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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
海洋諸国アルス編
25/462

第25話

 季節は夏。

 灼熱の太陽が青く透き通る空の上に陣取り、そこかしこを熱している。外を歩けば瞬く間に汗塗れになるだろう気候の中、ヤマトとノアが乗っている列車の中は、冷房と呼ばれる魔導具から冷たい風が放たれ、快適そのものであった。


『――この列車はアルス行きです。到着まで、今しばらくお待ち下さい』


 女性のアナウンスが車内に響く。

 それを耳にしながら、ヤマトは車内販売で購入した弁当を口に運んでいた。焼き肉を白飯の上に敷き詰めた、弁当の中でもポピュラーな品の一つだ。列車を運営する帝国が抱える調理団が開発した、特性の焼肉タレが相まって、手が止まらない美味さに仕上がっている。


「そのお弁当、いつも食べてるよね。よく飽きないね」

「街ごとに違うものを食べるからな。それに、たまに食う分には手軽な割に美味くていい」

「まあ確かにね」


 駅構内の売店や車内販売では、幾つかの種類の弁当が売られている。

 ヤマトが好んで注文している焼き肉弁当もその一つ。他にも、揚げ物を中心とした弁当や、焼き魚を大きく中央に置いた弁当なども売っている。ノアが口に運んでいる弁当は、車内販売の中でもやや変わり種の一品。季節や地域などに応じて売店が独自に仕込む、特製弁当と呼ばれるものだ。

 ノアの弁当の中には、色とりどりの夏野菜を魚と共に煮込んだ料理が鎮座している。


「そちらはどうだ?」

「……食べてみる?」


 差し出された弁当箱から、煮物をひとつまみだけ貰う。

 そのまま口に運べば、たくさんの香辛料によって豊かな味に仕上げられた魚の身が舌を楽しませてくれた。


「今回は当たりか」

「うーん、味はいいんだけど。ちょっと食べづらいかなぁ」


 言われて見てみれば、確かに煮物の汁が弁当箱の底を浸してしまっているのが分かる。白飯にも煮汁が染み込んでおり、味については人による好き嫌いの差はあるだろうが、持ち運びをする弁当としては微妙なラインであろう。

 腕を保証された帝国の調理団が作成する弁当とは異なって、特製弁当だけは現地の職員が仕込んでいる。そのため、場所によっては当たり外れが生じるのだ。食べなければ損だと言われる品もあれば、食べては損だと言われる品すらもある。

 今回の特製弁当は食べづらいという難点こそあるものの、味については美味寄りであった。当たりの部類だ。


「そろそろ夏だから、この野菜。アルス行きだから、アルスで獲れる魚を使った料理ってことだよね。この香辛料は何だろう」

「それもアルスの特産品だ。地元の商人ばかりがやり取りをする遠方の島で、香辛料を大量に育てる地があるらしい。市には稀に流れてくるな」

「へぇ、よく知ってるね」


 かつてアルスを訪れた際に、市に並ぶ大量の香辛料を見て疑問に思い、店主に尋ねたことがある。そのときに教わった知識だ。

 鉄道によって大陸各地が結ばれたとは言えども、未だに香辛料の価格は高い。金と同程度とまでは言わないが、庶民が買い揃えるのは躊躇する値段である。それが、アルスでは一般家庭の標準装備となっているのだから、特産品と呼ばれるのも納得できるものだ。


「ノアはアルスには言ったことがないのか?」

「小さい頃に行ったらしいんだけど、記憶にはないんだよね。だから、結構楽しみなんだよ」


 期待に目を輝かせるノアを見て、さもありなんとヤマトも頷く。

 冒険者にとって、行ったことのない地や行った記憶のない地というのは、それだけで魅力的に映るものだ。それが、観光名所として名高いアルスならば、なおさらであろう。


「せっかくだから、アルスについて何か聞かせてよ。どこ行けばいいかもまだ見当つけてないしさ」

「ふむ、そうだな……」


 海洋諸国アルス。

 その名で呼ばれる地域は途方もなく広い。なにせ、無数の島々のそれぞれにある国の領地全てをまとめて、海洋諸国と呼ばれているのだから。アルスという名は、それらの国々の中でもっとも大きく、そして唯一鉄道の駅が置かれた、唯一大陸に位置する国のことを指している。

 そうした地理的な情報については、ノアも知っているだろう。


「アルスから始まる諸島は、幾つもの島が一本の帯のように連なっている。海洋諸国という名で呼ばれるのはその途中までで、果ての方は未だに把握できないほどの集落があるという」

「帝国も船の開発はまだ途上だから、そっちの方に手は出せてないってわけか」


 ノアの言葉にヤマトも頷く。

 帝国は大陸の内陸部に位置する国家だ。巨大な湖を国内に擁するものの、波が荒く地形も不明瞭な海を航海する技術は発達していない。大陸の秘境と呼ばれた場所は、帝国技術の開発によって多くが人の目に明らかになってきた。他方で、海洋諸国は帝国製技術を一部取り入れながらも、国の根本に関わる部分については、古来からの伝統を守り続けている地域だ。秘境と呼ばれる場所も未だ数多く残されている。

 秘境の神秘を追い求める冒険者の道も、大陸内部に残る秘境か、外海の先にある秘境かに二分されているのが実情だ。


「とはいえ、国が把握できていないというだけだ。海賊にはそちらの方と交易を結ぶ者もいる。彼らによって様々な物品がアルスの市にもたらされるのだが――」

「香辛料もその一つ、ってことか」

「海賊の富は絶大だ。そして当然、海賊同士の争いも熾烈なものになる」

「……アルスのイメージが変わりそうだよ」


 海洋諸国においては、海賊――武装商人とした方が、帝国の価値観に合うかもしれない――の力は絶大だ。島国一つが海賊の所有物となることは珍しくない上に、ときには、その財力で他国の貴族を取り込む海賊すら現れる。

 風光明媚で、毎年の夏に多くの観光客を受け入れる名所アルス。その裏の顔は、数多の海賊が資産で戦いを続ける経済の魔窟だ。一歩でも裏の世界に踏み込めば、信じられない額の金が辺りを飛び交い、紙よりも人の命が軽い修羅場が待っている。


「観光客ならば観光客の、冒険者ならば冒険者の領分を越さないことが肝要だ。迂闊に海賊の領分に踏み込めば、厄介なことになる」

「……実感がこもってるね」


 ノアの指摘は黙殺する。

 強者を求めて各国をさまよい歩いた折に、海洋諸国アルスで海賊同士の争いに巻き込まれたことはあるが、過去の話だ。


「見て回るくらいならば、アルスの市場ほど珍しいものもない。機会があれば案内する」

「そうだねぇ。じゃあお願いしようかな」


 海賊の危険性を説いた直後に頷いてみせるのだから、ノアの冒険者としての好奇心も相当なものだ。

 そのことに少し笑いながら、ヤマトは言葉を続ける。


「あとは、土着の精霊信仰が残っていることが有名だな」

「それは聞いたことがあるかも。水の精霊信仰だっけ?」


 よく調べているなと感心しながら頷く。


「あぁ。神の存在とは別に水の精霊を信仰するものだな。土地柄、教会の教えよりも広く信じられている」

「航海の安全祈願とか?」

「そうなる」


 かつては生け贄を捧げるところもあったと聞くが、今ではそれもないらしい。観光地として広まるに際して、そうした残虐な風習は姿を消したのだろう。


「ゆえに、各所に精霊信仰の聖地が存在する。公開はされていないが、遠目に眺めるくらいは許されている」

「じゃあ見てみよっか。運がよければ、偶然会った人と入れるかもしれないし」


 ノアが言っているのは勇者ヒカルのことだろう。

 太陽教会と精霊信仰は、微妙に立場を異としている一方で、特別対立はしていない。その教会から派遣されたヒカルならば、聖地の中を巡るくらいは許されるかもしれない。


「見て回れるのはそのくらいか。個人的には、果ての島にある秘境も気になるが」

「そこは成り行き次第だよねぇ。僕も気になるけど」


 秘境。

 未だ人の手が入らぬ地に眠るものは、多岐に渡る。本当に何もないこともあれば、古代文明の遺跡が眠っていることもあるし、未知の部族が集落を築いていることもある。未確認の魔獣が巣食っているかもしれない。いずれにしても危険は考えられるが、それで臆するくらいならば冒険者稼業はやっていない。

 叶うならば秘境に我らを導き給え、と青空を見上げながら祈ってしまう。


『間もなく、アルスに到着いたします。お忘れ物のないよう、ご注意ください。間もなく、アルスに――』


 アナウンスが車内に響く。途端に、乗客たちがゴソゴソと荷物をまとめ始める。


「到着か。楽しみだねぇ」


 表情を明るくするノアに同意する。

 海水浴は絶対だろう。市場や精霊信仰の聖地を見て回るのもいいし、近場の島ならば渡し船が出ている。それに乗るのもいいかもしれない。


「あっ、そういえばさ。アルスの美味しいご飯ってどんなのがある?」

「基本は煮物だな。あとは、南方の島々から届く果物か。魚を生で食べる風習もあるらしいぞ」

「……そっか。基本は魚だよね」


 何かに気がついた様子で、ノアは自分の弁当箱を見下ろす。既に空になった箱の底には、煮汁が多少残っている。

 アルスを始めとする海洋諸国は、そのどの島国に行こうとも、魚が主食だ。肉は当分食べられないと考えていいだろう。

 肉の香りがまだ少し残っている弁当箱を手早く片づける。微妙に痛いノアの視線を無視して、ヤマトはすぐ近くに迫った海洋諸国アルスの街並みに思いを馳せた。

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