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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
海洋諸国アルス編
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第26話

 海洋諸国アルスは、無数の島国が連なって成立した国家群だ。その一つ一つの国力は微弱であるものの、ここアルスの街に設立された評議会を通して全てが結集することで、大陸でも有数の力を発揮することができている。

 そんなアルスの市場は、他国のものとは少なからず異なった雰囲気を放っている。


「見覚えのないものが多いね」

「南の島々から取り寄せたものが中心だからな。逆に帝国製のものは少ない」


 潮と果実の臭いがむせ返るほどに充満した市場を、ヤマトとノアは歩いていた。

 彼らが歩く道の両脇には色とりどりの屋台が立ち並び、それぞれが凄まじい熱気で客寄せをしている。実際に並んでいる商品も珍しいものばかりだから、通行人も興味を惹かれてフラフラと道を外れていく者ばかりだ。


「ヤマトはここに来たことあるんだよね? どれがよさそうとかは分かる?」

「……いや、すまない。ずいぶんと様変わりしている。力にはなれなさそうだ」

「ふぅむ。そんなに変わるものなんだね……」


 見渡してみても、見覚えがある商品は僅かばかり――リゾート地ゆえの土産品だけ。いわゆる、定番商品と呼ばれるものだ。

 妙に外皮がゴツゴツとしている果物や、ツルリとボールのような形状をした緑色の実。奇天烈な形状をした木の彫り物に、色鮮やかな香辛料の粒など。見れば概要は把握できる代物から、見た目からではどんなものなのか想像もできない代物まで、千差万別だ。

 美味しそうな果物に混じって、食欲を著しく削るような臭いを放つ果物が並べられているのを眺める。


「海の交易については、日進月歩と聞く。数日前まで通ることのできなかった海域を越えられるようになり、新たな島と交易を結べるようになることも珍しくないらしいからな」

「新しい技術が開発されたりしてるの?」

「いや。それよりは新しい航路の開拓だ」


 これまでは座礁する危険性から越えられなかった海域を越える。その知識は、下手な技術以上の価値が商人たちの間では見出されている。裏社会では、その知識を巡った戦いが勃発するほどだ。


「航路ねぇ」

「海は気温や風向き、海流の流れに魔獣の分布によってその姿を変える。数年前は使えた航路も、すぐにその安全性は消えるものだ」

「魔獣除けの魔導具とかを使えばいいんじゃないの? あとは、魔導動力とか」


 魔導動力。帝国が鉄道を大陸中に開通させた契機となった技術だ。人の力に寄らず、魔力を封じ込めた石や木を燃料として力を生み出すことができるのだとか。技術者ではないヤマトは詳しいことを知らないが、魔導動力の登場によって、大陸の文明は一気に進化したと言われる。


「それで抗いがたいほどに、海は強大だということだ」

「へぇぇ」


 内陸の帝国育ちのノアには、今ひとつピンときていないらしい。

 こうしたものは、口で言葉を積み重ねるよりも、実際に一度体験させた方が手っ取り早いというものだ。時間があればノアを航海に連れ出そうと決めて、ヤマトは再び市場を見渡す。


「あっ、試食だって。珍しいね」


 ノアが指差した方を見やる。

 試食を催しているのは小さな屋台であった。店番は快活そうな少女が一人。小麦色に焼けた肌とクリクリと丸い目がよく似合っている。健康的な色気すら感じる少女の笑顔に誘われて、通行人が屋台に立ち寄り、商品を口に運んでいる。


「果物か」

「知ってるものはある?」


 言われて、商品を改めて検分する。

 置かれているのは三種類だ。一つ目は、拳大のボールのような形をした緑色の果物。表皮はツルリとしており、それなりの硬さが伺える。二つ目は、細長い棒状の果物だ。色は緑色から黄色のものまである。そして、三つ目はゴツゴツとトゲを生やしたような形状をしている果物。大きさは人の頭以上はあり、その形状も相まって、下手すれば鈍器のように使えるのではないかと直感してしまう。


「丸い果物は知っているが、それ以外は知らないな」

「それ、どんな味?」


 数年前にアルスに来たときのことを思い返す。やはり、今のノアと同じく好奇心を刺激されたヤマトは、屋台に並べられた果物を片っ端から買いあさり、宿で食べ尽くしたものだったが。


「かなりの水気がある。ただ、味の方は薄かったはずだ」


 聞けば、川も湖もほとんどない島での生活における、貴重な水源の一つだという。

 ほんのりと淡い甘味は感じられた一方で、特別好んで食べようとは思えない味だった気がする。正直に言えば、果物であると言われても頷きがたいような代物だ。


「他二つは?」

「見覚えはないな。細長い方は、大体の見当はつくが」


 屋台から立ち上る甘い香りの正体は、間違いなくあの果物であろう。見れば、試食する客たちもほとんどがその果実に手を伸ばしているようだ。

 薄い皮を剥いた先には白い身がある。それを口に運んだ試食客が頬をほころばせている辺りから、相応に美味らしいことも伺える。


「……問題はあれか」


 微妙に顔をしかめるノアに、ヤマトも首肯する。

 三つ目の果実。さながら鈍器のような姿をしており、更には、自然と足が遠のくほどの強烈な臭気を放っている。試食しに立ち寄った客もその果実には手を出そうとせず、遠巻きに眺めるばかりだ。店番の少女の方も、あまり積極的に差し出そうとはしていないらしい。

 臭いと同様、凄まじい苦味やえぐ味で満ちた実なのだろうか。だとしたら、それを店頭に置いている理由が分からない。商品として置いている以上は、相応の味がしていると推測はできるが。


「――お客さん! そんなところで見てないで、こっち来たら?」


 試食客がいったんその場からいなくなったところで、店番の少女がヤマトたちに声をかけてくる。

 それに頷いたヤマトは、屋台へ歩み寄る。


「見ていたなら分かるかもしれないけど、うちは試食ありにしてるんだ。何でも好きなものを頼んでおくれよ」

「そうだな……」


 言いながら、ヤマトの意識は三つ目の果物――刺々しい外皮の果実に吸い寄せられていく。

 その臭気に食欲は減衰するものの、冒険者の業と言うべきか、怖いもの見たさのような好奇心がむくむくと湧き上がってくるのだ。

 そんなヤマトたちの様子に気がついたのか、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、その果実を手に取る。途端にむせ返るような臭気に、心なしか辺りの人気がぐっと薄まった気さえしてくる。


「お客さん、これが気になるかい?」

「あ、あぁ、そうだな」


 近くで目の当たりにすれば分かる、臭いの凄まじさ。魔導具に頼らずとも、これを並べておけば魔獣除けになるのではなかろうか。

 そんな世迷い言すら考えてしまうほどに、その存在感は強烈であった。ノアなどは、にこやかな笑みを浮かべたまま鼻呼吸を止めてしまっている。


「いやぁお目が高いよお客さん! これは、海を越えた先じゃあ王族御用達って言われるほどの逸品でね。この通り臭いは凄まじいの一言なんだけど、その味は極上なのさ!」

「極上の味か」


 本当か? という疑いの気持ちが視線に出てしまったのか、少女は苦笑いをしながら言葉を続ける。


「疑うなら、試食してみればいいじゃない。お金は取らないから安心しなって」


 ご覧の通り、誰も手をつけようとしないからね! と少女は店裏に積まれた果実を指差して笑ってみせる。

 ちらりとノアの方を伺ってみれば、先程から一切表情を変えていない。その目の奥には強い拒絶の光があり、頑として試食は拒もうという意思が表れていた。


「……なら、俺が貰おうか」

「いいねぇお客さん! じゃあ早速切り分けるとしようか!」


 そう言って、少女は屋台の陰から巨大な包丁を取り出す。見た目通り相応に硬い外皮を割るために、かなり頑丈な刀が必要になるらしい。

 少女はゆらりと包丁を掲げる。身体つきや腕の細さの割に、その体勢は少しも揺らいでいない。ヤマトは思わず感心の溜め息をつく。


「――そいやっ!」


 可愛らしいかけ声と共に振り下ろされた包丁の刃は、果物の半ばほどまで食い込む。その食い込みを手がかりに、実をまな板へ叩きつけるようにして刃を力強く進ませていく。

 その手際のよさに見入るのと同時に、切れ込みから予想の数倍は強烈な臭いが放たれることに気がつく。臭いの大元は、身の部分にあったらしい。

 好奇心で遠巻きに眺めていた通行人は姿を消し、ノアも無言のまま一歩後退っている。


「よしっ! これで完了だ!」


 真っ二つに切り分けられた実の片方を手渡される。

 その臭いを意識から極力遮断しながら、実の内側を観察する。分厚い外皮の中身は、純白の綿が、まるで木がぎっしりと詰め込まれたような重厚感を伴っている。それに包まれて、黄色がかった実が埋め込まれている。


「その黄色い部分を食べるんだ。臭いは悪いって言われるんだけど、私はもう結構慣れちゃったかな」


 木匙を手渡されたヤマトは、恐る恐る黄色い実を削り取る。

 存外に手応えは滑らかだ。ツルリとした実が木匙の上に乗っかっている様は、それだけを見れば美味しそうにも思えるだろう。しかし、とにもかくにも臭いが全てを台無しにしている。

 まるで珍獣を見るかのような目つきのノアを睨みつけてから、ヤマトはそれを口の中へ運んだ。


「―――」

「どうだい? 結構いけるだろ?」

「―――」

「………。あれ? お客さん?」

「―――」


 革命だった。

 むせ返る臭気が鼻を通り越して脳を蹂躙する。まともな思考もできなくなり、自然と目に涙が滲むような状況の中、それら全てを優しく包んでくれる甘味の存在感が、他の何物にも勝る癒やしとなって現れる。

 決して無条件では美味とは言えないものの、妙に癖になる味だ。

 更に驚くべきは、自然と手が運んだ二匙目。初めに口にしたときより臭いに慣れたのか、甘味がより際立っているようにすら思える。更に口に運ぶごとに甘味が際立ち、王家御用達の名が納得できる味になっていく。逆に少し間を置けば、臭みが復活する代わりに、甘味が身体を癒やしてくれる感覚を再び味わえる。

 口にするたびに異なる味に、頭がただただ翻弄される。


「ちょっとヤマト!? 大丈夫!?」

「お、お客さん!? ちょっと目が正気じゃないというか!」


 ノアと少女の声は、意識の遥か先に消えていく。

 ただ目の前の黄色い果実だけを見つめて、ヤマトはひたすらに木匙を動かすことに専念した。

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