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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
竜の里編
268/462

第268話

「むぅ」

「……今回は打ち止めか」


 刃と盾を交えて戦うこと数十分。

 いい加減に身体の疲労が無視できなくなってきた頃合いで、ヤマトとヘクトルは互いに眼を見合わせ、得物を振る手を止めていた。


『まさか、団長の盾を二つとも落とすとは……!?』

『いや。既に奴の剣は一つも残っていない。団長の勝利でいいはずだ』

『だとしても、尋常ではない腕前。流石、団長の友人というだけはある』


 試合を見守っていた外野のざわめきが、空気を震わせてヤマトたちの耳に滑り込んでくる。

 それらを努めて無視しながら、ヤマトは手元に残った得物に視線を落とした。

 既に百合は優に越えていただろう。それほどの数を全力で打ち合わせてきただけあり、ヤマトの刀は原型を保てないほどに壊れてしまっていた。刃の部分は粉々に砕け、無事に残ったのは柄の部分だけ。

 こんな有様では、とても満足に使うことはできなさそうだ。

 対するヘクトルの大盾も、中央のところで真っ二つに断ち切られている。元々が全身を覆い隠せるほどであった盾だが、今や腕部を辛うじて覆っている程度でしかない。


「我はこのまま拳で戦ってもいいが、そうなれば訓練の域から外れてしまう。今回はここで止めるべきだろうな」

「そうしてくれると、俺も助かる」


 素直にヘクトルの提案には頷く。

 拳での戦闘となると、体格で劣るヤマトの方は分が悪い。そう簡単に敗けてやるつもりはないと言っても、あまり好ましくない戦いになることは間違いなかった。

 人知れず安堵の溜め息を漏らしながら、刀を鞘に収めた。

 ヤマトとヘクトル、互いが得物を下げたからだろう。辺りの空気が一気に弛緩し、自ずと頬が緩んだ。


(反省点は多いが、得難い経験をさせてもらった。感謝しなくてはな)


 たかが数十分程度の戦いであったが、ヘクトルが並大抵ではない強者だったゆえに、そこから得られたものは途方もなく大きい。これを糧として鍛錬に励めば、更に力を伸ばすことが叶うだろう。

 今すぐにでも鍛錬に戻りたい心地ながらも、身体の芯まで溜まった疲労がそうさせない。

 思わず腰を床に下ろせば、そこから根が生えたように身体が動こうとしなかった。


(まったく情けない)


 もどかしさのあまりに溜め息をそっと漏らしたところで、ヘクトルが強面に似合わない笑顔で近づいてくる姿が眼に入った。


「見事であった! 流石、“彼女”が最高傑作と言うだけはあるな」

「最高傑作か。それを期待していたならば、少し外れていたかもしれんな」

「そんなことはない。素の実力が高いことは無論、更なる伸び代も感じさせる。“彼女“の下にいるのでなければ、勧誘したかったところだ」

「そうか」


 こうも正面切って褒められることは、ここ最近はなかったように思える。

 何となく視線を合わせていられず、仮面の中で眼を逸らした。

 微妙な雰囲気を放つヤマトに気づかないのか、それとも意図的に無視しているのか。ヘクトルは嬉しそうな顔を止めず、話を続ける。


「ともあれ、そうだな。それほどの力を持っているならば、エストであの娘と戦い、そして退かせたことも納得できる」

「……娘? あぁ、奴のことか」


 首を傾げたところで、ヘクトルが誰のことを言っているのか理解した。

 ノアのことだ。

 確かに彼は、容貌については女子にしか見えない。わざわざ自らの素性を明らかにすることもないから、ヘクトルにとってノアは冒険者の少女という認識なのだろう。

 ヤマトの見せた反応にヘクトルも小首を傾げるが、やがて表情を改める。


「うむ。敵ながら天晴、と言わずにいられないほどの腕前であった。奴ほど巧みに術を使いこなす魔族は、今の魔王軍には……ミレディくらいしかいないだろう」

「確かに、尋常ではない使い手だ。魔導術のみならず武術もこなせる者となれば、この軍にいるかどうか」


 ヘクトルが名前を出した、第三騎士団長ミレディ。

 察するに彼女は相当な魔導術の使い手らしいが、ヤマトが垣間見た限りでは、体術の方にはほとんど心得がないようだった。その意味で、ノアに並び立てるほどの者とは言えないだろう。


(ならば後は……クロか、ジークか)


 ヤマトが脳裏に思い浮かべた二名は、共に魔王軍所属とは素直に言い難い存在だ。ゆえにヘクトルも名前を出さなかったのだろうが、魔導術と武術の両方を高い水準で修めた者となると、そのくらいしか思い当たらなかった。


(そう思えば、相当な逸材だったのだな)


 今更ながらに、元相方がどれほど常識外れな存在だったかを思い知らされる。

 誇らしい気持ち半分、それに至らない己への不甲斐なさ半分。

 仮面の下で形容し難い表情を浮かべるヤマトだったが、ヘクトルはそれに気づく様子もなく言葉を続けた。


「ゆえに、あの娘と渡り合ってみせた主には興味があったのだ。こうして手合わせをして、理解することもできた」

「……渡り合ったとは言っても、手加減はされていただろう。途中で戦いが区切られたから、辛うじて拾えた命だ」

「であろうな」


 あっさりと頷いたヘクトル。あまりにあっさりとした様子に、不甲斐なさより先に清々しさが浮かんだ。

 耐えられずに笑みを零せば、ヘクトルは慌てて取り繕うように言葉を続けた。


「我も奴に苦汁を舐めさせられたから、奴の強さは理解している。だから――」

「構わない。己の未熟さは、己自身がよく知っている」


 長らく並び立っていたつもりでいたが、現実にはノアに先を行かれてしまっている。

 そのことは既に受け止めているし、今更文句を口にするつもりもなかった。


(とは言え――)


 そのリードを、今後も許し続けるつもりは毛頭ない。

 また会ったときには再び並び立てるように――むしろ後ろに置いていくくらいの気概で、鍛錬に励む必要がある。ノアの度肝を抜くくらいのことはしてやらなくては、胸中の燻りが鎮まることはないだろう。

 ふつふつと湧き上がった闘志に任せて、重い腰を持ち上げた。


「得物がなくては、手合わせもできないからな。俺は一足先に切り上げるとしよう」

「そうか? ならば、見送るとしようか。――いつまで手を休めているつもりだ! 組手を始めろ!」


 手合わせが終わってから、鍛錬の手を休めて和気あいあいと歓談に興じていた騎士たちへ、ヘクトルが大声で指示を飛ばす。

 それに慌てて従う騎士たちを尻目に、ヘクトルはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「行こうか」

「あぁ」


 先導するヘクトルの背を追って、訓練場を後にする。

 宿舎の窓口で待機していた男に会釈してから、ヤマトは部屋から廊下へと出た。


(そうか。また長い道を歩かねばならないのだったな)


 ポツポツと仄かな光を出す照明が並ぶばかりの、人気がなく長い通路。そこに住まう者ですら全貌を把握できないほど、複雑に入り組んだ回廊。

 ここまで来た際に苦労させられたことを思い出して、どんよりと気が重くなる。

 そんなヤマトの内心を悟ってか、ヘクトルは顔に浮かべた笑みを深めた。


「ではな。帰り道は分かるだろう?」

「……あぁ、世話になった」


 嫌味のつもりか。

 仮面の中でジトッと湿度のこもった視線を向けてから、小さく溜め息を零したところで。


「――そういえばお主、名は何という?」

「む」


 名乗っていなかっただろうか。

 そう首を傾げかけたところで、思い直した。


(人であることを隠していたからな。名乗らなかったのだったな)


 魔王軍の下、アナスタシア一味として活動していく上で、ヤマトが人であることを悟られるのはマズい。そんな事情だったはずだ。

 名乗らずにやりすごそうかと思案するが――ヘクトルの眼を見て気が変わった。


「ヤマトだ」

「ほう。ヤマトか」


 興味深そうにヘクトルは頷いた。

 何事かを躊躇うように視線を彷徨わせてから、ゆっくりと口を開く。


「なあヤマト。“彼女”は――アナスタシアは、危険だ。目的のためならば他を顧みず、容赦なく犠牲にしようとする。ああした者は得てして強烈な輝きを放つが、同時に、すぐ消え失せる定めにある」

「………」

「他というのはヤマトも、アナスタシア自身も例外ではない。目的を果たすため己をも犠牲にできる、そんな女」

「それは、勧誘のつもりか?」


 ヘクトルの言わんとすることは理解できる。

 その内容と、裏に秘められた彼の心情を理解した上で――ヤマトは茶化すように口を開き、首を横に振った。


「諸々の覚悟は既に定めている。悪いが、今更何を言われても揺らぐつもりはない」

「……そうか」


 魔王軍という立場から身を案じられるというのは、なかなか経験できることではない。

 珍しい感覚に何とも言い難い心地になりながら、ヤマトはヘクトルに背を向けた。


「ではな。また機会があれば、ここに来るとしよう」

「あぁ。そのときを楽しみに待つとしよう」


 騎士団長としての顔を捨て、一介の男として友人を見る顔になるヘクトル。

 その視線にむず痒さを覚えながらも、ヤマトも応じるように軽く腕を上げた。

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