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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
260/462

第260話

 一撃必殺。

 刀術の秘奥と言うべきその教えは、単に気構えを説くだけのものではない。より実践的で、確実に戦場を生き残るための教えでもあるのだ。


(まずは、一太刀)


 踏み込み。

 その機先を制するようにノアが魔導銃を掲げたところを眼にして、刀の刃を立てる。


「させな――」

「ぬんっ!」


 気迫と共に斬撃を三つ。一つの銃声に被せて放たれた複数の弾丸が、鋼鉄の刃に弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいく。

 銃口の位置と発砲のタイミング、その両方を寸分違わず読み切る慧眼。そして、高速で飛来する弾丸を紛うことなく斬り捨てる剣技。その二つを兼ね備えてなければ成し得ない技だが、それはノアの度肝を抜くには至らなかったらしい。


「流石だね。だけど、まだここから!」

「ぬ」


 機関砲を撃ち続けているかのような、怒涛の弾幕が展開した。片手で持てる小型魔導銃から放たれるとは信じられないほど、立て続けに発砲音が木霊する。

 一瞬で辺りの空気が熱せられ、弾丸が迫るより前に熱気がヤマトの肌を焦がしていく。反射的に刀を握り締めようとして、グッと身体の動きを堪える。


(これでは、斬り捨てるのも難しいか)


 先と同じ要領で銃撃を読み切ろうとして、諦めた。

 一つ二つを読み切って弾いてみせたところで、弾幕が丸ごと失せる訳ではない。間髪入れずに放たれる弾幕は人の手で抑えられないほどに濃いのだ。正面から立ち向かうなど、勇敢を通り越して蛮勇でしかない。

 だが、それならば正面切って取り合わなければいい。


「この程度では俺は捉えられんぞ。――『水月』」


 『水月』を発動。体内の気を意図的に乱し、足取りを狂わせる。断続的に殺気を放って存在感を示し、手にした刀の煌めきで視線を誘導。肌を掠めていく弾丸の熱に背筋を震わせながら、幻影を四方八方へと散らした。

 ノアはヤマトが生み出した影に目を奪われるが、すぐに正気を取り戻す。初見の相手であればしばし惑い、やがて自ずと隙を作ってしまうものだが。


「無駄だよ!」

(やはり手強い)


 手の内が知り尽くされていることに加えて、頭でっかちに終わらない対応力の高さが脅威だ。

 ヤマトの『水月』を看破したノアは、一瞬の間すら置かずに対策を編み出した。銃口から吐き出される弾丸の雨をそのままに、銃で空を薙ぎ払う。自然、先程よりも広範囲を覆った弾幕は次々に幻影を貫き、跡形もなく霧散させていく。

 『水月』で稼げた時間は、僅かに数秒ほどか。それも、ノアに片手間の対応を強要しただけに留まった。彼の眼は未だに、幻影に紛れて伏したヤマトの姿を捉えている。


(眼を欺くことはできなかったが、この機を逃す手はない)


 ノアの双眸に見つめられている。

 その事実は自認していても、このまま棒立ちしている訳にはいかなかった。ノアを相手に勝ちを臨むのであれば、ここは前へ出る一手のみ。


「シ――ッ!」


 薄くなった弾幕の中、ノア目掛けて踏み込んだ。弾丸が身体を掠め、仮面を砕き、鮮血を奔らせる。

 僅かに驚くように眼を見開くノアだが、次の瞬間には平静の表情へ戻った。『水月』を散らすため払った銃を引き戻し、その銃口をヤマトへ向ける。


「その距離じゃあ避けられないよね!」

「『疾風』ッ」


 魔導銃が唸る。同時に、辺りの風が荒れ狂う。

 ヤマトの額を狙い澄まして放たれた弾丸の前に、幾重もの風が逆巻き、無数の鎌鼬となって立ちはだかる。必殺を秘めた鉛玉へ風の刃が次々に襲い掛かり、僅かずつ軌道をズラす。

 結果を確かめる間もなく、着弾。


「―――っ!?」


 頬の辺りを強い衝撃が貫く。

 視界を覆っていた認識阻害の仮面が砕かれ、白い陶片が散る中に混じって、頬から赤い血が噴き出す光景が眼に入った。

 ジンジンと鋭い痛みが顔面を走るが、思考が鈍るほどではない。動揺で乱れる視線を御し、手元の刀を握り込む。


(一撃必殺か)


 それは、ただ一撃に必殺を込めるべしというだけの教えではない。

 熟達の武者同士の戦ならば、一撃一撃ごとに必殺が宿る。ゆえに、戦いの焦点は相手の身を断つことにはなく、如何に一撃を扱うかに掛かっていることを説く。

 そしてノアは、今その一撃を損じた。


「行くぞ。今度は俺の番だ」

「くっ!?」


 殺気を伴って踏み込む。

 表情に焦りを滲ませて後退るノアは、そのままゆらりと魔導銃を掲げる。反撃の構え。相手がヤマトでさえなければ、それは当然の一手だっただろう。

 だが。


(お前に、それが撃てるのか?)


 刀を腰溜めに構えたまま、ジッと黙して“その瞬間”を待つ。

 弾丸そのものを眼で捉えることはできずとも、その引き金を引く指の動きは、この距離であれば間違えることなく目視できる。ヤマトであれば、回避は難しくない。また魔導銃は一度撃ってしまえば、どれほど短時間に抑えたとしても、必ず装填を必要とする。弾の撃てない魔導銃など、只の玩具に等しい。


(撃ったならば、そのときがお前の終わりだ)


 さあ、撃て。

 撃って、唯一の武器を手放せ。


「――このッ!」


 ノアはヤマトの狙いを察したのだろう。ピクリと指先を動かしながらも、遂に発砲することはできない。口惜しげに表情を歪めてから、銃を手放すことなく後退ろうとする。


(賢明な判断だ。だが――)


 その判断は、ヤマトの思う壺でもある。

 指先へ目を凝らしながらも、身体だけを前へ。腰溜めの刀は刃を煌めかせるに留め、いつでも振るえることを誇示する。

 対するノアは指先の動きと銃口の傾きで牽制を試みるが、既にここはヤマトの間合いだ。苦し紛れの手で打開を許すほど、生温くは寄らない。


(更に深く)


 前進。

 間合いがより詰まるが、まだ刀は振らない。

 互いの息遣いが聞き取れるほどの距離に踏み込んだところで、ノアはヤマトの思惑に気がついたらしい。


「―――! 『霊矢』!」

「温いぞ」


 予備動作がなく、声を短く上げるだけで完成する魔導術。常であれば脅威足り得るの攻撃も、この間合いにあっては十全な威力を持ちはしない。

 肌が粟立つことを薄く遠くに自覚しながら、もう一歩間合いを詰める。その一手で、ノアは自滅を恐れて魔導術を操ることはできなくなる。


(捉えた)


 そして、ここまで詰めれば必殺。どう足掻いたところで避けることも防ぐこともできない、

 散々に見せつけながらも振るうことのなかった刀を、ギラリと煌めかせる。


「まず――!?」

「一本ッ!」


 殺意を一つの刃に収束。ただ一撃に全てを込める。

 時の流れを置き去りにして振り抜いた太刀が、一切の抵抗もなくノアの胴を薙ぎ――


「む」


 手応えがない。

 眼前のノアの胴を確かに刃は捉えていたが、肉を断つ感覚が全くと言っていいほど手に返ってこない。

 硬直は一瞬。

 本能が警鐘をかき鳴らした。


「―――っ!?」


 直感が叫ぶに任せて身を屈ませる。直後、どこからともなく飛来した弾丸が頭頂部を掠めた。


「げっ。これも避けるのね……」

「油断も隙もあったものではないな」


 反射的に刀を振り返そうとしたところを堪え、一気に飛び退る。

 間合いが離れたところで辺りを見渡せば、魔導銃をフラフラと揺らしながら、呆れた表情を隠そうともしないノアの姿があった。当然のことながら、その身体にヤマトが斬った跡はどこにも残されていない。


(『水月』のような、単なる目眩ましとは異なった技。魔導術の一種か?)


 相手の眼に錯覚を起こさせるのではなく、正真正銘の幻像を生み出すような技か、違和感を抱けないほど高度な幻覚を見せる技か。魔力を感知できないゆえに確証は持てないが、いずれにしても油断ならない技術であることに違いはない。

 警戒心を顕わにして眼を細めたヤマトに対して、ノアはあっけらかんと言い放った。


「それにしても、流石はヤマトだね。こんなあっさり追い詰められるとは思わなかった」

「吐かせ」

「本当のことだよ。今のだって、一歩間違えればそのまま死んでいたからね」


 必殺のつもりで臨んだのだから、そうでなくては困るというもの。むしろ、それを受けて逃れてみせたことの方が驚嘆に値する。

 憮然とした心地のまま鼻息を鳴らす。


「それで。いつになったら本気を出すつもりだ?」

「本気って、ここまでも相当本気のつもりだったんだけど……」


 そうは言うが、ノアの表情からは余裕が感じられる。


(こいつは、ここに来ても遊ぶつもりか)


 いつも“これ”だ。

 言葉の上でだけ真剣さを取り繕いながら、ノアはいつも飄々として真剣に事に当たろうとはしない。誰かに不自然さを気づかせることのないよう、常識的に上等な実力だけを見せながら、その底にあるものを見せようとしない。ヤマトがそんな疑念を抱けるのも、旅をして長い時間を共にしたからと、後はほとんど偶然の産物だ。


「ふぅ――」


 整息。

 熱を帯び始めた頭に冷や水を浴びせる。

 幾ら筋違いの苛立ちを抱えたところで、その雑念は刃を鈍らせるばかりだ。ならば、そんなものはここに必要ない。


「どうかした?」

「なに。少し考えを改めたまでだ」


 都合のいいことを考えるな。ノアの本気を見たいのであれば、それを出さざるを得ないまでに追い詰めればいい。それができないのは、単に己が力不足である証左でしかない。

 加えて、いざとなれば腕や脚の一本二本を斬り捨ててしまえばいいのだ。そこまで至れば、さしものノアも本気を出さざるを得ないだろう。


(我ながら、悪逆非道なことだ)


 元がつくとはいえ、とても相棒に対して抱いていい感情ではない。

 だが、アナスタシアの手を取った瞬間に、そんな常識的な観念の全てを捨て去ったのだ。ここに来てまで躊躇う理由は、どこにも残ってはいない。


「――いざ」


 心は落ち着いた。身体を巡る力にも不足はない。

 深呼吸一つ。腹をくくって刀を構えた。

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