の冒険家が憧れる夢の場所であると共に、誰一人として帰ってくる者のいない絶望の地でもあった。


(そんな場所に、俺が至ろうとは)


 胸の内に熱いものが込み上げるのに任せて、ホッと溜め息を漏らした。

 先程まで辺りを荒らしていた吹雪はすっかり収まり、ヤマトの眼の前には錚々たる威容で竜の里がそびえ立っていた。触れれば手が裂けそうなほど鋭い岩山、不定期に吹き抜ける荒風、天を駆ける竜翼。

 それら全てが、冒険者としては半端者なヤマトの心胆をも驚嘆させ、胸を感動に打ち震えさせる。


「――とは言え、この臭いだけは如何ともし難いな」


 北から吹き抜ける風に、思わず眉間にシワを寄せる。

 冷たさばかりは爽やかな北地の風だが、それに乗った濃い獣臭がヤマトの鼻孔を刺激していた。嗅ぎ慣れないということはないが、それにしても限度はある。人里に暮らすことが当然だったヤマトにとっては、それは正直耐え難いほどの悪臭に等しい。

 身体を洗う習慣があり、自らの臭いにすら敏感な人間の集落であっても、どうしても拭えない臭いがあるほどなのだ。理性を宿したとは言え、元が野性の竜種が集まっているのでは、人が耐えられないほどの臭いが立ち込めるのも無理ない話なのだろうか。

 現実逃避気味にそんなことを考えるものの、すぐに悪臭で頭が揺らめいた。


「臭い。鼻を塞ぐにも限度はあるからな……」

『どう――した――?』

「あー……。いや、何でもない」


 耳元に着けた通信機から、けたたましい砂嵐の音が漏れ出てきた。

 騒音の中に混じって微かに聞こえるばかりのアナスタシアの声。耳を澄ませてそれを聞き取ったヤマトは、気を取り直すように頬を軽く叩いた。


「前もって想定はしていたが、やはり通信の通りは悪いらしいな。ここならばまだ話せるが、里に入ったならば切れると考えた方がいいだろう」

『そうだ――。急――改良し――が、間に合い――ない』

「気にするな。一朝一夕でどうにかなるようなものでもないのだろう」


 迂闊に踏み込めないほど激しい吹雪に、数多ひしめく竜種の魔力。

 竜の里を目前にしてアナスタシアと通信を繋いだものの、それらが原因となって通信状況は劣悪なものだった。今は辛うじて通話ができているものの、一歩でも竜の里に足を踏み入れたならば、その瞬間に通信が途絶されてもおかしくない。

 もっとも、この辺境にまで音声通信を届かせているということこそ驚嘆に値する。称賛こそすれど、彼女の技術を侮る道理はなかった。


「それに、今回の目的は共有済みだ。俺一人でも成し遂げてみせよう」

『――うしてくれ――かる。今回――ポートでき――悪いな』


 ヤマトが今見ている通り、最近にわかに動きを激化させている竜種。その原因が何にあるかを探り、そして可能であれば解決を図る。

 口で言うほどに容易い任務でないことは百も承知だが、だからと手をこまねいていい事案でもないのだ。


『下手――刺げ――なよ。忍び――必要もない。――堂々と――ればいい』

「正面から堂々と、か?」

『理性――なら、話――じるはずだ。やましい――のだから、隠――警戒――必要もない――』

「……確かに、忍び込んでは心証は悪くなるな」


 竜種の巣と聞けば、己を悟られないよう忍び込むことが基本のように思える。だが相手が理性ある存在であるならば、それは悪手だ。誰しも、己の眼から隠れて忍び込むような輩に好意的でいられるはずがない。

 ヤマトたちの目的は敵対ではなく、竜種との融和にある。ならば、ひとまずは礼を弁えた言動に徹するべきだろう。


(もし仮に、その場ですぐさま襲われたならば――そのときは、そのときだな)


 大陸広しと言えども、竜種ほどに強い力を宿した種族は他に見られない。明らかに図体が違う辺りは問題なものの、強者との戦い自体は歓迎すべきことだ。

 とは言え、数十もの竜種にたかられて無事でいられると思えるほど、ヤマトは向こう見ずな人間でもない。可能であれば刃を交えるのは避けたいことに違いはない。


『そろ―――信を――っておけ。こ――波が――知され―――しれない』


 砂嵐に混じったアナスタシアの音声が、いよいよ聞き取りづらくなってくる。

 もはや三割程度しか明瞭に理解することができない声を、大まかにだけ把握して頷いた。


「分かった。切るぞ」

『健闘―――る』


 健闘を祈る、だろうか。

 アナスタシアらしからぬ激励の言葉に、思わず眼を丸くする。


(それほど、今回の任が難しいと彼女も考えているのか?)


 思い返してみれば、通信機から伝わってくるアナスタシアの声音は少し緊張を帯びているように聞こえる。

 エスト高原で戦争に介入すると決めた際に、彼女はそれほど取り乱さず――むしろ余裕をありありと浮かべた様子で応じていた。そのくらい、竜種が数多棲む里を脅威として捉えているのかもしれない。


「……いずれにせよ、俺のやることは変わらない」


 通信機のスイッチを切った。

 アナスタシアの援護は期待できない今、頼れるものは己の身一つ。そう言うと気楽なようだが、自分の一挙手一投足が責任となって返ってくると思うと、少し気が重くもなる。

 深呼吸と共に腹をくくり、眼前にそびえ立つ竜の里を睨めつけた。


「行くか」


 未だかつて人が訪れたことの少ない竜の里。そこには一体どんな景色が待っているのか。

 痺れるほどの緊張感と軽い高揚感、そしてふつふつと湧き出る好奇心を自覚しながら、ヤマトは竜の里へ足を踏み入れた。

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