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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
257/462

第257話

「ククッ、ずいぶんと強気ではないか」


 拳の直撃を受けたダメージは既に治癒できたらしく、ノアは痛みを微塵も感じさせない強気な眼差しで睨んでいる。

 その視線にクツクツと笑みを零しながら、ヘクトルは周囲の結界に視線を投げた。


(風を感じる――物理的な障壁ではないのか?)


 結界としては些か珍しい部類のものと言える。

 一般的に結界術は、対象空間を保護するために用いられる術式だ。外敵の脅威から身を守るため、物理的な壁を生み出すことが主な用途。木っ端魔導士では矢の数本を防げれば上出来だが、一流の術士ともなれば竜の息吹をも防げるという。

 だが、ノアが張った結界はそうしたものとは少なからず異なるらしい。


「結界のタネが気になる? いいよ、教えても」

「ほう?」


 勝ちを確信して余裕が生まれているのか、ノアはへらりと緊張感のない笑みを浮かべる。


「簡単に言うと、これは魔力遮断結界。結界の内外を魔力が行き来することをできなくしているものさ」

「魔力遮断だと?」


 言われて、辺りの魔力濃度を探ってみる。

 なるほど。確かにノアの言う通り、この結界内の魔力は外へ流れ出ることもできず、そこらを所在なさ気に停滞しているようだ。ヘクトルの吐息一つで結界内の魔力全てが震え、一挙手一投足に応じて大きなざわめきが生まれている。


「器用なことをする」

「貴方がどれほど大量の魔力を宿しているからって、この結界は力ごなしに破れるものじゃない。魔力的に破壊することは諦めた方がいいよ」


 試しに体内の魔力を軽く解き放ってみるが、結界の障壁はビリリと震えることもせず、ある意味で頼もしくヘクトルの力を受け止めてみせた。


(やはり尋常な使い手ではないな)


 熱に浮かされていた頭に、僅かながら理性が戻る。

 ここまでの手合わせで痛感していたことだが、ノアという少女は些か規格外がすぎている。尋常の人間ではヘクトル相手に肉弾戦を演じることはできないし、ましてやその魔力を受け止めるだけの結界を即座に張ることもできない。認めることは癪だが、流石は勇者一行の冒険者。魔導術に関する技量はヘクトルを大きく上回っているように見える。

 だが、それと戦いの行方は別の話だ。


「ククッ、その腕前は認めよう冒険者よ。だが、それで何とする? 少々煩わしい結界を張った程度で、我に勝てるつもりでいるのか?」

「そりゃ勿論。僕の言葉を理解できていないと言うなら、かなりの高確率でね」

「よく吠える」


 内外の魔力を遮断した? ――だからどうした。

 元より外部からの応援など求めてはいない。むしろ外から余計な茶々を入れられる心配が失せたという意味で、ヘクトルにとって好都合ですらある。こちら側から外へ魔力干渉を行えないことも、ノアが結界内に留まっている以上は大きな意味を持っていない。

 それに、ノア自身が言っていたことではないか。この結界は魔力的には規格外の頑強性を有しながらも、物理的な障壁は皆無。外へ出ることを妨げるものがないのだから、脅威にすらなり得ない。紛れもなく、子供騙しの一発芸にしかなっていないのだ。


(だが、奴と戯れてやるのも一興か……?)


 フンッと鼻から荒く息を噴く。

 静かに腰を落とし、両方の盾を前方へ構える。瞬く間に沸騰した血が全身を駆け巡り、抑え切れない闘争心が身体を粟立たせる。


「あ、やる気?」

「無論。この程度の子供騙しでは、動じてやることもできんな!」


 全身から魔力を噴き出す。

 その大半を身体強化に費やすが、それでも賄い切れないほどの魔力が黒霧となって辺りに立ち込める。ノアが張った結界に遮られてか、黒霧は消えることなく漂い続けた。


「まったく。理性が飛んでるとは思ったけど、予想以上に短絡的だね。これじゃあ工夫してみせたのが馬鹿みたいじゃん」

「シャ――ッ!!」


 呆れたように溜め息を零し、それでもノアはチャキッと音を立てて魔導銃を構える。

 それを見届けた後、ヘクトルは気迫の声と共に踏み込んだ。十数メートルほどの間合いを数瞬で詰め、腰溜めに構えた盾を真っ直ぐ――


「ほら」


 銃声。

 幾度となく聞いた音を嘲笑い、そして更に歩を進めようとして。


(―――?)


 違和感を覚える。

 いつになっても、銃弾が体皮で弾かれる心地よい音が響かない。脚の一点がドクリドクリと脈打つと共にに烈火の如く燃え上がり、一呼吸ごとに熱が流れ出ていく。地を踏み締めた左足が、ヌルッと粘り気のある液体に滑る。


(何、が)


 頭の中が疑問符で埋め尽くされ――いや、違う。

 脳の奥底に仕舞い込んだ理性は現象を理解していた。だが、荒れ狂う本能がそれを認めようとしない。鉄の棒を埋め込まれたかのように重くなる脚に、目の前がチカチカと赤く染まる。


「く、ぉ」

「もう一個行くよ」


 何気ない世間話の如き言葉と共に、再び銃声。

 トンッと軽く肩を押されたような感覚。それに逆らうことができないまま、上体が大きく空を泳ぐ。蹌踉めき、咄嗟に脚で身体を支えれば、脳を電気信号が駆け巡った。

 何が起こったのか。

 その答えを求めるように眼を上げれば、ドス黒く染まった鮮血が辺りに散っている光景に気がつく。


(撃たれた、のか?)


 闘争本能がその答えを棄却するも、刹那の内に全身を駆けた電気信号――痛みが、理性の言葉を肯定する。

 だが、なぜだ。ノアの魔導銃では強化された肉体を貫くことはできない。それは散々にヘクトルが実証してきたことであり、ゆえにヘクトルは銃撃に警戒もせず踏み込んだのだ。


「貴様、なぜ――」

「なぜ銃撃が通ったのか? 答えは単純明快、貴方の身体硬化が弱まっているからさ」


 俄には信じ難い。だが、それしか答えは導けない。

 慌てて自分の体内を巡る魔力を探るが、先程までと変わりない――いや、元々どのように巡っていた? 分からない。思い出せない。覚えていない。足元を固めていた大地が崩れ去るような錯覚。すぐさま身体の奥に残っていた魔力を引き出し身体硬化を施すが、その力の何と心許ないことか。

 惑い前後不覚へ陥るヘクトルに向けて、ノアは平和ボケした笑みのまま淡々と言葉を続ける。


「どんな風に力を使っていたか、まるで思い出せない。それも当然だよね、さっきまでの貴方は丸っきり理性を失って、比喩じゃなく暴走状態にあった。身体が勝手に動く通りに魔力を操作するだけで、技なんて欠片もなかったんだから」

「何、だと」

「四方数百メートルもの範囲から魔力をかき集めて、体内にある魔力と高速循環させる身体硬化。意識してやろうとしたら大変だよね。そんな広範囲を逐一把握して魔力を操作するなんて芸当、神様でもなければ不可能だ」


 眼前の少女が何を言っているのか、理解できない。

 ヘクトルの戸惑いを他所に、ノアは魔導銃をゆらゆらと揺らしながら口を動かす。


「さっきまでの貴方は相当荒い力技で解決していたけど、そんなものは魔力に溢れた、だだっ広い場所でなければ成立しない」

「……ゆえに、この結界か」

「その通り。内外を完全に遮断しているから、無理矢理に魔力をかき集めるなんて真似はできない。自然、身体硬化は未完成なものになって、僕の銃でも簡単に撃てるようになった」

「くそ……!!」


 思わず悪態が漏れる。

 小癪な真似をもって己を封じたノアに対するもの――いや違う。彼女がしてみせた、誰にでも理解できる程度の小技にすら気づくことができず、自信満々に勝ちを確信していた己が苛立たしい。

 この身に宿る力を制御できていれば。解放した力に手が及ばぬと自覚していれば。結界を張った理由を思慮していれば。


(だが、己を罰するべきは今ではない!)


 幾ら悔やんでも悔やみ足りない。それでも、己が魔王軍第二騎士団の騎士団長を任命された以上は、おめおめと生命を諦める訳にもいかないのだ。

 奥歯をグッと噛み締めながら辺りを見渡す。


(この結界に物理的な障壁はない。ならば、一歩でも外へ出れば――ッ!?)


 三度目の銃声。

 ヘクトルの眼前を銃弾が通りすぎ、一筋の傷が頬に刻まれた。ゾッと背筋が怖気立ち、脂汗が額に滲み出る。


「下手なことは考えない方がいいよ。貴方が結界から出ることは――そこから一歩でも動くことは、もうできない。そこは僕の間合いだ」

「ク、ハッ……!!」


 理屈を全て蹴散らして、直感で理解する。

 先程までのノアの銃撃は全て手加減されていた。彼女がやろうと思えば、初弾からヘクトルの急所を撃ち抜くことはできただろう。その瞬間、訳も分からないままに倒れ、そのまま死に絶えていたことは想像に難くない。

 呼吸が浅くなる。ジンジンと身体の痛みが強くなり、気持ち悪い脂汗が止まることなく溢れ出す。耐え難い死の恐怖が臓腑を凍てつかせ、やがて震え出す身体が抑えられない。


(敗け――ここで、死ぬのか?)


 騎士団長として戦場に赴いた以上、死の覚悟は固めていた。武将として誉れと言うべき戦死は無論、ときに蔑まれるほど無様な死に姿すらも夢想し、そして腹をくくっていたはずだ。

 だというのに、何と情けないことか。あどけない少女に銃を突きつけられ、もはや風前の灯となった己を自覚して、こんこんと恐怖が湧き出る。撃つならば早く撃てと、少女の銃に縋りつくような己を自覚し、更に情けなくなる。


「くそ……!」

「そう自責するものじゃないよ。死を恐れることも恥じゃない。それに――ほら、助けが来たみたいだよ?」


 ふっとヘクトルから視線を逸らしたノアが、魔導銃はヘクトルに向けたままに、華やかな笑みを浮かべた。長年待ち焦がれた恋人を迎えたかのような蠱惑的な笑みだが、今のヘクトルには底知れず恐ろしいものにしか見えない。

 耐え難い恐怖に苛まれながらも、ヘクトルはそろそろと首を後ろへ向けた。そして、そこに立っていた人影に眼を見開く。


「――やぁヤマト。一日振りだね、元気してた?」

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