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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
251/462

第251話

 ノアが口にした決別の言葉。

 それを耳にしたアナスタシアは、一拍の間を置いた後、深い溜め息を漏らす。


『嫌な予感はしていたが、的中しやがったか。頭が冴えすぎるってのも考え物だな』

「買い被りすぎだよ。僕は臆病だから、綱渡りみたいな手に乗れないってだけさ」


 言外に「お前は無鉄砲がすぎる」と指摘されているような気分になって、目を逸らし閉口する。

 そんなヤマトの反応には目を向けないまま、ノアは通信機へ手をかざす。


「戦いを制するならば、まずは敵を知るべし。今会ったばかりの僕に交渉を持ちかけるには、少し調査不足だったんじゃないかな」

『ケッ、言われずとも痛感してるさ』

「まぁおかげで僕も、これからの指針を決めることができた訳だけど」


 言いながら、指を高らかに打ち鳴らす。

 直後に周囲の空間が僅かに揺らいだ。その現象の正体をヤマトが知るよりも早く、通信機の先からアナスタシアの苦々しげな声が聞こえる。


『訂正だ。直接会いでもしない限り、テメェの力を理解することはできなさそうだ。下手に話を持ちかけたこと自体が失敗だったようだな』

「そんなに買ってもらえると照れるね」

『クソっ、惚けやが――……っ!』


 通信音声にノイズが混じる。アナスタシアの声音が高低入り混じって聞き取れないほどに乱れ、次いで砂嵐で通信が遮断される。


「何が……?」

「魔力で通信を遮断しただけだよ。音声の送受信のために使っていた術式解析に手間取ったけど、ひとまず成功してくれたみたい」


 首を傾げれば、即座にノアは答える。

 彼がアナスタシアと会話していた時間はせいぜい数分。ヤマトの眼には権謀術数の飛び交う不穏な会話に見えていたのだが、その傍らで魔導術の解析まで行っていたらしい。一事ごとに専念する性分のヤマトとはずいぶん異なり、賢しく器用なことだ。

 その手腕に感嘆の念を覚えつつ、形だけの警戒心を顕わにする。


「俺に何か用なのか?」

「そういうこと。あの娘の眼があるとちょっと話し辛かったからね」


 察するに、アナスタシアにとっては不都合な話を持ちかけられるということか。ヤマトには彼女らほどの知略を巡らせることはできないから、あっさりとノアの口舌に弄されることが予想できる。あまり一人では聞きたくないものだが。

 そんな感情のままに顔をしかめれば、ノアは苦笑いをする。


「難しい話じゃないから、気楽に聞いて素直に答えてほしい」

「……聞くだけ聞いてやる」

「率直に言うと、ここから逃げ出さない? っていうこと」

「それは――」


 即答するには勇気のいる話題だ。単なる縁の深さだけを比べるならばノアの提案に頷くところだが、アナスタシアとは理念を共有した仲にある。そう易々と断っていい縁ではないのだ。

 煮え切らない態度のヤマトに何事かを察したか、ノアは数度頷く。


「ここで答えなくていいよ。近い内に答えてほしくはあるけれど、もっと遠い先でもいい。ひとまずヤマトに分かってほしいのは、ここから――アナスタシアっていう娘の手を借りなくちゃいけない状況から抜け出す道もあるってこと」

「むぅ」

「どのくらい執念深く追ってくるかは分からないけど、ひとまずエスト高原を南下して人の街に紛れ込めば、手は緩むはず。開戦間近の不安定な情勢だからこそ、そのくらいは簡単だよ」


 現に魔王軍の陣営に忍び込んだノアが口にすると、なかなか説得力の感じられる言葉だ。

 それでも尚躊躇いの色を見せるヤマトに対して、ノアは更に言葉を重ねる。


「ヤマトがあの娘と手を組んでいるってことには、相応の理由があるんだろうけど。ヒカルたちもかなり気にしてるみたいだったから、一度声を掛けておくくらいはしたら?」

「……そうか」


 ノアは酔狂にもヤマトの生存を信じていただけでなく、開戦を間近にした北地へ迫るという蛮行まで犯した。そんな行動力ゆえにヤマトはノアと再会することができたが、勇者という重荷を背負ったヒカルにそれを期待するのは酷だ。彼女に己の生存を報告するには、こちらから会いに行く他ない。

 ノアの手を借りて北地を脱し、仲間たちに身の無事を報告しに行く。アナスタシアと出会う前――勇者一行の剣士として旅していた頃のヤマトならば、それに一も二もなく頷いていたことだろう。


(だが、な)


 アナスタシアの研究施設での日々を経て、ヤマトは心の奥底に眠る願望を――一介の武人として、「武の頂を目指したい」という熱を自覚してしまった。勇者一行として魔王軍と戦うには留まらず、勇者と魔王の戦いに喧嘩を売ろうという言葉の響きに心を奪われてしまったのだ。

 ゆえに、答えは。


「すまない」

「……そっか。まあ何となくそう言われる気はしてたよ」


 溜め息。直後に苦笑いと共に首を振る。

 存外に軽い調子なノアの反応に目を丸くしつつ、ふっと息を漏らした。


「すまんな」

「いいよ。見た感じ嫌々従ってる訳でもないみたいだからね。そっちでやりたいことがあるんでしょ?」

「分かるか」

「そりゃね。もう長いつき合いだし」


 成人間近に極東を出奔し、武者修行の果てに訪れた帝国での出会い。数年に渡って冒険者家業を共に営んだ後、数ヶ月が数年に思えるほど密度の濃い勇者一行としての旅路。様々な苦楽を共にしてきた間柄だ、いい加減に互いの考えていることも分かり合えてきたというところか。

 ゆえに、ヤマトもノアの言わんとすることを理解できる。


「連れ戻すか?」

「そうだね。そうなると思う」


 飄々として優しげな振る舞いとは裏腹に、苛烈な性格をしているのがノアという青年だ。ヤマトが彼の誘いを断ったからと言って、素直に諦めてくれるような男ではない。


「ヤマトが考えている以上に、アナスタシアっていう娘は危険だ。力云々じゃなくて、本人の気質が危ない。自分の目的のためならば何でも犠牲にできてしまう。平気で倫理を越えようとする」

「承知の上だ」

「それ以上にだよ。だから、できればヤマトにはあの娘から手を引いてほしいのだけど――」


 「どうせ従わないのだろう?」と諦めたような眼を向けられる。反射的に苦笑いをすれば、深い溜め息が返ってきた。


「知ってた。もう仕方ないことだけど、それでも納得はできてないから。ちょっと“厄介”させてもらうよ?」

「ふむ。ならば楽しみに待つとしよう」


 何事もなかったかのように華やかな笑みを浮かべてから、ひらりと手を振る。


「それじゃあねヤマト。色々あったけど、会えてよかったよ。近い内にまた会おう」

「……あぁ、またな」


 「見送りはいらないよ」と軽く口にしたノアが指を鳴らした瞬間、彼の姿がぼんやりと霞む。魔導術に詳しくはないが、認識阻害術式の一種だろうか。

 辺りからノアの気配が失せたことを感じ取ってから、ヤマトはふっと肩から力を抜いた。

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